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八話 おいたわしや、セリスお嬢様

 

 次の日の朝になり、セリスは両手を天井に伸ばしてうーんと背筋を伸ばした。

 朝の新鮮な空気を吸い込んで、ふぅ、と息を吐く。


 昨日の夜、あれからナーシャに自室へ案内されたセリスは、次の日の起床時間と部屋の説明をしてもらい、仕事着を渡された。お互いに改めて自己紹介を済まし、仕事内容は明日説明するからと言われたセリスは湯浴みをしてからすぐに就寝した。


 流石に長時間馬車に揺られ、人生で初めて魔物を目にし、そして襲われかけ『人間離れしたご尊顔』の騎士団長に助けられ、可愛いなどと言われ、団員たちに歓迎され──。

 怒涛の一日に、セリスは身体も精神も疲れていたのだった。


 しかし朝となり完全復活したセリスは、早速顔を洗って髪を束ね、ナーシャの部屋をノックした。

 キィ……と音を立てて開いた扉の先にいるナーシャは眠たいのか、手で隠すことなく大きな欠伸をしている。


「ナーシャ、おはようございます」

「おはよ……」

「ふふ、ナーシャは朝が苦手ですか?」

「まあな。セリスは……元気な顔してるか?」

「え、私表情が乏しくて分かりづらいと言われるんですが……分かりますか?」

「確かに分かりづらいけど……。問題ない!」


 昨日改めて自己紹介をしたとき、歳が同じだから呼び捨てで良い、と言ってもらえたセリス。

 口調もフランクで良いと言われたが、一応職場の先輩に当たるのでそれは……と遠慮するセリスに、真面目なやつだなぁとナーシャは笑ったものだ。セリスのそういう生真面目なところがナーシャはかなり気に入っていた。


「んじゃ、まだ朝食の準備には早いから、先に建物の中案内しとくな!」

「はい」


 昨日のナーシャの様子から、おそらく口調が荒いだけで姉御肌の良い人なのだろうと思っていたセリスの勘は、どうやら当たっていたらしい。


 寄宿舎の中を丁寧に案内してくれたこともそうだが、昨日の団員たちのことも「悪気はないんだよあいつら」とフォローしているのだ。昨日はきつく叱っていたものの、団員の行動にセリスが誤解をしないよう配慮しているらしい。

 しかも、セリスが表情が乏しいことにも問題ない! とはっきりと言ってくれたのだ。


 セリスはこんな短時間でも、ナーシャのことが大好きになった。



「あっ、大事な人紹介するの忘れてた」


 寄宿舎の案内を終え食堂に入ると、そう呟いたナーシャにセリスは小首を傾げる。


(昨日ジェドさんは家事の担当が二人いるって言ってたから……もしかしてその人のことかしら)  


 そうとしか思えず、既にトントントンと包丁のリズミカルな音がしているキッチンへ、ナーシャの後に続いてセリスも入ると。


「昨日は休暇だったから居なかったんだけど、私たちの先輩で、もう三年前から勤めて──」

「ミレッタ?」

「え? 知り合いか?」


 セリスがその名を呼んだことで、ミレッタは、はたと手を止めた。

 そのまま顔だけをセリスたちの方に向けると、ミレッタの手からは包丁が零れ落ちる。


 そのままミレッタは、ふくよかな中年女性とは思えないほど俊敏な動きでセリスのもとへ駆け寄ると、思い切り抱き締めたのだった。


「セリス()()()……! お久しぶりでございます!! 昨日はお会いできなかったので早起きしてお待ちしておりましたああ!!」

「ミレッタ……く、くるしぃ……」

「セリス大丈夫か!? ってお嬢様!?」


 ナーシャの大きな声がキッチンに響く。


 どうやらナーシャにはセリスが伯爵家の娘だということは知らされていなかったらしい。

 説明をと思うものの、ミレッタがぎゅうぎゅうと力強く抱き締めてくるのでそれどころではなかった。


「当時からお綺麗でしたがまた一段とお綺麗になられて……! シュトラール家を出て早七年、旦那様がお亡くなりになったことは風のうわさで聞きました……辛かったですね……っ!! しかしどうしてまたここで働くことに!?」

