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三十一話 好きな人を傷つけるなら斬り伏せるぞ

 

 ──キィン!


 剣と剣がぶつかり合う音が聞こえる。

 セリスは目の前に見える広い背中──ジェドの後ろ姿に、助けに来てくれたのだと安堵して、ぺたんと床にお尻をつけた。


「遅いと思って来てみれば……。お前、セリスに剣を向けたんだから死ぬ覚悟は出来てるんだよな」

「なっ、んで! お前がここにぃ!! うわぁっ!!」


 ラフレシアを退治したときに目の当たりにしていたものの、ジェドの剣さばきは他を圧倒するものだ。

 親の賄賂のお陰で上級騎士になったギルバートが敵うはずもなく、ギルバートは力負けをしたのか、剣を飛ばされて呆気なく決着は着いた。 


「俺は強いんだ……実力があるはずなんだ……」と零しながら、尻餅をついて項垂れたギルバートの前頭部辺りに、ジェドは切先を向ける。


「セリス、こいつをどうしたい。お前が殺せっつうなら殺すが」

「!? お待ち下さい……! 拘束するだけで十分ですから……!!」


 ジェドの顔は見えないが、声色だけでも冗談ではないことは明らかだ。


 セリスは座り込んだまま、腕を伸ばして慌ててジェドのズボンをくいと引っ張る。

 その僅かな刺激でもジェドは少し冷静さを取り戻し「ハァ……」とため息をつくと、切先をギルバートに向けたまま、床に乱雑に落ちている縄を拾い上げた。


 おそらくアーチェスと義母を拘束しているものと同じだろう。


「俺はこいつを縛っておく。セリスは動けそうか? 腰抜けてんなら無理しなくても良いが」

「……大丈夫な、はずです。大丈夫に、します!」


 こんな状況でへたり込んでいる訳にはいかない。

 セリスは思い切り自身の太腿をパシン! と叩いて鼓舞すると、ゆっくりと立ち上がる。

 ジェドに助けてもらったお礼を丁寧に言ってから、足早にアーチェスと義母の元へと向かうと、口元と手元の縄を解いた。


 パサ……と縄が床に落ちると、アーチェスはセリスの胸に顔を埋めるようにしてギュッと抱きつく。義母はほっと胸をなでおろした。


「お義姉様……! ご無事で良かったです……!!」

「ええ。アーチェス……辛かったわね……。お義母様も、ジェドさん──私が働く第四騎士団の団長様が来てくださいましたからもう大丈夫ですわ」

「ええ。あのお方が……貴方の職場の……」


 アーチェスと義母は縄で縛られていた影響で、頬と手首に薄い痣が出来てしまっているが、跡は残らないだろう。

 命に関してもそうだが、残るような傷がつかなかったことにセリスは安堵する。



 すると突然だった。

 手足のみ拘束され、口は自由に開くことが出来るギルバートが「キエエエエエ……!!」と奇声を発したかと思えば、訳のわからないことを口にするのだった。


「俺は次期伯爵だぞぉ!! 養子縁組をしているアーチェスと結婚したら爵位は俺のものになるんだ!! そんな俺に第四騎士団の団長風情が偉そうなこと言いやがって!! さっさと縄を解けぇ……!!」


(次期伯爵……? 未だに勘違いしているの……?)


 この期に及んでそんなことを口走るギルバートのことを冷めた瞳で見つめるセリス。概ねジェドも同じような瞳だった。


 しかしアーチェスは違う。おろおろとした様子でギルバートとジェドを交互に見ていることから、ギルバートの言葉を信じているらしい。

 アーチェスは抜けているところがあるので、勘違いをしている可能性はあると思っていたセリスは、大して驚くことはなかった。


 けれど問題はアーチェスではなく、その隣にいる義母だった。

 義母は大きく目を見開き、口をぽかんと開けている。口を閉じることを忘れてしまったのかのように、それは大きな口だ。


 セリスはそんな義母の様子に「まさか……」と呟く。


「お義母様はこのこと──」

「初耳だわ。まさかそんな勘違いをしていたなんて……。アーチェス、貴方も勘違いしていたの?」

「勘違い…………?」


 アーチェスには思い当たる節もないようで、セリスは苦笑いを浮かべてから、ギルバートへ視線を移し、そしておもむろに口を開いた。



「ギルバート様、何をどう勘違いしていらっしゃるかは存じませんが、ここベルハレムでは如何なる理由があっても貴方が爵位を継ぐことはできません。たとえアーチェスが養子縁組をしていたとしても、爵位を継げるのはアーチェスが産んだ男子です。貴方はどうやっても伯爵の父にしかなれないのです」

