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九話 数少ない特技なのです

 

 今日の朝食のメニューはパンにサラダ、スープに赤身のお肉のステーキだ。

 やはり騎士団というだけあって朝から肉食らしい。セリスはキッチン台に置かれた大きな赤身のブロック肉に、感嘆の声を漏らした。


 ミレッタは切りかけの野菜の下ごしらえに戻って調理を進めていく。

 セリスはナーシャに器具がどこにあるかを教えてもらってからエプロンをつけた。


「そもそもセリスって料理できるのか?」


 セリスには何を担当してもらおうかと考えていたナーシャは、さらっと尋ねる。

 そういえば、と疑問を持ったミレッタが作業を止めてセリスを見ると、セリスはうーん、と思い出すような声を溢して顎に手をやった。


「一年間は使用人として生活していたから問題ないと思います。料理はわりと得意でしたし」

「待て待てセリス! 話がおかしいぞ!」

「どういうことですかセリスお嬢様! 貴方様はご令嬢なのですよ!?」

「ミレッタ、家を追い出された私にお嬢様はよしてね。それに敬語も不要よ。むしろ私が敬語を──」

「分かったからそれはやめてえええ!!!」


 セリスに敬語を使われるのだけは是が非でもやめてほしいらしく、ミレッタは必死の形相だ。包丁を持っているため犯罪現場にしか見えない。


「で、どういうことだ!?」


 ナーシャは、早く教えろ! と言わないだけで、そう顔に書いてある。

 家を追い出された身なので隠す必要はないだろうと『実父が亡くなってから、使用人の仕事をするように義母に指示をされた』という事実を述べると、二人はワナワナと震えだした。


「それってお前に対する嫌がらせじゃないか!!」

「そうじゃなくてこれには事情が──」

「セリスお……じゃなかった! セリス! 大変だったわね……けれどこれからは私たちがいま……いるからね! 実家のことなんて忘れましょうね!!」

「え、あ、うん?」


 ずい、とふたりに顔を近づけられ、セリスは「ははは」と乾いた笑みを溢した。



 本格的に朝食の準備に取り掛からなければと言い出したのは誰だったか。

 大まかなセリスの事情を知った二人は口よりも手を動かし始めたので、セリスもそれに続いた。


 お肉の筋を取り、繊維を断ち切るようにして一人前ずつに切っていく。大きなフライパンを温め、中がほんのり赤いくらいに焼き上がったお肉と同時進行で二種類のソースを準備した。


 二人も調理が終わったらしく、三人は間に合った安堵でお互い見合った。


「よし! 間に合ったな! そろそろ来るはずだ……って噂をすれば」


「腹減ったー!」「メシー!!」と言いながら、入ってくる団員たち。

 団員たちがトレーを持って列に並ぶので、セリスは温かいステーキにどちらのソースをかけるか聞いて渡していく係だ。


「セリスさんおはよう! 俺はこっちの玉ねぎのソース」

「おはようございますマリクさん。はいどうぞ。訓練お疲れさまでした」

「おはようございますセリスちゃーん! ソースは……こっちの緑色の方! 因みにこれ何ソース?」

「おはようございますロッツォさん。これはバジルソースですよ。訓練お疲れさまでした」


 そうして次々に団員の名前を呼びつつ挨拶をして、ステーキを配っていると、ナーシャが首が取れそうなほどの勢いでセリスの方に顔を向けた。


「待て待て待て待て!!!!」

「はい? ナーシャどうしました?」


 隣でサラダを手渡しているナーシャが凄い勢いで待ったをかけてくるので、セリスはぴたりと手を止める。


 何か不手際があったのだろうか。言われたとおりにしたつもりだったけれど、ナーシャの様子から察するに大事(おおごと)に違いない。

 セリスはやや不安の面持ちで言葉を待つと、ナーシャはセリスと団員たちの顔を交互に見ながら口を開いた。


「昨日一度自己紹介されただけで、もうこいつらの名前覚えてんのか!?」

「そういえば、そうですね」

「そういえばそうですね!?」

「昔から少し記憶力が良いのです。少ない特技です」


 ──いや、どう考えても少しじゃないだろう!


