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街へ出る。
馬車が通る為、メインの道は石畳にされていて、
最初は1階建ての小さな家ばかりが並んでいたが、
街の中心部に行くにつれ、アパートが増え、
どんどん建物が高くなっていく。
まずは本屋に寄って、最新の小説が出てないかチェックする。
いつ新作が出るかは情報は当たり外れが大きい、
そろそろ新刊が出る頃かと思っていても、
実際には半年後に出るなんて事はざらだ。
活版印刷が開発されたといっても、
やはり人気のある本がメインに印刷され、
特に舞台になる本や経済の本が多い。
あまり人気のない作家さんをファンになってしまうと、
もう小説は書きあがっているのに、
全然印刷が進まないなんて事もあり、
涙目で待機する事になるのだ。
図書館にも本はあるが、
どうしても宗教の本が多く、冊数も3000冊程と数も少ない。
最新の本が入るかどうかも、作者が寄付するかにかかっており、
読めたり読めなかったりする。
家に借金があるとは言え、
10年程で返せる目途が立っている上、
私が結婚すれば、一瞬でなくなるので、
生活はそこまで苦しくはない。
おそらくエリック程の贅沢な生活ではないが、
普通の領民よりは少しゆとりのある生活だ。
本は手書きの時に比べれば一気に安くなった。
何十冊とは買えないが、1・2冊ぐらいなら買っても問題がない。
背表紙を順番に読み、タイトルを確認するが、
好きな作家の本は残念ながら出ていなかった。
仕方ないなと店を後にし、
雑貨店へと入る。
エナメルで装飾された小さな小物入れは、
薔薇の絵があしらわれており、
ついつい手が伸びてしまう。
しかし、小さすぎて、何も入らないわと買うのを諦める。
ガラスペンのコーナーを見る、
青の螺旋の模様がつけれたペンは美しい、
でも、似たの持っているわねと、これも買わない。
イヤリングにレースのバッグ。
次々と店の中を見て回るが、
何一つ欲しいと思う物はなかった。
楽しいはずなのに・・・
心にひっかかる物を感じる。
どこか楽しめきれないのは、
エリックとの未来を考えているから、
この先もずっとこんな気持ちでいるのだろうか・・・
本屋と雑貨屋を出た後は、
街をぶらぶらと目的もなく歩く。
噴水の周りでは子供がはしゃぎ楽しそうだ。
その時、路地の一角に占い屋が見えた。
占いか・・・
何となく、ふらふらと吸い寄せられる。
街には人が溢れ、人々の声がこだましているのに、
その空間だけ、切り離したように、静寂に包まれていた。
「占って頂けますか」
「はいよ」
頭から黒いローブを被った、
いかにも”占い師”といった風貌の老婆に話かける。
「で、何を占って欲しいんだい」
「私、婚約者がいるんです、
このまま結婚していいのか知りたいの」
「ふうん、恋愛って風ではなさそうだね」
「家の借金を返してもらう為の結婚だから・・・」
「なら、聞かない方がいいのではないかね?
相性最悪でも結婚するしかないのだろう?
そんなのを知っても辛い思いをするだけだよ」
「でも、知りたい」
「仕方ないね、手を出しな」
私は言われた通り、両手を差し出す。
「ふうん・・・」
老婆は驚いた風な声を出して、黙ってしまった。
「やっぱり、相性悪い?」
「一応聞くけど、あんたは相手が好きかい?」
老婆が私をじっと見て聞く。
「分からないわ、好きとか考えた事ないから」
「じゃあ、好意を伝えようとした事もないね」
老婆の言葉にずきんとする。
好意を伝える?
その言葉に、エリックが私を好きかどうか分からない、
しか考えていない事に気づいた。
「分かったようだね、
好意を伝える事もしないで、
好意を持ってもらおうなんて無茶だよ」
「でも!両親はエリックは私の事好きだって!」
「なら、好きなんだろう」
ひょうひょうという老婆に、分かってない!と思う。
「ちゃんと知りたいの!
私の事が好きなのかどうか」
ちょっと怒鳴りぎみで一気に言う私に、
仕方ないねというような声で、占い師が続ける。
「ちゃんと好きだよ、安心しな」
その言葉にそうかなと思う、
でも、まだどこか納得しきれてない自分を感じる。
両親は私をエリックは好きだと言う、
占い師も好きだと言っている、
その言葉を信じたらいいのだと頭では分かっている。
その方が幸せだと。
でも、心が拒否をする。
愛されていると実感したい。
この気持ちは、消えそうにない。
「で、誕生日はいつだね」
占い師の老婆は、いきなり話題を変えた。
「えっと、イースランド暦215年の5月23日」
ふむふむと、占い師が更に手相を見る。
「面白い相をしているね、
うん、この運命か、
変えられるか・・・・」
小さな声で呟く占い師。
私は何の事か全然分からないまま、説明を待つ。
そして、占い師は手相を見るのをやめ、
手のひら程の瓶を取り出した。
「これは・・・飴?」
私は思わず呟く。
中には中ぐらいの飴が5つ入っていた。
「これは”心が読める”飴じゃよ」
「心が読める?」
「この飴を舐めている間だけは相手の心が読める、
これをあげよう、
使い方次第で、お前さんの悩みも晴れよう」
確かに、心が読めれば、本当に好きでいてくれているか分かる・・・
多分、私の気が軽くなる為に言ってくれているんだろうと思う、
だって”心が読める”なんて非現実的だ、
つい最近、世紀末の噂も、しょせん噂と言われ、
おばけも存在しないと実証されたばかりだ、
本当に心が読める訳ではないが、
そんな気持ちにさせてくれるのだろうと。
「ありがとう、占い師さん」
「はいよ、お代は100ポンドでいいよ」
「えっ?」
私は驚く、だいだい占いの相場は4000ポンドだ、
これでは飴代にもならない。
「面白い相を見せてもらったお礼だよ、
それに、もうすぐ大金が必要になる、
大事にとっておくんだね」
大金が必要になる?不思議な予言に首を傾げながらも、
100ポンドを支払い、占い師の元を去った。