洞窟の先に続いた場所 ②
褐色の肌のその男性は、俺達の姿を見た途端魔法を使ってこようとした。
俺は突然のことに驚く。初対面から攻撃をしてこようとするとは思ってもいなかったのだ。
クラが嫌そうな顔をしたかと思えば、その男性へと襲い掛かった。魔法はとっくの昔にクラが相殺してしまっている。男性はただの猫にしか見えないクラにそんなことをされると思っていなかったのだろう。驚いた表情で固まっている間にクラに無力化されていた。
「びっくりした。あんな風に突然、襲い掛かってくるんだな」
「びっくりしたという割に、サクトは呑気すぎるわ。襲われたんだから、もう少し反応しなさい」
「いや、だって一人だけだし。結果としてクラがすぐに対応したから何もなかったわけだし。……でもなんで俺達に襲い掛かってきたんだろ?」
フォンセーラには呑気すぎると言われてしまったが、相手は一人だけだったし、結局魔法を使われたところで俺達が危機に瀕するとかそういうわけでは全くなかったから焦ったりはしていない。
それにしてもこの男性は、どうして俺達に襲い掛かってきたのだろうか。何かしら明確な敵意があるようには見えない。何らかの事情があって、近くにいた人々に問答無用で襲い掛かるとか?
でもそれだと周りの人々を全て敵に回すような行為だしやらないほうがいいと思うけれど。
この世界だと命が驚くほどに軽くて、そもそも襲われたなら相手の命を奪っても特に何も言われないだろう。そういう世界でこういう風に襲い掛かってくるって、命を粗末にしているようなことだ。
「なぁ、どうして俺達に襲い掛かってきたんだ?」
俺がクラに押さえつけられている男性に近づいてそう問いかければ、おびえたような表情で見られてしまう。
そんなに怯えられると少し驚く。ああ、でも俺は実際にそれだけの力は持っているだろうし、こういう視線を向けられるのも仕方がないか。というか、フォンセーラがあまりにも自然に俺に接するから忘れがちになるけれど、俺はそれだけの膨大な魔力を持っているんだよな。
「……貴方達は、何者だ。このあたりの者ではないだろう」
「どうして咲人の言葉に答えないの!」
男性がそう答えると、クラが文句を口にしながら抑える力を強めたらしい。
それにしても男性の前で普通に喋っているのはいいのだろうか。何かあったら記憶でも消すつもりなのかもしれない。
「ひっ、えっと、あいつらの手先かと思ったんです!! 貴方達があまりにも見慣れない顔だったから!!」
「あいつら?」
「お、俺達はその、敵対している集落があって。最近、その争いが活発化しています!! とても緊迫した状況です!! だから、貴方達もその手のものかと思い……」
よっぽどクラのことが怖くて仕方がないのだろう。そう口にした男性はとても青ざめている。
敵対している集落があって、緊迫した状況か。
正直想像などは全くできない。何かしらの理由があって、争いになっているのだろうけれど……。
「そうなのか。俺達はそういうのではない。此処に来たのはたまたまだから」
「たまたま……? 偶然、こんな場所に? このあたりには外から人が来ることなんてないのに……」
俺の言葉を聞いた男性は益々訝し気な表情を浮かべた。
いや、まぁ、確かに俺達って洞窟を長時間移動してここまで来たし、他にこの場所へやってくる術は知らないけれど……、きっと俺が想像しているよりもずっとこの場所は世間から隔離されている場所なのかも。
そういう閉鎖的な場所だからこそ、俺達のように外からくるものが想像できないのかもしれない。
あんまりこのあたりに長居すると面倒なことが起こるかな? とはいえ、初めて来る場所だし見て回れるなら見て回りたい。
そう考えると少し悩んでしまう。
「サクト、どうしたの。変な顔をしているわ」
「いや、初めて来る場所だから色々見たいけど、その争いに巻き込まれると面倒だなって」
「見たいなら見ればいいわ。そもそもサクトは巻き込まれたなら私やクラでどうにでもするわ」
俺が少し心配していると、軽い調子でそんなことを言われた。
でも言われてみると確かにそうか。気を付けてみて回ればいい話で、あんまり周りのことを気にしすぎない方がいいかもしれない。折角こうして異世界に来て、自由気ままに好きなことを出来る環境はあるのだから。
「俺達はこの辺を見て回るけれど、今の所、その争いに関わる気はない。ただこちらに被害を与えられるなら俺は全力で反抗する」
脅しつけるようにそう口にしたのは、関わっても問題がないと思われると下手に接触されてややこしいことになると思ったから。この周辺に長居をするつもりはないけれど、これ以上この場で争いあっている人たちと関わりを深めるつもりはないとは示しておく。
……それにしてもこの男性の住んでいる集落と敵対している集落の人達ともなるべく関わらないようにしないと。