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『どれぐらい時が過ぎたのかしら。あんた達が死んで生まれ変わってくるぐらいだからかなり経って居んでしょうね」
アイリスが私の体を使って低い声で言った。
幽霊というもの信じられないが、生まれ変わりと言った?
それは何ですかと聞きたいが、自分の意志で口を動かすこともできない。
アイリスの憎しみを感じて恐怖心が襲ってくる。
私の顔を見てかなりの憎しみを持っているようだ。
アイリスは私の体を動かして低い声で呟きながら歩き始めた。
見回りをしている騎士の横を通り過ぎて、アイリスはにやりと笑う。
『私の事誰も気にしないのね。それにアンタ良いものを持っているじゃない』
そう言うと、ポケットに入れていた魔法具倉庫の入館証であるメダルを取り出した。
メダルの中央の宝石のサファイアが薄暗い廊下のランプでも怪しく光っている。
『この入館証、私が居た時から全く変わっていないのね。』
この人は、私が夢で見た人なんだろうか。
アイリスは私の体を使って薄暗い廊下を歩き続け、魔法具の保管庫へとやって来た。
見張りの騎士に首から下げている入館証のメダルを見せる。
ドレスを着ている私が魔法具の研究所に来ているのを不思議に思ったのか、騎士は怪しげな視線を向けてきた。
「どういった御用ですか?」
探りを入れてくる騎士にアイリスはニッコリと微笑む。
「この前サファイアを見せていただいたのだけれど、少し気になることがあって。上には許可取っていますから」
上品に言うアイリスに騎士は首を傾げながらも入れてくれた。
中に入ると、研究室は誰も居なかった。
明かりはついているのでちょうど席を外しているのだろう。
アイリスはお構いなしにサファイアが置かれている部屋へと向かっていく。
鍵すらかかっておらず、中央に置かれているガラスケースへと向かう。
ガラスケースの中に拳ほどの大きさに膨れ上がっているサファイアが怪しく輝いていた。
『このサファイアの宝石を使って私は殺されたのよ』
低い声で言うと拳でガラスをたたき割った。
私の中にそんな力があったのかという驚いていると、アイリスはサファイアを握りしめた。
『あなたは知らないでしょうね。シエラを殺した後、あの男は私を恨んでいたわ。それでも証拠が無かったのよ、だから私を罪に問えることが出来なかった』
独り言のように呟いてサファイアを握りしめながら研修室から出るとフェルナンド室長が立っていた。
顔は前髪でほとんど隠れている為表情が読めない。
じっと私を見て口を開いた。
「アイリス様ですよね。やっと出てきてくれた、僕がどれだけ願ったか分かりますか?」
一体何を言っているのだろうか。
私は理解ができないがアイリスも理解ができないようで、じっと室長を見つめたままだ。
睨みつけるように見られてフェルナンド室長は両手を合わせて胸の前に持ってくると膝を折って頭を下げた。
祈るようなポーズをしているフェルナンドを不思議そうに眺めていたアイリスはポツリとつ呟く。
『フェルナンド?』
「そうですよ。僕を覚えていてくれて嬉しいです。僕が生まれ変わって、カイネス殿下もあの人と同じ顔をしていて彼も生まれ変わりだってわかりましたよ。最近アイリス様が憎んだ女と同じ顔をした人が出てきたらやはり生まれ変わりだと思うでしょう」
『なるほど。あの男やっぱりカイトの生まれ変わりだったのね』
アイリスは理解しているようだが体を乗っ取られている私はいまいち理解ができない。
それでも、アイリスに乗っ取られたせいか雪がチラチラと舞う中の景色がチラチラと蘇ってくる。
私を憎しみの満ちた表情で睨みつけている金髪の美しい女性の姿が蘇って来た。
金髪で美しいアイリスは私たち女性の憧れの存在だったような気がする。
確か、神に使える職業で祝福の乙女と呼ばれていた。
カイネス殿下はどんな関係だったかしら。
思い出せない。
それでも確かなことは私は彼を今も昔も大好きなことだけだ。
これだけは間違いない。
アイリスに体を乗っ取られながらも私は必死に自分に何が起きているのか理解しようと思案する。
「僕は生まれ変わってすぐに思い出しましたよ。過去にアイリス様がこの世を恨みながら死んでいったことを、だから研究室へ入りこの宝石を守りながらあなたが蘇るように願いました」
『いつも味方はあんただけね。ありがとう、今度はまたこの女をもっと悲劇的に殺してやるわ』
私の身体に入っているアイリスはニヤリと笑った。
室長も笑みを浮かべて頷いている。
「素晴らしいです。僕はいつでも貴方の味方ですよ」
『このサファイアとこの女の命を使って土砂崩れを今度は起こすわ』
アイリスの言葉に室長は静かに拍手をした。
「いい案ですね。前回はあなたの命と宝石の力を使って土石流を止めましたが、その封印を解くんですね」
『そうよ。今度はカイトの目の前でこの女が死ぬのよ。私を殺したこと、許せないわ。あのあと、どうなったの?カイトは私の命を使って土石流を止めた英雄として讃えられたのかしら?』
アイリスが聞くと室長は首を振った。
「あの夜、大雨の中でアイリス様の喉をかききってその命と血そして宝石の力を使って土石流を止めた魔法騎士カイトですが、その後は田舎にひっこんで暮らしていました。騎士は引退したようです」
アイリスと室長の会話を聞いて多分過去のことだろう、カイネス殿下とよく似た顔のカイトの思い出がよみがってきた。
そうだ、私は彼がとても好きだった。
彼は普通の魔法騎士で、私はよく宝石を納品してしていた。
お互い、挨拶をする程度だったがいつからだろうか彼と恋人同士になった。
そのあたりは思い出せない。
カイトは祝福の乙女の護衛もよくしていた。
そう、アイリスのお気に入りだった。
そうだ、それでアイリスは私が憎かったのだ。
アイリスは私を殺したと言っていた、どうやって死んだのかしら。
思い出せない。
『あの場所まで連れて行きなさい』
「もちろんです」