「ミレッタ……説明するから離して……息が……」

「はあああー!!! 顔が真っ青にいい!! おいたわしやーー!!! 誰がこんなことをー!!」

「ミレッタでしょうが!!」


 グイ、と思い切りミレッタを引き剥がしてくれたナーシャに、セリスはゼェゼェ言いながらもお礼を口にする。

 ミレッタはその体格のためかなり力が強いので、そんなミレッタを上回るナーシャは中々に力が強いらしい。


「……セリス! あたしにもちゃんと説明しろよな!」

「はい。もちろん……です……」


 未だ息が絶え絶えのところに、ミレッタが慌てて水を持ってきてくれたので、セリスは喉を潤し、呼吸を整える。


 呼吸が落ち着くと「昨日言い忘れましたが……」と言いながらセリスは口を開いた。


「私はシュトラール伯爵家の娘なのですが、諸事情で家を追い出されたのでここに働きに来たのです。ミレッタは七年前まで、シュトラール家で働いてくれていたメイドでした」


 セリスの父親が亡くなる一年ほど前まで、ミレッタはセリスが赤ちゃんの頃からずっとシュトラール邸でメイドとして仕えてくれていた。

 しかし実父が体を壊し介護が必要ということで、泣く泣く退職したのである。


 子供がいないミレッタはセリスのことを実の子供のように大切に思っており、セリスもまた、ミレッタのことが大好きだった。


 説明できた、とホッとした様子のセリスに、ナーシャは「待て待て」と口を挟んだ。


「伯爵家の娘なのに家を追い出された?」

「はい。簡潔に言いますと、婚約破棄されまして、その元婚約者が新たに義妹と婚約するので体裁が悪いから、家を出ていけと」

「はあ!?」


 セリスの説明にナーシャは眉間にしわを寄せて怒りを示す。

 ミレッタは「おいたわしや……」と言いながら頭を抱えていた。


 二人の反応が大方予想通りだったので、セリスは胸に罪悪感を抱えていた。

 セリスが被害者なことには変わりないのだが、本人がそれほど大したことだと思っていないので、怒りや悲しみを持たせてしまうのが申し訳無いのである。


「いや……私は本当に大丈夫なのです。元々愛のある婚約ではなかったですし、義妹のことは大切なので幸せになってくれたならそれで──」

「いーやセリスは甘すぎるな! 細かいことは知らんが常識的にあり得ないだろう!! せめてその元婚約者と義妹が出ていけば良いんだ!」

「けれど私はここに来てナーシャに会えて良かったです」

「ぐっ」


 ナーシャは怒りの表情から一転して、嬉しそうに天を仰ぐ。


「奥様は何をしておられるのか!! こんな暴挙を許すなんて信じられません! 」

「けれど私はここに来てミレッタと再会できて嬉しいわ」

「ぐっ」


 ミレッタは悲しそうな表情から一転して、目をキラキラさせて破顔していた。


 ミレッタは実の子供のように思っているのでおかしな話ではないのだが。


 ナーシャも同年代のセリスが来てくれたのと、そしてそんなセリスとこれからもっともっと仲良くなりたいと思っていたので、出会えて良かったと言われて嬉しくないわけがなかったのだった。


「ゴッ、ゴホン!!」


 ナーシャが咳払いすると、一応納得したのかそれ以上文句を垂れることはなかった。


 その代わりに伝えた言葉は、セリスを案じてのものだった。


「多分セリスが貴族だってことは団長と副団長あたりは知ってるだろうが……他の団員には伝えてないと思う。あいつら全員、貴族……特に()()()()には良い思い出がないからな」

「……と、いうと?」

「しばらくすれば分かるよ。これは流石に当事者じゃないあたしの口からは言えないんだ。ごめんな」

「いえ……」


 そう言われてしまえば、セリスがそれ以上追求するなんて出来なかった。



 ──パン! と肌と肌がぶつかる音がする。ミレッタが手を叩いたので、二人は揃ってミレッタに視線を移した。


「さて、そろそろ朝食の準備を再開しないと!!」

読了ありがとうございました。

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