11
「シエラの生まれ変わりであるルクレア嬢は意識がないんですか?」
城から密かに出て暗闇の中馬を走らせる室長の後ろに乗りながら移動をする。
きっと行く場所はアイリスがカイトに殺された場所へ行くのだろう。
手綱を握る室長はちらりと私を振り返った。
私の体に入っているアイリスはニヤリと笑った。
『あるんじゃない?体を通して私がやっている行動を見ているのよ。私がこの子の体に入った時そうだったから、ずっと見ていたわ』
「なら良かったですね、恨みを晴らすことができそうで」
『私を選ばなかったカイトにまた仕返しができると思うと嬉しいわ。そして邪魔なこの女をもう一度殺せるなんてね。私は案外幸せなのかもしれないわね』
「前回は、密かにシエラを殺してしまいましたからね。結局事故で片付けられましたから仕返しとしてはいまいちでしたね」
馬を走らせながらとんでもないことを言う室長に、アイリスは声をあげて笑った。
『でもあの男は気付いてたわ。私が殺したんだろうって何度も聞いてきたわ』
二人の会話を聞いて、体が乗っ取られていなければ恐怖で震えていただろう。
突然、映像が甦ってくる。
チラチラと降る雪。
曇り空。
寒い中で私は、カイト様を待っていた。
池で泳ぐ魚を見るのが好きで覗いて見ていた。
水面に雪が舞い落ちてとも綺麗だった。
じっと見ている私の背中が誰かが押した。
バランスを崩してそのまま池に落ちた私は必死に這いあがろうと手を伸ばす。
地面を掴んだ手を、綺麗な長い指が振り払った。
驚いて見上げると、憎しみのこもった顔で私を見下ろしているアイリスの姿。
長い金髪の髪の毛に雪が少し積もっていて。
青い瞳が私を見下ろしている。
憎しみを込めた顔をしているがそれでも美しいアイリス様の姿を私は見つめた。
あまりの美しさに気を取られ私は動くのを忘れてそのまま池の中へと沈んでいく。
寒さで体が動かなかった、水の中はとても冷たくて、心臓が一瞬で止まったのかもしれない。
どうして私が死んだのか、思い出した。
美しいアイリスの姿を見て雪が降る空を眺めながら沈んでいった。
水の中はとても綺麗で、ゆらゆらと揺れる水面を眺めていたのは覚えている。
そうか、カイト様は私が殺されたのかもしれないと疑ってくれたのだと嬉しくなる。
だからアイリスを殺したのか。
彼がどのような気持ちでいたのか考えて、最後まで私を好きでいてくれたのかもしれないと思うとこんな状況なのに嬉しくなってくる。
アイリスに体を乗っ取られて見える景色は山の麓だ。
国境付近の砦にたどり着いた。
灰色の石を積み上げられて作られた砦は夢で見た景色と同じだ。
大雨が降る中、サファイアを口の中に入れられて殺された光景が蘇る。
『この砦で私は殺された。今度はこの女が死ぬ。土砂崩れでね』
私の体を動かしながらアイリスは高笑いをした。
砦を警備していた騎士が夜にやって来た私たちの元に何かあったのかと駆け寄って来た。
室長はニッコリと笑いながら身分証を提示する。
「お疲れ様です。封印している魔法具の調整をしに来ました」
「こんな夜分にですか?」
不信な様子を見せる騎士に室長は笑みを浮かべたまま頷く。
「すいませんね。僕も明日にしたかったんですが、緊急なんですよ。後ろの女性はラザレス一族のルクレア嬢です。封印されている宝石を見たいそうです」
「はぁ、そうですか」
不審な様子を見せながらも、騎士は砦へと続く階段を開けてくれた。
「すぐ終わりますから」
室長はそう言うと階段を駆け上がる。
アイリスも私の体を使って室長の後に続く。
ドレス姿の私にギョッとした様子を見せたが、騎士は深く追求をしてこなかった。
『シエラ聞いているかしら?あんたは知らないかもしれないけれど、私ここで殺されたの。カイト……今はカイネス殿下かしら?殿下って何?私を殺したくせにいい所に生まれているのね』
砦を歩きながらアイリスは楽しそうに話し出す。
『カイトは私がアンタを殺したことを確信していたようね。だから復讐をする機会を狙っていたのよ。大雨が降り続き、城の裏の山が大きな山崩れが起きそうになっていたのよ。それを防ぐ名目で少しだけ魔力があった私の魂と、大きな魔力を秘めた宝石を使って山崩れを防いだのよ。酷いと思わない?』
私を殺しておいてよく言うわ。
『そしてあいつは私を愛さなかった。私は、愛していたのに、アンタみたいなパッとしない女を選ぶなんてね。許せるはずがないわ』
アイリスはそう言うとまた高笑いをする。
『生まれ変わっても同じ顔なんてねぇ。またパッとしない顔で可哀想ね』
余計なお世話だと言ってやりたいが、口は自由に動かない。
アイリスは笑いながら楽しそうに歩く。
『そういえば、今世では性格が少しだけ違うのかしらね』
アイリスが呟くと前を歩いていた室長が頷いた。
「全く同じには生まれ変わりませんよね。僕だって、こんなに悪党では無かったですし、ルクレア嬢はもっと控えめな性格でしたねぇ」
『おほほっ。さぞやカイトはがっかりしたんじゃないのかしらねぇ。あのパッとしない顔をした控えめな子が好きだったんでしょ?趣味が悪いわよね』
「見る目が無い残念な男なんですよ」
散々の言われように反論したいが体は自由にならない。
室長とアイリスは砦の一か所で止まった。
何の変哲もないように見えるが、灰色の石の中に宝石が埋められているのが見えた。
アイリスはそっと撫でる。
『この場所で私は殺された』
ぽつりと呟いたアイリスに室長は嬉しそうだ。
「この宝石を破壊すれば間違いなく封印がとけて土砂崩れになります」
『そうね』
室長はハンマーとナイフを取り出した。
「かなり厳重に封印されているので破壊するのに時間がかかりそうです」
室長はナイフを軸にしてハンマーで打ち付け始めた。
宝石を破壊しているようだ。
『当時の私の体があれば一瞬で破壊できるのに歯がゆいわね。まぁこの子に魔力の力が無いからこうして操れて殺せるのはいいわね』
「そうですね」
ハンマーで宝石を叩きながら室長は呑気に答えている。
アイリスは手に持っている大きなサファイアの塊をまじまじと見つめた。
相変わらず鈍い色をしているが、今は輝きすら失われている。
『このサファイアにこの子の魂を入れることはできないの?そうしたらもう二度とあの男と会わないじゃない』
アイリスが言うと、室長は手を休めず頷いた。
「できますよ。僕は生まれ変わってからずっと研究してきましたからね。魔力と命をちょっとした方式を使えばこの中に魂を封印できます。禁忌ですから調べるのにかなり苦労しましたよ」
『カイトはそれを調べたってことかしら?』
「そうでしょうね。かなりの禁忌ですが、僕だったら愛する人と一緒に宝石に魂を閉じこめるのはうれしいですけれど」
室長の言葉にアイリスは冷たく笑う。
『確かに理解はできるわ。愛する人ならね』
「そこまでだ!フェルナンド室長!手を上げろ!」
アイリスがゆっくりと振り返ると砦の上に大量の騎士の姿立見えた。
暗闇の中ランタンが照らされて左右を挟まれている。
砦の下を見るとランタンの影がちらついており、かなりの数の騎士に囲まれているのが見えた。