遺跡へ向かう道中 ①
母さんはこの世界にとって特別で、偉大な神様である。
それはもう良い意味でも、悪い意味でも名が知られた女神。
その闇の女神ノースティアの名を知らぬものはこの世界にはいないともいえるほどに、名が知られている。
「闇の女神ノースティア様、我らは貴方に生贄を捧げます」
……生贄などと物騒な言葉を口にして、魔物を捧げている一味を見かけたりもした。母さんは正直言って、誰かの信仰とか、そういう貢物とかそんなものをどうでもいいとさえ思っているだろう。
母さんの思考というのは本当に分かりやすい。
父さんと、父さんに関わるものと、それ以外。
俺やクラは父さんに関わるものという括りに入っているだろう。それ以外と認識しているものに関しては、死のうがどうでもいいと思っているだろう。
そもそも母さんは自分本位な性格で、自分のやりたくないことなどは全く行わない。誰かから何かをしてもらったからという理由でそれを返すなんてしない。
この世界の人たちは母さんのことを俺よりもずっと昔から知っているはずなのに、母さんのことを理解していないのだなと思う。
「それはそうよ。女神と名がつくものは人の世界にたまにしか関わっては来ない。特にノースティア様は時々この世界に混乱と祝福をもたらす存在として知られているだけで、その性格まで把握できるほど近づいた者はいないもの。それに……ノースティア様は人の記憶も弄ることが出来るのでしょう? それならばノースティア様の性格が広まってないのも当然でしょう。私も貴方に聞くまではノースティア様がどういう方かちゃんと知らなかったもの」
フォンセーラにぽつりと零した言葉に、そんな言葉をかけられる。
母さんは人の認識や記憶さえも簡単に弄ってしまう。神も人も、あらゆる生物が母さんの力に抗えないのに、父さんにだけは効かないのだとそう言って笑っていた。
「まぁ、俺の認識や記憶も母さんに弄られている可能性はあるけどな……。あの人はそうした方がいいと判断をしたら、俺の記憶も簡単に弄るだろうから」
「そうだよね。乃愛はそういう人間だからなぁ。僕の記憶も弄られちゃうかも」
「ただ……流石に俺達の記憶を大きく弄ることは父さんに反対されるだろうからやらないだろうけど」
俺の記憶も、クラの記憶も気づけば弄られている可能性は十分にある。母さんはそれだけの力を持つ神様なのだから。
というかあれだな、母さんってやろうと思えば世界中の生物たちの記憶を塗り替えたりも出来るのだろうか。うん、そう考えると本当に凄まじい力だと思う。
「……これからも私がサクトたちと旅をしていればノースティア様を実際にお目にかかる可能性もあるかしら」
「あると思うけど」
「なんて恐れ多い……! ノースティア様とお会いできるかもしれないのならば、私はどんな姿をしていればいいの!?」
「普段通りでいいよ。というか、母さんの事だから俺と一緒に旅をしているフォンセーラのことも観察してそうだし」
どう取り繕うとも、母さんの前では何の意味もなさない。母さんは、きっといつでも俺の危機は把握できるようにしているはずだから。……俺の知らない所で俺達のことは観察したりしていそうだしなぁ。
思えば地球にいた頃から、華乃姉と志乃姉もそうだけど……俺のピンチにはすぐに駆けつけていた。ああいうのも神としての力を持ち合わせていたからなのだとは思う。
「というか、フォンセーラも家族会議に一回参加してみる?」
「え?」
「俺達、脳内家族会議をすることになっているから。父さんや華乃姉たちもフォンセーラがどんな子からは知りたいと思ってそうだし」
「え、遠慮するわ! ノースティア様のご家族の家族会議に一信者でしかない私が混ざるなんてっ。そんなのは出来ないわ」
「そう? でも母さんが望んだら参加する?」
「ノースティア様が望むのなら参加するわ」
なんというか、本当に母さんを信仰しているのだというのがその言葉でよく分かる。
母さんの信者達は母さんのことが本当に大好きなのである。そしてその言葉がどんなものであってもきっと頷くだろう。
……本当に母さんが、世界征服とかそういう物騒なこと企んでいなくてよかったなぁとは思う。
母さんはやろうと思えばきっとそういうことだって出来るのだ。母さんの力が誰よりも強いのならば問題ないかもしれないけれど――、もし母さんが悪に振り切っていたら本当に倒すべき存在扱いされていたかもしれない。
今も邪神呼ばわりはされているけどさ。
「次の家族会議は僕も参加する。華乃と志乃とも話す!」
クラは俺達の会話を聞いて、そう言って楽しそうにしている。
この異世界にやってきて、俺の生活は常に変化している。華乃姉と志乃姉も、神界でどんな暮らしをしているのだろうか? 異世界に来てから他の家族の生活もどんなふうに変わっていっているかは気になるなとそう思っている。