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四話 いざ、第四騎士団へ

 

 ◆◆◆



 アーチェスと使用人たちに見送られ、馬車に揺られてから半日ほど経っただろうか。


 第四騎士団の基地の前で馬車から降りたセリスは、小さなカバンを一つ手に持って上を見上げた。

 月がきれいだ、なんて風情のあることを思う余裕がないくらいには、目の前の塀の高さに驚きが隠せない。

 騎士団を囲むようにそびえ立つ高い塀は、魔物の侵入を防ぐためのものなのだろうか。



「どこから入れば……」


 知らぬ土地に夜という環境。大きな正門はあるものの、押してもピクリともしない。

 入ることができない状況に、どうしたら良いかとセリスは途方に暮れていた。

 高い塀をよじ登るなんて出来るはずもなく、かと言って大声を出してみても返事はない。


「一度周ってみようかしら」


 一周すればどこかに裏口でもあるだろうと塀に沿って右回りに進む。

 初日に裏口から入るなんて無礼かもしれないが、どうやったって女一人の力で正門は開けられないのだから致し方ないだろう。いざとなれば謝罪すればいっか、くらいにセリスは考えていた。


「ん? あれは…………」


 するとセリスが歩き始めたときだったか。


 塀の近くで「キュッ」と鳴いているうさぎがセリスの視界に映った。


「もしかして……角うさぎ?」


 白い毛で覆われ、額から角が生えているうさぎの魔物──角うさぎ。セリスは魔物とは縁遠い内地で暮らしていたので、直接見たことはなかったが、およそ間違いはないだろう。


 シュトラール邸には亡き父が集めていた本が沢山あり、セリスは昔それを読み漁っていた。

 人よりも記憶力が良かったので、昔に一度読んだだけだったが、魔物図鑑の内容を()()に覚えていたのだ。


 その魔物図鑑では、角うさぎは単体で行動することはないと書いてあった。

 基本的に群れで行動しているときは手を出さない限り襲っては来ないが、稀に単体行動している場合は臆病な性格ゆえに襲いかかってくるため、直ぐに逃げるか建物内に避難するべし、と。


「キュッキューーー!!」

「……っ! まずいわ……っ」



 しかし状況を理解したときにはもう遅かった。


 角うさぎの子供はセリスを視界に捉えると、全力でこちらに駆けてくる。

 近くに逃げ込むところもなく、セリスが武器になるような物を持っているわけもない。持っていたとしても訓練をしたことがないセリスが扱えるはずもなく──。


「まっ、待って、来ないで……!」


 必要最低限の荷物と、今は亡き両親の写真が入った小さな鞄がボスっと地面に落ちる。

 同時に膝もカクンと力無く折れ、セリスは勢い良く膝をついた。


「あ……あっ…………」

「キュッキュッキュッーーー!!!」


 幼なじみに婚約破棄をされ、その元婚約者は義妹を新たな婚約者とし、その上家まで出ていくよう言われ、最後には魔物に襲われて死にました、なんて笑い話にもならない。


 (──神様、私が何をしたと言うのでしょう)


 セリスは初めて目にする魔物に、そしてその魔物が襲いかかってくる恐怖に息が浅くなりながら、頭を抱えて縮こまるとギュッと目を瞑った。



 ────すると、次の瞬間だった。


「ギューーー!!!」


(なっ、何……!?)


 先程までとは違う、断末魔のような角うさぎの鳴き声と、ザッザッと近付いてくる音にセリスはそろりと目を開けて、顔を上げた。


 月明かりに照らされた光り輝くシルバーブロンドの髪。服の上からでも鍛えているのが分かるくらいのガッシリとした体付き。それなのに、身長が高いためかスラリとした立ち姿に見える。


 角うさぎを倒したときに刀についた体液を一度振って落としてから静かに鞘に収めた男は、ゆっくりと振り向いた。


「大丈夫か? 怪我はあるか?」

「あ…………はい」

「はい? 怪我してるのか?」

「あっ、い、いえ、大丈夫です」


 目を瞑っていたためその瞬間は見ていないが、角うさぎが倒れているところを見ると目の前の男が助けてくれたのだろう。

 セリスは急いで現状を理解しようとするのだが、とある疑問に行き着く。


(待って? この人どこから来たの……?)


