書籍1巻 発売記念SS 甘いのは……?
『婚約破棄された無表情令嬢が幸せになるまで〜勤務先の天然たらし騎士団長様がとろっとろに甘やかして溺愛してくるのですが!?〜①』
書籍1巻が講談社Kラノベブックスf様より7/2日に発売しました!ぜひお手に取ってくださいね♡
↓に表紙と公式様のリンクが貼ってあります!
「セリス、何作ってんだ?」
昼食の片付けを終えてすぐ、訓練を一足先に終えたのか、突然現れたジェドにセリスは驚きながら振り向いた。
「わっ、ジェドさんお疲れさまです」
簡単に挨拶を済ませたセリスは、十数分前にオーブンから取り出したそれに視線を向ける。
「そろそろ使い切ってしまいたい材料があったので、ミートパイを作ってたんです。皆さん、今日は一日中激しい訓練でしたから、午後の軽食にも丁度いいかと思って」
「助かる。いつもありがとうな、セリス」
ジェドはそう言うやいなや、セリスの頭に手を伸ばす。
(あ……撫でられる)
口では言えないが、セリスはジェドに頭を撫でられるのが好きだった。
妹扱いをされているのだと悩んだこともあったけれど、今は自分の一回り以上大きな手で撫でるその手つきから、溢れんばかりの愛情を感じ取れるから。
「? あの?」
しかし、いつまで経ってもジェドの手が頭に触れることはなく、セリスは不思議そうに目の前の彼を見上げた。
「いや、訓練終わったばっかで、手ぇ洗ってないと思ってな」
「あっ、そ、そうでしたか……」
ジェドはさらりとそう言って、手を引っ込める。
(それなら、手を洗えばいいのでは……? ここはキッチンだから、すぐそこに手洗い場があるのに)
頭を撫でてもらえると期待したセリスは、ひそかに肩を落とす。
そんなセリスの感情を知ってか知らずか、ジェドはニッと声角を上げると、ミートパイを指差した。
「なぁ、それってもう食べられるか?」
「え? はい。食べられるくらいには冷めたと思います。まだ具材は緩いかもしれませんが」
「なら、悪いけど一切れ切ってくれ。俺だけすぐ出なきゃ行けなくて、団員達一緒に食べられそうにねぇから」
「そういうことでしたら、もちろんです」
悪いな、ともう一度謝るジェドに対して首を横に振ってから、セリスは大きなミートパイを切り分ける。
想像どおりフィリングはやや緩いが、形は保っているから構わないだろう。
「今フォークを準備しますから、少し待っていてくださいね」
「いや、いいよ。あんまり時間ないし。手でいい」
「そ、そうですか?」
あまり行儀がいいとは言えないが、今この場にいるのは二人だけだ。咎める人もいなければ、ジェドは座って優雅に食事する時間もないという。
(まあ、今日くらいは……)
どうせなら、作ったミートパイを食べてもらいたい。あわよくば感想も欲しい。
そんな気持ちがあったセリスは切り分けたミートパイを載せた皿を、ジェドにずいと差し出した。
「どうぞ」
「ありがとな。……けど、俺は手が汚れてるからなぁ。手を洗う時間もねぇし。つーわけでセリス、あーん」
「えっ!?」
ぱかっと、ジェドの口が大きく開く。
片目だけ開いてこちらを見る眼差しには「早く」という急かすような色が滲んでいた。
「ま、待ってください! 手を洗うのなんてすぐじゃないですか!」
「はは、念入りに洗ったら時間かかっちまうこともあるだろ? そしたらせっかくセリスが作ってくれたミートパイを食べる時間もなくなるし、次の予定にも遅れるかもしれねぇな?」
「〜〜っ」
「──だから、な? セリス」
それは、有無を言わせぬ声色だった。
「わ、分かりました……」
こうなったジェドは、必ず自分の要求を突き通すことをセリスは知っている。
セリスは緊張で震えそうになる手でなんとかミートパイを掴むと、なるようになれ! と半ば自暴自棄になりながら、ジェドの口元に運んだ。
「うっま、セリス天才」
「それは……良かったです」
大きな口でミートパイを堪能しながら、ジェドは満足気に目を細める。
もちろん、褒められて悪い気はしない。しかし、セリスは食事の感想への喜びよりも、あーんをしている状況に対しての気恥ずかしさが勝った。
「ありがとな、ほんとに美味かった。あいつらに食わせるの勿体ねぇくらい」
「……っ、お粗末様でした!」
恥ずかしさのせいで、少しぶっきらぼうにそう言ったセリスは、綺麗になった皿を流しに置く。
そこで自らの手元に改めて視線をやったセリスは、フィリングが指に付いていることに気付いた。
(冷めきってなかったせいね。手を洗うついでに、先に洗い物しちゃおうかしら)
そうして、セリスが水を張った桶に手を伸ばした瞬間だった。
「……これも、美味そうだな」
そう呟いたジェドに手首を取られ、フィリングで汚れた指先にべろりと温かい舌が絡められる。
「ジェドさん!? 何をっ」
ジェドに指を舐められているのだと気付いた時にはもう遅い。
手を引っ込めようにも、鍛え抜かれた彼の力に叶うはずもなく、セリスは最大限できる抵抗として、自身の指先からバッと目を逸らした。
「はは……やっぱり美味いな。ご馳走さま」
「っ」
れろ、と最後にひと舐めしたジェドの舌と、掴まれた手首がようやく離される。
セリスは自らの腕を背中に隠すようにして、頭一つ分以上高いジェドの顔をキッと睨みつけた。
「あんまそんな顔で見るなって。可愛いだけだから」
「かわ……!? わ、私怒ってるんですからね! 急に、な、な、な、舐めたりするなんて……!」
「悪い。つい美味そうで。すげぇ甘かった」
「!? 甘いはずな……ってそうじゃなくて!」
「ははっ、分かった分かった。続きはまた後でな」
珍しく、照れながら怒るセリスに優しく笑いかけたジェドは、ポンと彼女の頭をひと撫でしてから出口の方に歩いていく。
「も、もうジェドさん……!」
(……って、あれ? 今、頭撫でた?)
さっきは、手を洗っていないことを理由に頭を撫でるのをやめたはずだ。だからこそ、手ずから食べさせるという事態にまで陥ったはず。
状況が飲み込めずきょとんとするセリスに気付いたのか、ジェドはくるりと振り返り、見せつけるように手をひらひらと振った。
「……悪いな、手はとっくに綺麗だ」
「!?」
そんな言葉と、意地悪そうな笑みを残して、ジェドは爽快にキッチンを後にする。
(えっ……じゃあ、頭を撫でなかったのは、まさか、最初から私にあーんをさせるため!?)
甘い嘘に、全身の血が沸騰しそうになる。
その場にしゃがみ込んだセリスは、しばらく顔を上げることができなかった。
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