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不思議をひらく金の鍵

モーツアルトはお医者さんだと思っていました

モーツアルトはお医者さんだと思っていました


小学校の1年生から3年生くらいまで憂鬱になるのが予防接種、いまじゃ注射はそれぞれ親がかかりつけの医者に連れて行って予防接種をするのですが、昔は学校で一斉におこなわれた。そう注射と言えば必ず小学校の音楽室に行って受ける。おそらく音楽室が一番広くて手ごろだったのだろう。しかし小学校低学年ではここが音楽室だと言う認識がない。低学年の音楽はそれぞれの教室でやるからだ。私は予防接種の時しか音楽室には入らない。だからここは注射の部屋と潜在意識として残っていた。


 その注射の部屋にはたくさんお医者さんの写真が張ってある。バッハ、ハイドン、モーツアルト、ロッシーニー、メンデルスゾーン。ロッシーニーはにこやかに笑っている顔、なぜか横を向いているのがモーツアルト、その前で本物のお医者さんが注射を持って構えている。憂鬱な気分をあざけ笑うかのような作曲家たちの面々・・・


「注射怖いよ!」

「こわがっていちゃだめだぞ!」

肖像画のモーツアルトがそういっている。夢にでてくるのが、白衣を着て注射を持って登場する作曲家たち。


 話は変わるが・・・小学校3年生になったころ・・・

「国語の授業で『将来の夢』という作文を書くのが宿題になった。大人になったら・・・何になりたいのかって?それを作文にする。そんなこと言われてもすぐには浮かばない。その場で先生に質問をした。


「別に決めていないから・・・わからない。」私が言うと、先生は

「将来の職業を決めなさいと言っているわけではないですよ。やってみたいなあというお仕事はありませんか?」

「別に・・・・」そうあっさり答えると先生は一つの提案をしてくれた。

「じゃあ。お父さんの仕事は?」

「お父さん??銀行で働いています。どんなお仕事か知らない。」

「宿題の最初にお父さんがどんな仕事しているのか聞いてみたらどうかなあ?それから考えてごらん。」

将来やってみたい仕事・・・


まずは仲の良い友達に聞いてみる。

「なあ、宿題の将来の夢って何を書く?」

「ぼくは、プロ野球選手・・・長嶋選手のいる巨人軍にはいること。そしてポジションはサード、だから一生懸命練習をするんだ。」

「なんだあ・・・決まっているのか。でもそこまで考えているなら作文は書きやすいなあ。

いいなあ・・・」

「あっ・・・まねするなよ。」

「まねしないよ。」


家に帰ると父の帰るのを待って先生に言われたとおりにお父さんが銀行でどんな仕事をしているのかを聞いてみた。

「銀行の仕事は、まずみんなにお金を貯金してもらうんだ。たまったお金はお金を借りたいという人に貸す。」

「ふ~~ん、それっておもしろいの?」

おもしろいの?と聞かれて父は答えに窮したようだ。私が思ったのはあまりおもしろそうじゃないから銀行のお仕事はやめようと思ったことだ。


「ところでなんでそんなこと聞くの?」

「将来どんな仕事したいか考えて作文にするのが宿題だよ。」

それからなにを書いていいかわからないと話す。すると母が横から口を出してきた。

「そういえば・・・この前予防注射を打ったとき『痛い!痛い!』って泣きながら帰ってきて『大きくなったらお医者さんになってみんなに注射をやり返してやる。』そう言っていたじゃない。」

確かにそんなこと言った。

「お医者さんか・・・いいじゃないか。」

と父が嬉しそうな顔をする。

「そうよ、お医者さんにしなさいよ。」

と母まで同調している。


どうせこどもが作文に書くだけだからと親は勝手に想像を膨らませる。

「そうか・・・医学部に行くとなるとお金がかかるな・・・」

「そうよ・・・しかも普通の人よりも長く学校に行くし・・・あと15年・・・もっとかかるか・・・」

「開業するとなるとこの家を病院にするか・・・」

夫婦そろって勝手なことを言い始める。こどもの夢を語りながら親たちは楽しそうでいい。医者になる動機は注射が嫌だから打つ方の側になればいい。という小学生ならではの発想だ。ばかばかしいことだがそれに対して大人たちが夢を語るのは自由だ。


 そうか・・・お医者さんか!僕の将来の夢はお医者さんだ。

「決めた!」

 さて翌日は日曜日、朝早く起きて机に向かい宿題を始める。

『僕の将来の夢はお医者さんになることです・・』

とここまでは書けたが次何を書いていいか思いつかない。思いつかないまま机の上で次の文章を一生懸命考える。


すると父と母がこんな会話をしている。

「し~~」

「どうした?朝早くからなにかあったか?」

「勉強しているのよ・・・朝から机に向かって・・・」

「うそだろ・・・」

父と母はそうっと私の部屋をのぞき込み私が机に座っているのを確認する…

「おい・・・本当に医者になるつもりで勉強しているんじゃないかな?」

「だとしたら・・静かにして・・・」


父と母がひそひそ声で何か話しているのが聞こえる。

さっきから1時間くらい机に向かっているが、『僕の将来の夢はお医者さんになることです・・』さてこのあとどうしたらいいのだろうか?昨日話していたプロ野球選手になりたいと言っていた友人のことを思い出す・・・・


 『プロ野球選手・・・長嶋選手のいる巨人軍にはいること。ポジションはサードだから一生懸命野球の練習をする』と言っていた彼は長嶋選手が好きだから長嶋選手と同じ巨人軍に入りたいと言っている。サードを守りたいから野球の練習をする。なるほどそうだ!私も有名なお医者さんを目指せばよいのだ。その人のように一生懸命勉強をします。

