蛇足
「蛇足」
クラスメイトたちが新作の車椅子の話で盛り上がっている。花柄、メタリックカラー、スポーツ用の迷彩柄車椅子、どれも私には縁の無い話だ。楽しそうに話していたクラスメイトも私が近くを通るだけで、仲間とヒソヒソと耳打ちをして白い目で見てくる。彼らは何も悪くない。私が悪いのだ。脚なんてものが付いているから。
この世界の人間のほとんどに脚は存在しない。それが普通で、多くの人間が私の脚を見るだけでゴミ虫を見るような顔をする。この世界で、脚というものは珍しい疾患でしかない。どこに言っても目立つ、自分には無いものが付いているというだけでみんなが私をおぞましいと囁く。この世界に私の居場所は無い。
授業を終え、正門玄関へ行くためにエレベーターを待っていると、クラスメイトがニヤニヤとしながら言った。
「お前にはエレベーターなんて必要ないだろ」
「仕方ないだろ。一階にはエレベーターでしか行けない」
「脚があるじゃないか、窓から飛び降りて帰れよ」
「…そんなこと、できないよ」
「気持ち悪い脚なんて付いた野蛮なやつと一緒にエレベーターになんて入れるわけないだろ」
何も言い返せない。どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのだ。彼らに道を譲って廊下の端へ行く。下を向いて彼らがいなくなるのをただ待つ。セミの鳴き声がうるさかった。薄汚れた床には車椅子の車輪の跡がいくつもこびりついていた。低い位置にある窓から夕日の光が射し込む、窓だけじゃない、天井も、何もかもが低くて、窮屈だ。この窮屈な世界に私は閉じ込められている。クラスメイトの車椅子が私の脛にぶつかった。重い衝撃が脚から脳へ伝わる。痛みが電撃のように走る。クラスメイトたちが笑っている。下を見ていて気が付かなったが、この衝撃からして、助走を付けて最初からぶつかるつもりで突っ込んできたのだろう。セミの鳴き声が頭の中まで響く、クラスメイトの私を馬鹿にした笑い声はだんだんと大きくなっていく。窮屈だ。脳の中にまで彼らの車椅子がくい込んでくる。頭の中まで低くて狭い。世界も、私自信も、窮屈でくだらない。気がついた時にはもう遅かった。私はクラスメイトを車椅子ごと蹴り飛ばしていた。もう止められない。悲鳴が廊下に響いて、次第に大きくなっていく。うるさい。うるさい。みんないなくなってしまえばいいんだ。そうすれば窮屈な世界もマシになるだろう。みんな、いなくなれ。笑い声は、聞こえなくなっていた。