 門は簡単に開かなかったはず……とそろりと顔ごと門の方向に向けたセリス。当たり前かのように開いている門に、セリスは目を大きく見開いた。

 なんと開き戸だと思っていた正門は、実は引き戸だったのである。


 扉を見て固まるセリスに、男は何かを察したのか、クツクツと喉を鳴らしながらセリスの目の前にしゃがみ込んだ。


「開き戸だと思ったら開かなくて、途方に暮れてたら魔物に襲われたってことで良いのか?」

「……そのとおりです……」

「ははっ。初めては間違えるやつ多いから気にすんな。とまあ門の話は置いておいて、ほら、掴まりな」


 再び立ち上がった男は優しく微笑みながらずいと手を差し出してくれたので、セリスは有り難くその手に掴まろうとするのだが。


「あ、あら?」

「どうした? 腰が抜けたか?」

「……恥ずかしながらそのとおりです……」


 穴があったら入りたいとはこういうことを言うのだろう。

 扉の開け方を勘違いするわ、魔物に襲われかけるわ、腰を抜かすわ。シュトラール邸にいた頃は基本的に自分のことをしっかり者だと思っていたセリスは、度重なる自身の失態に顔から火が出そうだった。


 セリスはぺたっとしゃがみ込んだまま、申し訳無さそうに目の前の男を見上げた。

 そのとき、ようやくセリスは助けてくれた男の顔をしっかりと見ることになる。

 男性的な顔付きなのにどこか美しくもあり、唇の右下にある黒子はどこか色気を孕んでいて、端的に言うと凄い美形だ。


 セリスは生まれてこの方ここまでの美形と会ったことがなく、無意識にアイスブルーの瞳がじっと男を凝視すると。


「そこまで見られると流石に恥ずかしいな」

「……! 申し訳ありません。あまりにも人間離れしたご尊顔に目を奪われてしまいました」

「人間離れしたご尊顔」


「ははっ」と目をくしゃりとさせて笑う男に、セリスは瞬きを繰り返す。


「何かおかしなことでも?」

「いや、その表現は初めてだなと思ってな。悪い。バカにしたわけじゃねぇよ」


 男はそう言うと、立てそうにないセリスと顔を合わせるために再びしゃがみ込み、じっと見つめてくる。


 セリスはあまり感情が顔に出ないのでほぼ無表情だったが、内心は謎の美形が至近距離にいるものだから心臓はバクバクだった。セリスは幼少期から同世代の男との関わりをほとんど持っていなかったので、異性に対する免疫がなかったのである。


 男はセリスの頰を凝視すると、おもむろに口を開いた。


「もしかして照れてるのか?」

「……!」

「可愛い奴だな、お前」


 セリスは昔からあまり感情が顔に出ない。

 実の両親は簡単に違いが分かるらしいが、義母やアーチェス、ギルバートや使用人たちからは、分かりづらいとよく言われた。

 だから初対面で照れていることを指摘され、あまつさえ可愛いなんて言われた経験はなかったのだった。


 セリスはすっと自身の顔を手で隠すと「失礼ですが」と前置きをする。完全なる照れ隠しなのだが、それを男が指摘することはなかった。


「確認ですが、第四騎士団の騎士様ですよね?」

「俺の名前はジェド。お前はセリスで合ってるか?」

「はい。セリス・シュトラールです。今日から第四騎士団の寄宿舎でお世話になりたく参ったのですが……」

「ああ、話は聞いてる。ここじゃ何だし、早速中に案内する」

「ありがとうございます。……ですが、その」


「まだ立てそうになく……」と弱々しく伝えるセリス。続くように、後から行くので先に戻っておいてください、と告げたのだが。


「いつまた魔物が出てくるか分からないのに置いて行けるか」

「けれど──って、えっ」

「よし、暴れんなよ。荷物はこれだけで良いのか?」


 ひょいっと宙に浮いたかと思えば、あれよとジェドの肩に担がれたセリス。

 空いている方の手で落ちている鞄を拾ったジェドは、そのまま「え? え?」と状況を理解出来ていないセリスを担いだまま正門をくぐるのだった。

読了ありがとうございました。


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