と書けばいいのだ。


ところで有名なお医者さんってだれ??こういう時は図書館に行こう。思いたったらすぐ行動だ。

というわけで「ちょっと出かけてくるね。」母に声をかけて家を出る。

「どこにいくの?」

「図書館!」

「そういってらっしゃい!」

図書館に行くというとまた母は喜ぶ・・・

「図書館に行くんだって・・・」

「えっ?あいつが図書館に行くなんてそんなことあった?」

「いよいよ・・・本気なのよ。」

「お医者さんになるのか・・・」

父と母はまた勝手に喜んでいる。


私は図書館に行って図書館のお姉さんに聞いてみた。

「あの?お医者さんのお話が書いてある本ってありますか?」

「お医者さんの本?」

若いアルバイト風のお姉さんは親切にいろいろ教えてくれた。

「やっぱり有名なのは野口英世かなあ?この人有名なお医者さんだよ。」

「野口英世か・・・・」

おでこが広いおじさんであんまりかっこよくない。やっぱり長嶋選手のようにかっこよくなければだめだ。

「ほかにいないですか?」

「そうねえ・・・」

そう言ってお姉さんはいろいろ探してくれた。偉人の伝記はたくさんあった。

一つ一つ見ていると・・・赤い服の長髪でかっこいい若いお兄さんのモーツアルトがあった。

「どこかでみたことあるなあ~」

と思ったがその時私は予防接種の時に音楽室に飾ってあった肖像画の一つモーツアルトであることには気づかない。ただ・・・私の潜在意識の中に「モーツアルト」がお医者さんのイメージで強く残っていたのだ。赤い派手な服に白い白衣を着て注射器を持つモーツアルトだ。


私は「モーツアルト」を取り上げしげしげと見ている。

「これねえ・・・この人お医者さんじゃあないわよ。この人は・・・」

「いえ。これでいいです。」

私は「モーツアルト」を借りて家に帰った。


ふたたび家に帰って机に向かう私・・・

「また勉強が始まった。」と大喜びの父と母・・・

まともに読めばモーツアルトは作曲家だというのは小学校3年生でもすぐわかるのだが、はしよって読むので何も気づかない。子どものころは神童と言われた天才少年だったこと35歳の若さで亡くなったと書いてある。


私は本の内容よりも表紙のかっこいいお兄さんが横向きで描かれている姿に限りない夢をめぐらせていた。金髪の長い髪がすかしていて赤い服を着ているのがとても印象的だ。作文はどんどんすすんでいく。

「よし!これで完成だ。」

宿題を終わらせた満足感で私は明日学校に行くのが楽しみになった。


 そして・・・翌週の土曜日は父親参観だった。なんと「将来の夢」のテーマの作文を親の前で発表するという。ちょっと恥ずかしい授業だがみんなが読むのでそんなに抵抗はなかった。今思えば先生にとっては順番に作文を読ませるだけなので一番楽な授業参観なのだろう。


 僕の将来の夢はお医者さんになることです・・・ここまでは父も母もわかっている。「そのあとを聞かせろ。」と何度も聞かれたが当日までのお楽しみと作文を見せなかった。当日は父と母は揃って見に来た。二人は前の日眠れないくらい楽しみにしていたらしい。


さて当日こどもたちの果てしない夢が発表される時が来た。やはり一番の人気は野球をはじめとするスポーツ選手になるという夢が多かった。次は電車の運転手特に人気は新幹線の運転手、また世界を旅するパイロットもいた。親が商売をしている子は八百屋さんにお米屋さん親に対して尊敬の気持ちがこめられていてよかった。女の子はバレーボールの選手、幼稚園の先生、パティシエに人気がある。私の前の女の子は、看護師・・・当時は看護婦さんですが、ナイチンゲールのように病気で苦しむ人たちを一人でも多く元気にしたいという内容に後ろで聞いている親たちを感動させた。


さていよいよ私の順番になる・・・・

『僕の将来の夢はお医者さんになることです。髪の毛を長くして金髪にして赤い服を着たお医者さんになりたい。・・・』

出だしが、医者らしくない風貌なので意表を突いた。

『最初にやりたいことは痛くない注射を発明します。何回注射しても痛くないのでみんな注射を打ちに行くのが楽しくなります。ひとりで2本も3本も打つ人も出てきます。でもみんなの分がなくなってしまうので一人2本までとします。あと病気になったら薬を出します。薬は苦くて嫌なのでチョコレートとキャラメルを食べて治るようにします。大人にはお酒を飲めば病気が治るようにします。おじいちゃんは毎日お酒が飲めるので病気になってよかったと思えるようにします。みんなが楽しく病気になれるようなお医者さんになりたいと思います。』

 

 後ろで聞いている親たちがみんな大笑いするのが聞こえた。

笑っていなかったのは父と母だけで恥ずかしそうにしていたので、逆に私の父と母がだれなのかが皆さんにすぐわかってしまったようだ。父と母はやっぱり私が一生懸命勉強して医者になることはあり得ないと大きな期待が一気に冷めた瞬間だった。


それから2年の歳月が流れた・・・5年生になると音楽の時間は音楽の先生が担当することになり音楽室に移動した。音楽室あの嫌だった注射の部屋だ。その時あの偉大な作曲家モーツアルトを知る。


モーツアルトはお医者さんだと思っていました。




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