「……! そ、そんな馬鹿な……!!」

「本当です。間違いありませんよ」


 セリスにそう言われ、ギルバートの威勢はついに終わりを迎える。


 どう転がっても伯爵にはなれず、ジェドに悪事を見られてしまったために今後の出世の道も断たれた。もちろんセリスを娼館に行かせることも出来ないのでお金も手に入らず、実家から縁を切られるのも目に見えている。


 これでアーチェスにまで見限られてしまったら──。


「俺は……俺は……」


 瞳の奥に絶望を映したギルバートの声に力はない。


 同時に、ギルバートからの求婚の意味をようやく全て理解したアーチェスの瞳からは、もはや涙は出なかった。

 どころか力強くセリスを射抜き、そして深々と頭を下げたのだった。


「お義姉様。私が無知だったこと、ギルバート様への思いを止められずに婚約を破棄する運びとなったこと、結果的に家を追い出すことになったこと。謝って許されることではないことは分かっています。……けれど、申し訳ありません……っ、申し訳ありません……!!」

「アーチェス…………」

「ギルバート様とのことは私がけりをつけます。私とお母様への行いもそうですが、お義姉様が娼館に行かなければいけないように画策し、剣を向けるような方と、家族になることはできませんから」


 コツコツ。アーチェスのヒールの音が部屋に響く。

 そっとギルバートから数歩離れたジェドの少し前。項垂れるギルバートの前で足を止めたアーチェスを、この部屋にいる全員が注目した。


「ギルバート様、私との婚約を破棄してください」

「……! あ、アーチェス待ってくれ……っ、俺が悪かったよ……! 本当はお前を愛してるんだ! 口が過ぎただけなんだ! 縄で縛ったことは謝るよ! な? 俺の優しくて可憐なアーチェス……どうか許し──」

「貴方がなんと言おうと、もう私の心には届きませんわ。私が苦しむのは因果応報で、当然のこと。ギルバート様、貴方もきちんと報いを受けてはいかがです」

「……っ、そんな…………っ」


 今まで聞いたことがないアーチェスの力強い声色、凛とした佇まいにセリスは驚きを隠せない。


 そもそも、セリスはアーチェスを恨んでなんていなかった。心の底からギルバートと幸せになってくれたらと願っていたが、結果的にそれは叶わなかった。


 ギルバートのことを愛していたアーチェスにとって、今日知った事実は辛いだろう。それならばせめて心の傷が浅くなるよう、配慮しなければと思っていたのだが。

 どうやらアーチェスは、セリスが思っていたよりもギルバートに対して怒りを覚えていたらしい。恋に溺れてしまった過去はあれど、アーチェスもセリスのことが大切だったのだ。



「こいつの処分は直ぐには決まらないだろうが、とりあえず俺に任せてもらって良いか」


 強がって見せてもアーチェスも辛いようで、ギルバートに婚約破棄を告げると、セリスの近くへと戻る。

 それと同時にジェドが再びギルバートに切先を向けてそう言うので、セリスたちはコクリと頷いた。


「おい、顔を上げろ」


 ジェドの地面に響くような低い声が部屋に響く。

 流石のギルバートも反論する気力が残っていないのか、素直に顔を上げた。


『冷酷残忍』の噂と違わぬジェドの鋭い目線に、ギルバートは分かりやすく肩をビクつかせる。

 せめて機嫌は損ねないようにと、口調が丁寧なものに切り替わった。


「連行する前に少し話が聞きたい。何故今回こんな暴挙に出た」

「団長に……下級騎士に降格するよう言われました……嫌だと言ったら、今までの二倍のお金を用意するようにと……そうすれば上級騎士のままでいられると……。貴族の出じゃないってだけで……他の奴らとは扱いを変えられて……馬鹿にされて……だから俺は……金がどうしても欲しくて……セリスを高級娼館に売りつけて金を作ろうと──って、ヒィッ!!!!」


 団員たちの家柄で対応を変えることも、合同軍事演習のときにギルバートにだけ異様なほど強く当たっていたことも、賄賂を着服するような男だということも全て知っているため驚くことはなかったが。


『娼館』の言葉を聞いたジェドの額には、ビキッと青筋が浮かび、切先がほんの少しだけギルバートの前髪を落とした。

 パラパラと落ちていく前髪に、ギルバートの瞳に涙が浮かんでいる。


「お前はやっぱり死んだほうが良い」

「ジェドさん……! 落ち着いてくださいったら!」

読了ありがとうございました。

少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


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