街への到着とクラのこと ④
「サクト、それはどうしたの?」
クラと再会した翌日、フォンセーラは俺の肩に乗っているクラを見て疑問を口にする。
宿に泊まる手続きをする前はいなかったのに、急に俺が黒猫を連れているので驚いたのだろう。
「あとで説明する」
ここは街中で、他の人にクラのことを聞かれるのも困るのでそう言っておく。
クラにはフォンセーラのことは説明しているのだが、興味深そうにまじまじと見ている。あとクラには俺が許可していない時は喋らないようには言ってある。普通の猫のふりをしていないと面倒なことになるといったら大人しく承諾していた。
朝食は一緒に摂った。
その間、特に会話が弾むなどはない。とはいえこういう静かな空間も心地よいので、フォンセーラと過ごすのは楽である。
朝食を食べた後は、クラのことを説明するためにも街の外に出ることにした。街中よりも外の方がクラのことが周りにばれるリスクは低いと思ったのだ。
あとはフォンセーラから魔法を習いたいからというのもある。
「それでサクト、それは結局何なの?」
街の外に出て、人気のない森の中にいる。
フォンセーラは俺がクラの話をするために外に出たと理解しているのかそう言った。
そういえばこの世界は生物が魔力を持つもので、ただの猫というのは存在しない。馬車を引いている馬も厳密に言えば馬に似た魔物といった感じである。この世界において猫に似た生物も結局のところ、地球の猫よりはずっと危険なようだ。
「この黒猫はクラネットと言うんだ。俺の家の、地球――異世界に居た頃からのペットで、母さんが俺と一緒に旅をさせたいからって本人の意思を聞いて神獣化させた」
「……神獣化? この子はまさかノースティア様の正式な神獣ということ!?」
フォンセーラが急に大きな声を上げたので俺は驚く。だって彼女がこんな風に驚愕の声をあげることなんて中々ないから。それだけクラが母さんの正式な神獣であるということに驚いたのだろう。
「ノースティアって乃愛のこと?」
「そうだよ。母さんは異世界ではノースティアって名前があるんだって」
「ふぅん。なんで名前が二つもあるの?」
「父さんが地球で生きやすいようにって名前をあげたって聞いたよ」
乃愛。
その名前は父さんがノースティアという母さんの名前を聞いてから日本人の名前を考えたものであるらしい。
母さんは父さんに名前を呼ばれることが大好きみたいで、いつも名前を呼ばれるためににこにこしている。
「この声は、神獣様の声? それにしてもノアというのは?」
「父さんが付けた母さんの向こうでの名前」
「それにしても敬称もなしに呼び捨てにしているなんて……」
「母さんとクラは仲が良いから」
神獣が神様を呼び捨てにしているというのは、フォンセーラにとっては驚くなのかもしれない。
まぁ、でも確かに……神様である母さんの方が上位というか、立場が上な感じはするよな。
「クラネット様、はじめまして。私はフォンセーラと言います」
「フォンセーラ、よろしく! 僕に敬語じゃなくてもいいよ? 咲人にもため口ならその方がいい!」
「かしこまりました。……いえ、分かったわ」
「クラって呼んでね」
俺の肩に乗ったままクラはそう言って、フォンセーラに挨拶している。
「ノースティア様の神獣様として有名なのはクダラ様ですが、クラ様――」
「呼び捨てでいいの!」
「……クラは親しみやすいわね」
様付けしようとして呼び捨てでいいと言われて、フォンセーラは修正する。
母さんの神獣として有名な存在がいるらしい。俺は一度もその名前を聞いたことがないので、母さんが言っていた勝手に神獣を名乗っている存在の一人なのだろうとは思う。
「母さんの正式な神獣はクラだけだって母さんが言っていたよ。他の神獣は勝手に神獣を名乗っているだけの存在だって」
「……そうなの?」
「うん。俺はそのクダラって名前を一度も聞いたことがない。母さんが気にかけている存在なら俺がこうして異世界に来る時に名前を出しそうだし」
「……そうなのね」
「母さんが名前を出していたのなんて姉の話ぐらい?」
「姉?」
「光の女神イミテア様のこと。『お姉ちゃん』って呼んでいたから親しいと思う」
母さんはイミテア様のことは言っていたけれど、それ以外の事はなんも言ってなかった気がする。父さん以外のことに関心がなさすぎるからなぁ、母さんは。神様としてこの世界で長く生きているから、それだけ色んなつながりがあるはずなのに全然その辺に興味なさそうだからな。
母さんらしいと言えばらしいのだけど。
「驚いたわ。ノースティア様はイミテア様と親しくしているのね」
「仲良くはしてそうだと思う。俺も会ったことないから、実際は分からないけれど」
「イミテア様の信者の中にはノースティア様やその信者である私たちを排除しようとする動きもあるのに、不思議なものね」
「結局、そういう人たちって実際のイミテア様の気持ちとか知らずに勝手に行動しているだけだと思う。俺は母さんの息子だから、母さんの声はよく聞くけど……、普通に神様を信仰しているだけだとその神様の声なんて中々聞けないだろうし」
「そうね。神託を賜ることが出来るのは特別な存在だけよ」
フォンセーラの言葉に俺の状況ってこの世界の常識からはかけ離れているんだなと改めて思った。
神である母さんの声が俺は聞き放題だからなぁ……。