砂漠を歩く ⑥
「本当に助かる。……僕はノスタ。先ほど言った通り、闇の女神であるノースティア様の信者だ。お前達の名前を聞いてもいいだろうか」
そう言ってまっすぐに俺の目を見る少年――ノスタ。
少しだけ母さんの名前を口にするのを言いよどんだ様子があった。先ほど、はっきりと母さんの信者であることを告げていたけれども冷静になってその信者であると口にする危険性に思い至ったのかもしれない。
母さんって、邪神扱いとかされているような神様だからなぁ。我が母親ながらなんで周りからもてはやされているような、ただただ尊敬を集めているような神じゃなくてそんな物騒な存在なんだか。
「俺はサクト。こっちがフォンセーラで、この猫はクラネット」
俺がそう言って説明をすると、変な顔をされる。……クラのことを神獣だと知らなければこんなところにまでペットを連れてくるなって突っ込まれることだろうしな。
うん、客観的に考えるとこんなところで平然と「にゃあああん」と鳴いているクラってかなり特異な存在だと言える。
「……余程、お前達はこの砂漠を生き残る自信があるんだな。そのような小さな使い魔を連れているなど……強くなければすぐに全員命を失うものだろう」
「まぁ、この砂漠で死ぬことはないかなぁ。だからノスタも安心してくれていいよ。ちゃんと砂漠の外には連れ出すから」
そもそも俺の肉体が死んだところで、母さんが回収しそう。もちろん、死ぬつもりはないけれど。
それに俺に何かあるのは父さんが嫌がるから、母さんが飛んでくるだろうしな。母さんに勝てる存在なんてこの世にはおそらく存在しなさそうだし。
「……そうか。神の力が利かないのは、誰かの信徒なのか? もしくは愛し子とか……」
「んー……まぁ、広めないでほしいけどお前と同じでノースティア神の信者ではあるけれど。ただそういうのではないかなぁ」
一旦母さんの信者なら、同じ神を信仰していると言った方が話が早そうなのでそう言っておく。
俺は母さんの実の息子ではあるけれど、愛し子とかそういうのじゃないのは本当だし。
「ノースティア様の信者……!!」
嬉しそうに目を輝かせている様子を見ると、母さんの信者ってレアなんだろうなとは思った。
「この危機の中でノースティア様の信者に出会い、助けられることになるとはこれもノースティア様の導きの他ないだろう。ノースティア様は信者に対して微笑むことのない神だと言われているがこれはノースティア様が僕を見守っていてくれたからなのではないかと思うと嬉しくて仕方がない。お前達はいつノースティア様の信者になったんだ? 僕がノースティア様の信者になったのは五歳の頃だ。僕はノースティア様の存在を書物で知った。それで調べておくうちにノースティア様はとても力強く、魅力的な神だと実感したんだ。他の神様ときたら周りの目を気にしたりすることも多いだろう。しかしノースティア様は……」
「ストップ!! ノスタがかあ……ノースティア神のことを心から信仰していることは分かったけれど、一旦とまれ」
どんだけ母さんの名前を連呼しているんだ?
本当に母さんの信者を名乗る人たちって熱狂的すぎるだろう。うん、信仰心が異様に重い感じが母さんの信者だなぁってそう思って仕方がない。
「はっ、すまない。ノースティア様のことを誰かに語ることは中々出来ないのだ。だから、嬉しくなって……」
「そっかー。良かったな。フォンセーラもノースティア神の信者だから、一緒に話すといいと思うぞ」
俺は母さんの話をある程度聞くのは問題ないけれど、ひたすら話されるのを聞きつづけるのはちょっと遠慮したい。母さんのことは家族として好きなので、信仰上の……実際とは違う母さんの話をひたすら聞かされるとちょっと突っ込みたくなるし。
少なくともノスタ相手に、母さんの息子だって言うつもりは今のところはない。今後どうなるかは分からないけれど、現状は砂漠の外に連れ出すまでで終わる予定だ。
だから余計なことは言わないようにしておこうとそう思っている。そういうわけでフォンセーラと話してもらおうと思ったのだが、フォンセーラは少し嫌そうだ。
……同じ信者だけど、ノスタに対して好感は抱いていないらしい。
「ノースティア様の信者であることは理解したわ。しかしその名を名乗るなら、他の神に気に入られて命の危機にあるなんて情けないことよ。ノースティア様は信者のことをお助けになったりはなさらないわ。だからこそ、自分の手で問題は片付けなければならないの」
「……それはそうだな。僕が不甲斐ないばかりに……!! 僕は自分の自由を掴み取らなければならないのだ。ノースティア様は自由な女神なのだから」
「ええ。その通りよ。本当にどうしようもない時は自由を得るために自害することも検討すべきだと思う。ただ神相手だと魂が回収される場合もあるから難しいわね」
……うーん、母さんの信者同士の会話だなって感じ。
俺はそんな会話を聞きながら、遠い目をしてクラの頭を撫でるのだった。
そして二人の会話にひと段落ついてから、砂漠から出るために移動し始めた。