宿屋でゆっくり過ごす ①
「サクト、次は何処に行くつもり?」
「んー、どうしようかなぁ。フォンセーラ的には何処に行きたい?」
俺達は洞窟を戻り、その後は行ったことのない方向に進んだ結果、一つの街に到着した。
その街の宿屋で泊まることにしたので、今はフォンセーラと一緒に食事をとっている。ちなみにクラも一緒である。
この宿屋で一押しの料理――魚を使った揚げ物を食べているのだけど、サクサクで美味しい。この街のすぐ近くに大きな川……海につながっているようなものがあるらしく、そこでとれた魚らしい。
当然のことであるが、刺身などというものはない。やっぱり寄生虫とかそういうものの心配があるのだろうとは思う。
俺は刺身とかも好きだけど、お店ではまず食べられないんだろうなとは思っている。
ただこの世界も広いだろうから、日本に似たような場所あったりするんだろうか? どうだろう? あったら行ってみたいなとは思う。
「北大陸を目指すのでしょう? なら港の方に行くのが一番いいとは思うわ」
「港かぁ。どっちから行くかだよな。寄り道をしようと思えば幾らでも出来るけど……」
あの洞窟の先のエリアでもそれなりの時間は使ってしまった。どこに寄り道するにしても、きちんと考えて行動はしないと気づいたら凄い年月経ってそうだよな。母さん曰く、俺はかろうじて人間の枠にとどまっているだけと言っていたけれど――うーん、どうなるんだろ?
結局どうなったとしても、自分で満足できるような行動はし続けたいなと思うけれど。
「魚料理が美味しいところに行きたい」
港を目指すことを話していて、真っ先に思ったのはそれである。
今、食べている料理が美味しいからというのが一番の理由なのは我ながらなんとも単純だとは思うけれど……。
「港は基本的にどこでも美味しい魚料理を出すとは思うけれど……。サクトは結構食べることも好きよね」
「うん。まぁ、だって折角食べるなら美味しいものの方がいいじゃん」
食べられれば何でもいいというタイプの人もいるかもしれないけれど、少なくとも俺は美味しいものの方がいいなとそう思っているのだ。
フォンセーラはどちらかというとそういうのにそこまで気にしないタイプだからな。
俺達は一緒に旅をしているとはいえ、別行動することも多いので毎回食事を共にするわけではない。その距離感が居心地が良いと思っているけれど、たまに一緒に食事を摂るのも楽しいものではある。
「ノースティア様も同じなの?」
「母さんはどちらかというと作るのが好きな感じだったかな」
母さんって仕事に行く父さんのお弁当も毎日作っていて、俺が知っている限り作り忘れたりはしてないんだよな。外食とかに行くのもほぼなかった。母さんが「博人には私が作ったのを食べて欲しいから」なんて言ってたけれど、あれもよくよく考えると独占欲の表れみたいなのだなと思ったり……。
自分の作ったものだけを父さんに食べてもらいたいみたいな、激重感情なんだろうなぁ……。
母さんは父さんと一緒に食事を摂るとにこにこしていたけれどあれって料理が美味しいからというより、父さんと一緒だからって感じだろうし。
「ノースティア様の料理……っ。なんて贅沢な……。一度口にしたら天にも昇る気持ちになること間違いなしね」
「確かに母さんの料理はおいしいけれど、それでフォンセーラが死んだら悲しいからやめて。それに母さんの料理は普通だったよ。少なくとも俺が食べてきたのは」
父さんが平穏に暮らすことを望んだからというのもあるけれど、母さんってそれを叶えるために徹底していたのだ。おそらくやろうと思えばできただろうけれど、神としての力は何も使わず本当にただ父さんに料理を振る舞っていた。
あと異世界のものとかも食材におそらく使われていなかったと思う。普通に美味しい料理だった。
母さんはなんでもそつなくこなすタイプだから、料理上手だったんだよなぁ。
というか、改めて考えると母さんが神様だったから俺は神に育てられて、神の手料理を食べて育ったんだよな。うん、文字として並べてみると俺自身も凄い存在に思える。
もちろん、そんなことはないけれど。
「フォンセーラ、そんなに食べたいなら……母さんに作ってもらうことは難しいけれど俺が再現したものでも食べるか?」
「食べたいわ」
俺の提案にフォンセーラが間髪入れずに答える。
やっぱりフォンセーラは母さんに関わることとなると、こうやって感情的だよなと思う。
「食材とかも調べて、作れるかとか確認してからになるけれどな。俺は一からだと作れる自信はない」
食材や調理器具が揃っていればまだ作れるだろうけれど、なければ作れる気は全くしない。
俺の言葉を聞いて、フォンセーラは「もちろん、構わないわ」とそう言った。
そういうわけで料理をしようと思い立ったわけだが、場所は宿で借りられるとして……、米がないのはやっぱり残念だなとそう思ってならない。まぁ、米料理以外で母さんが俺に作ってくれたものを再現することになったわけだけど。