遺跡へ向かう道中 ③
それは不思議な、力のある言葉。
だけれども母さんの声とは、雰囲気ががらりと違う。
なんというか、その声は人を安心させるようなものだった。
――その人は、自分のことをイミテアと名乗った。母さんの姉にあたる光の女神。
「聞こえていますよ。初めまして、えっと、伯母さんと呼んでも?」
『構わないわ! 私にとって初めての甥だもの』
頭の中に響くイミテア様――伯母さんの言葉は、とてもはしゃいでいるように見えた。
『貴方の元へ行こうと思うのだけど、いいかしら?』
「ええっと、いいんですけど、騒ぎになったりするのは嫌です」
『大丈夫よ。ちゃんと周りに悟られないようにするわ』
「了解です。それなら大丈夫です」
俺はそう答えながらも、女神様ってこんな風に気軽に来るものなの? と不思議な気持ちになっている。
「咲人、乃愛の姉と話すの? 僕も一緒がいい」
「その辺はどうなんだろう?」
「乃愛の姉でも、咲人に何か悪いことする人だったら排除するよ!」
「いや、それは大丈夫だと思うよ?」
クラがなぜだが物騒なことを口にしていた。
母さんの姉なのだから、特に何の問題もないと思う。確かに光の女神と闇の女神と言われていて、相いれない存在のようには見えるかもしれないけれど……、母さんは叔母さんのことを大切にはしているようだから。
そもそも俺に何かあれば、父さんが悲しむから伯母さんも悪い風にすることはないだろうとは思っているけれど。
『ノースティアの飼っている猫ちゃんですね。可愛いですね。私はノースティアを怒らせたいわけではないので、安心してください。あの子が本気で怒ったら、私でもどうすることも出来ませんから』
……俺とクラの会話を聞いていたであろう伯母さんの言葉にやっぱり母さんって物騒な存在なんだろうなと思った。
この世界でおそらくもっとも有名で、最も力を持ち合わせていると思われている伯母さん相手にそこまで言われる母さんって……うん、怒ったら世界的にもまずい災害か何かみたいなのだろうな。
そんな風に思っていると、突然、周りの時が止まった。
――そしてその場に不思議な空間が現れる。
……伯母さんはこっちに来るって言ってたから、周りに悟られないように周りに何かした感じ? 気づけばフォンセーラの姿が見えない。多分、他の人と同じような対応されているのだと思う。まぁ、フォンセーラも直接、神である伯母さんと話すなんてことになったら卒倒でもしそうだけど。
クラは俺の肩の上で警戒したように鳴いているし。
伯母さんをそんな警戒する必要はないぞ……。
「はじめまして。私がノースティアの姉のイミテアよ」
突然現れたその人は、本当に光という言葉が良く似合う。
美しい金色の髪と、水色の透き通るような瞳。誰が見ても美人だと分かるような、美しさの化身がそこにいる。なんていうか、母さんとは違うタイプの美人というか。
母さんはなんていうか父さん以外には一切微笑みかけない系の存在だけど、伯母さんは俺にもにこにこしている。母さんや姉さんで美人を見慣れているし、伯母さん相手だから緊張とかときめきとかはないけれど、こういう笑みを向けられると好意的に感じる人が多いのではないかと思う。
「初めまして。薄井咲人です。よろしくお願いします。伯母さん」
「僕はクラネットだよ! 貴方が乃愛の姉?」
俺とクラがそう言って挨拶をすると、伯母さんは一瞬驚いたような顔をする。
「半分は神の血を引いているのと、ノースティアの生み出した神獣とはいえ、私に他に何か言うことはないのですね? 変わっていますわ」
「他に言うこと……?」
「生まれ持った気質なのでしょう。本当にノースティアの周りには変わったモノが多い。面白いからいいですけれど」
「普通だと違う反応します?」
「そうですね。私の前では神も人も見惚れ、跪き、願いを口にすることが多いです。なんというか、貴方達は平然としすぎていてびっくりします」
少し不満そうな顔をしているのは、俺やクラがもっと見惚れたりするのを期待したのだろうか? というかそういう対応に慣れていて、それが当たり前なのかなと思う。
俺は父さんに似て、整った顔立ちをしているわけではないので正直そういう風なのが当たり前な気持ちは分からないけれど。
「父さんも同じような対応すると思いますよ。伯母さんって父さんに会ったことあります?」
「……華乃と志乃から聞いた話によると、あるようです」
「あるようです?」
「……ノースティアにその時の記憶を私は改変されたみたいです。全く、あの子は……同じ神である私の記憶まで改変するなんて何を考えているのでしょう」
「……あー、父さんが嫌がったからとかじゃないですか?」
「華乃と志乃もそう言っていました。ノースティアは、夫の言うことしか聞かないからと」
伯母さんの記憶まで改変して、会ったことがないようにしているらしい。
母さんって本当、父さん第一だからなぁ……。
どうせ父さんが平穏な暮らしがしたいとか言って、記憶に残らないようにしてほしいって言ったのではないだろうか。
だって伯母さんって、母さんのことを特別に思ってそうだから父さんの事を知ったら接触してきそうだしなぁ。