 ナーシャだけではなく、ナーシャとセリスの会話を聞いていた全員がそう思った。

 しかし当の本人があっけらかんとしているので、そういうものなのか? くらいの認識に留める面々。


 後方で会話を聞いていたジェドは、何か考えるように腕を組むが、口を出すことはなかった。



 ジェドを含め全員に配り終えると、セリスたち三人も食事の準備をし、既に食べ始めている団員たちと同じく四人がけのテーブルに向かう。

 セリスがナーシャの隣に座ろうとすると、自身を覆うような影が伸びてくる。セリスはえっ、と、小さく上擦った声をあげて振り向いた。


「驚かせて悪いな。セリス、邪魔して悪いが今日はお前こっちな」

「ちょっと団長!!! セリスを連れて行こうとすんな!」

「悪いなナーシャ、ミレッタさん。ウィリムのこと紹介したいんだ、頼むよ。な?」


 片手を口元に持ってきて頼むジェド。

 理由も理由なのでミレッタがどうぞどうぞ! と快く、ナーシャはしょうがないな……と納得した様子である。

 ナーシャに関してはこれがハーディンだったらこんなに素直な反応は見せないのだろうが──閑話休題。


 ひょい、とジェドにトレーを取られたセリスは、半ば追うような形でジェドについていく。

 ジェドがセリスのトレーを置いたテーブルには、昨日お酒で潰れていた男性──筋骨隆々で身長も驚くほどに高い強面の、ウィリムの姿があったのだった。


 ジェドはセリスが座る席の椅子を引くと、セリスは「ありがとうございます」とお礼を言って会釈をしてから席についた。


 セリスの隣に座り腰を下ろし、目の前のウィリムが食事の手を止めるとジェドは口を開いた。


「セリス。こいつはウィリム。昨日潰れてた奴な。下戸で、見た目通り頑丈で馬鹿力の副団長だ」

「む、何だその紹介は。……私の名前はウィリム・デスモンド。昨日は挨拶ができなくて済まない。これからよろしく頼む」

「セリス・シュトラールと申します。本日から寄宿舎でのお仕事をさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 (む……? )


 聞き慣れない返事? 相槌? に無表情の中に僅かに疑問が混ざるセリス。


 しかしそれを口にすることはなく、ジェドが親しげにウィリムの紹介を続ける。


「こいつすんげぇ美人の奥さんと可愛い娘ちゃんがいるんだよ。第四騎士団の七不思議だ」

「む!!」

「だから、む、ってなんだよ」


(ジェトさんも『む』には疑問なのね……)


 どうやらウィリムの『む』は一朝一夕で理解できるものではないらしい。

 セリスは理解できないものとして納得すると、ジェドはとりあえずウィリムの紹介が済んだからか、セリスが作ったステーキを口に運んだ。


「これは……セリスが作ったのか?」

「えっ。は、はい。焼き加減苦手でした? それともソースがお口に合いませんでした? 」

「ウィリム、お前もステーキはまだだろ。食ってみろ」

「む」


 一応味見もしたし、焼き加減もそれなりに上手くいった……はず。

 セリスは表情には出なかったが、内心ドキドキしていた。流石にないとは思うが料理が口に合わないから解雇、なんてことになったら行く宛なんてないからだ。


 しかしそんなセリスの心配は、ジェドがステーキを飲み込むと同時にさっぱりと無くなることになる。


「絶品だ。本当に美味い」

「む。本当だな……」

「お、お口に合ったのでしたら良か──」


 ──ガタン!!!


 セリスがホッとした瞬間だった。

 先に食べていた団員たちが何人か一斉に立ち上がると、一目散にセリスに駆け寄ったのだった。


「「セリスちゃん! おかわり!!」」

「お、おかわり……っ?」


 突如団員に囲まれ、セリスは困った……と目線でジェドに訴えると、ジェドは何だか嬉しそうに笑った。頼ってくれたのが嬉しかったのである。


「お前ら落ち着け。それにおかわりは自分たちでしろ。いつも言ってんだろ。あとさっさと退けろ、セリスが困るだろうが」

「「イエッサー!!!」」


 そうしてセリスの作ったステーキの残りは、ソースも一緒に全て団員たちの胃に入ったのだった。

「美味い」「幸せ」と右からも左からも聞こえてくるその声に、セリスは薄っすら頬を染め、ジェドはその姿を見て柔らかく笑った。


 因みにセリスの料理が褒められていることに、ナーシャとミレッタは鼻高々そうに誇った顔をしていたらしい。

読了ありがとうございました。

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