七話 酒も滴る良い男とは
セリスの発言に切れ長の瞳を大きく開いたのはジェドだった。
しかし驚いている暇はない。若い団員たちがセリスの言葉をそのまま受け取ったとしたら──。
「セリスこっちへ来い!!」
「はい!?」
後ろにいるジェドに思い切り二の腕を掴まれたセリスは、物凄い力で後ろに引かれる。
その反対にジェドは前に出ると、再びバシャッ!! とシャンパンを浴びる音が食堂に響いたのだった。
ポタ、ポタ、ポタ。
ジェドの全身から滴るシャンパンは止まることを知らないくらいに大量であり、セリスはおろおろとした表情で小さく口を開く。
「ジェ、ジェドさん……?」
「セリス……こういうのは気持ちだけ受け取っておけば良いんだよ。濡れてねぇか?」
「は、はい」
まさか自分のせいでジェドが二度もシャンパンをかかることになろうとは夢にも思わなったセリスは「申し訳ありません!」と深々と頭を下げるが、ジェドがセリスに怒ることはなかった。
いくらセリスの歓迎を表現するにしたって、登場直後の女性にシャンパンをかけるのは団員たちに非があるからである。それにセリスが歓迎を受け入れようとした気持ちは理解できるのもある。
ジェドはセリスに頭を上げさせて優しく微笑んでから、きりりとした目つきで食堂に集まっている団員たちを見やる。
「お前らはとりあえず酒を置け。そんでセリスを驚かせたことに謝れ。ほら早く」
「「すみませんでしたァァァ!!」」
「い、いえ、お気持ちはありがたく……」
セリスが優しい子で良かった……とジェドは安堵しつつ、濡れた前髪が気持ち悪かったので、大きな手で前髪をかきあげる。
誰かが呟いた「イケメェン……」という感想に、セリスは深く同意した。
「──そんで、ウィリムはどこに行ったんだ? あいつがいたら酒をかけるなんて許すはずが」
「副団長なら酒一口で潰れました。爆睡です」
「あんの下戸が。使えねぇな」
呆れたというように、ハァ……と大きくため息をついたのはジェドだった。
一方セリスは、自分たちの上司に酒を浴びせたというのに、団員たちが相変わらず楽しそうに笑っており、食堂内は物凄く雰囲気が良いことに内心驚いた。
(皆、仲が良いのね……それに私のことも歓迎しようとしてくれて……)
これだけで第四騎士団の数々の悪評を否定することは出来ないが、やはり噂通りとは考えづらい。
酒をかけるのが良いかどうかは別として、新入りを歓迎しようとした、というのが事実なのだ。
明るい団員たちに、優しい騎士団長──これからの生活が何だか楽しくなってきたセリスが「ふふ」と小さく笑みを零すと、団員たちをかき分けてとある女性がセリスとジェドの前に現れたのだった。
その女性は手に持ったタオルをジェドにぽいっと放り投げると、団員たちの方に向き直った。
「お前らなー! お酒をこんなことに使うな馬鹿! 団長も風邪引くからさっさと拭く! 床も拭かなきゃいけないしセリスも疲れてるかもなんだから今日はお開きにするぞ!」
「ナーシャそりゃないぜ! お開きも何も始まってないだろ!!」
「団長がずぶ濡れで副団長が潰れてるんだから歓迎なんて出来るわけないだろ馬鹿共! とりあえず列に並んで自己紹介だけしろ!!」
ナーシャ、と呼ばれる女性が食堂のキッチンの方から出て来てそう言うと、団員たちは文句を垂れながらもセリスの前に列を作った。まさに鶴の一声である。
セリスは無意識にぴしゃり、と背筋を整えると、団員たちが自己紹介をして、よろしく! という中、一人ひとりに改めて自己紹介をし深くお辞儀をしていく。
乱雑に頭を拭きながらそんなセリスを見ているジェドは、異様な光景にはははっと声を出して笑っている。
夜の番や非番のものを除き食堂内に騎士団員たちが十五人程度が集まる中で、ようやく列は残り一人となる。
セリスは再び深いお辞儀をしようとすると、おもむろに両手を取られて瞬きを繰り返した。
「俺の名前はハーディン! セリスちゃんと言うんだね? なんて美しいんだ」
「はい?」
「また始まったよ……」と誰かが呟いた。どうやらハーディンは第四騎士団で一番の女好きらしく、女ならば誰にでも甘い言葉をかけるのだとか。街に出たときなんて一日中女の子に声をかけているらしい。
セリスが出会ったことのないタイプだった。そもそも男性のことなんてほとんど知らないが。
「第四騎士団へ来てくれてありがとうセリスちゃん! そうだな、お礼に今度街へ二人で──」
そう、ハーディンがセリスを誘ったときだった。
──ドゴォーン!! とナーシャがハーディンの後頭部を思い切り殴ったのだった。
「えっ」
「セリス、こっちにおいで」
一体何が起こったのかと固まるセリスは、ジェドに手首を掴まれて数歩ナーシャたちから離れる。
「いつものことだから気にしなくていい」と苦笑気味にフォローするジェドに軽く頷いてから、セリスは再びナーシャたちを視界に捉えると。
「このガサツ女!! 痛いんだよ!! 手加減しろ!!」
「ああ!? いきなりセリスを驚かせるのが悪いんだろ脳内薔薇色男!! 女と見れば誰にでもそうやって声かけやがって!!」
「お前にはしてない!!」
「誰もしろなんて言ってないだろ!!!」
ハーディンは先程までの紳士的な態度と一転して荒々しく話すが、何故かそこに威圧感はない。
ナーシャに関しては口調は変わっていないが、顔が真っ赤で無意識に『超』がつくほど内股になっている。
そしてそんな二人を生温かい目で見る団員たち。
セリスはそれほど鈍感ではないので、なるほど、と理解した。
「お二人は仲が良いのですね」
「「良くない!!!」」
(息もぴったりだわ…………)
それからしばらくナーシャとハーディンの言い合いが続いたが、ジェドが仲裁に入ったことでお開きとなった。
お互い睨みながらも瞳の奥はどこか熱を孕んでいる二人にセリスは少し頬を緩めると、ナーシャがセリスに視線を向けて口を開く。
「セリス、部屋に案内するから行くぞ!!」
「あっ、はい。お願いします」
足早に出ていこうとするナーシャに待ったをかけたセリスは、ジェドたちに何度目かの深いお辞儀をしたのだった。
「では皆さん、明日から宜しくお願いいたします。歓迎のお気持ち、本当に嬉しかったです。ジェドさんも庇ってくださってありがとうございました。おやすみなさい」
「「お、おやすみなさい……!!!」」
そうしてナーシャの後についていくセリス。
悪評高い第四騎士団は慢性的に家事担当の人材が不足しているので、どんな人でも入ってくれるだけで嬉しかったのだが、団員たちは一様にセリスに同じ感想を持った。
「「なんって良い子なんだ!!!」」
「だろ?」
「何で団長が誇らしそうにしてるんですか……?」
騎士の中で一番若い団員がそう尋ねると、ジェドは「それはそうだな」と言いながらくしゃっと笑い、続きざまに口を開く。
「セリスの話は置いておいて、お前ら。濡れた床はしっかり拭いておけよ。拭いてないと明日ナーシャが怒るぞ」
「「イッ、イエッサー!!!」」
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