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三十話 ヒーローは必ず現れる

 

「どういうことだ? 何かあったのか?」


 顔を上げたセリスは、血の気が引いたように真っ青な顔色になっている。

 ジェドは心配からか、セリスの肩にポンと手を置いた。


 セリスは躊躇(ためら)いながらも、ゆっくりと口を開く。


「義妹が……アーチェスが事故に遭って危険な状態だから実家に帰ってきてほしいと」

「…………!」

「義母はこんなことを冗談で書くような人ではありません! ですからどうかお暇をいただけませんでしょうか……っ」 


 それが本当ならば、もちろんジェドは引き留めるつもりなんてなかった。

 しかしジェドは、その手紙のおかしな部分を口にするのだった。


「そこまで危険ならば、自宅じゃなくて病院の方が普通じゃねぇか?」

「……! 確かに…………」

「嘘だとは言い切れないが……何か理由があってセリスを呼び出したいのかもしれねぇな」

「何か……何か…………」


 セリスは口元に手をやって考えるもののパッとは思いつかない。

 セリスが伯爵邸でやっていたことと言えば使用人の仕事だったが、何もセリス一人だけでしていたわけでは無いし、嘘をついて呼び出すほどのことではないだろう。


「例えば病院に断られてしまって自宅で治療を受けているとか?」

「まあ、それはあり得るが……何か臭う。──よし、俺もついて行く。午後からは空いてるしな。俺となら馬で行けるからかなり速いぞ。な? 良い事づくしだ」

「私には有り難いお話ですが、流石にご迷惑では……?」

「何か有るかもしれないところにセリスを一人で行かせたくない。──それにそうだな。まだ言うことを聞いてくれる期間内だもんな? セリスに拒否権はねぇよ」

「ジェドさん……」


 なんて優しいのだろう。

 セリスはジェドの優しさに胸がじんわりと温かくなって、深く深く頭を下げた。


 それからはナーシャに緊急で実家に行かなくてはならないと軽く説明をする。

 ジェドもウィリムに事のあらましを軽く説明してから馬小屋で合流すると、セリスはジェドに馬に乗せてもらい、シュトラール邸へと帰路に就くのだった。



 ◆◆◆



 馬に乗って屋敷に着くと、セリスはジェドに丁寧に下ろしてもらい、正門の扉を開けた。

 使用人たちは忙しいのか、それとも暇をもらっているのか姿はなく、セリスはきょろきょろと辺りを見渡す。


「普段と変わりありませんね……アーチェスが危険な状態ならばもう少し何か聞こえてきてもおかしくはないのですが」

「……そうだな」


 とはいえ、アーチェスの看病で皆が部屋に集まっていて、エントランスに物音が聞こえない可能性は十分ある。

 セリスは「きっとそうに違いないわ」とポツリと呟いてから、ジェドに向き直った。


「あのジェドさん、いきなりジェドさんを連れて行っては義母が驚いてしまうかもしれませんから、少しだけ待っていてもらっても構いませんか? 一度顔を出して説明してから直ぐに戻ってまいりますので」

「ああ。分かった。もしも何かあればすぐに呼べよ」

「はい。ご心配ありがとうございます。では」



 深くお辞儀をしたセリスはパタパタと急ぎ足で階段を登ると、何度も入ったことのあるアーチェスの部屋の前で一度呼吸を整える。


 急いできたので見舞いの品の準備もないが、今はそれどころではない。

 どうかアーチェスが無事であってほしいと願いながら扉を開けると、目の前の光景にセリスは目を見開くことになる。 



「どういうこと……? 何ですかこれは──」


 声を出せないように縄で口元を縛られ、両手も同じように拘束されている義母とアーチェス。

 そんな二人をよそ目に、腰を下ろしていた()()()はセリスが現れたことでおもむろに立ち上がった。右手には鞘から抜かれた剣を手にしており、今まで見たことがないくらいに口元はニンマリと弧を描いている。


「ギルバート様……! これはどういうことですか……っ」

「扉を閉めて床に膝をつけ。早くしないと二人を殺す」

「…………!?」


 質問に答えてくれる様子はなく、一方的に命令されることは不快だ。


 けれど、義母とアーチェスを人質に取られている以上、セリスはギルバートの言うことを聞くしかできず、扉を閉めてから言われたとおりに膝をつく。

 大声を出せばジェドが来てくれるかもしれないが、それまでに二人が傷付けられてしまうかもしれないと考えると、セリスには現時点では為す術はなかったのだった。


 セリスが従ったのを確認したギルバートは「ふははははっ!!」と高笑いを見せると、セリスの目の前にとある書類を投げつける。


「これは…………」

「娼館への紹介状だ。お前本人のサインも必要でな。……ああ、安心しろ。この国で一番の高級娼館だから劣悪な環境じゃないさ。良かったなぁセリス」

「…………理由を聞かせて頂いても?」

「分からないのか!? 金だよ金!! 俺には金が必要なんだ!!」


 どうしてそこまでお金が必要なのかは気になるところではあるが、今は良い。

『金』のために、自身の婚約者とその母にこんな仕打ちをしているという事実は何ら変わりないのだから。


「お金についてはとりあえず話し合いましょう。剣を置いて、二人を解放してください。話はそこからです」

「俺に命令するな!!」

「命令ではなくお願いしています。……それに、ギルバート様はアーチェスのことを心から愛していたのではないですか? そんな相手にこの仕打ちはあまりにも酷すぎます」


 セリスはギルバートをキッと睨み付けながら、同時に視界に入るアーチェスの表情に胸が痛む。

 涙を浮かべている姿はあまりに可哀想だ。


 こんな状況は誰でも震え上がるほど恐ろしいに違いないのに、それを婚約者であるギルバートに仕向けられるなんて、夢にも思っていなかっただろう。

 義母のことも心配ではあったが、セリスはアーチェスの精神面が心配で仕方がなかった。


 けれど、ギルバートはアーチェスの精神をよりズタズタに引き裂いていくのだ。


「俺がアーチェスを心から愛しているだと? 何を馬鹿なことを!! 俺はなぁ! アーチェス(この女)がお前より馬鹿で扱いやすそうだから選んでやったんだ!!!」

「なっ……」


「酷過ぎる……」と、そうセリスが言葉を漏らすのと同時だったか。

 アーチェスの瞳からは止めどなく涙が溢れ、瞳に絶望を映している。


 アーチェスが心底ギルバートに惚れていることを知っていたセリスは、その事実が自分のことのように悲しく、ふつふつと湧いてくる怒りが抑えられなかった。


「最低ですわ……騎士の──いえ、人の風上にも置けませんね。貴方は」

「っ、煩い煩い!! その目で見るな!! 冷たくて俺を馬鹿にするようなその目!! 父上もハベス(団長)も──お前も……俺のことを馬鹿にしやがって!!」

「!?」


 激昂したギルバートはギリギリと奥歯を噛み締めた直後、剣を持ったままセリスの元へと駆け足で近付いていく。


「うーうー!!」と口元を縛られたアーチェスと義母が必死に声を上げる中、セリスはラフレシアと相対したときのように身体が動かなくなった。

 指一本さえ動かせず、だというのに好き勝手に身体はブルブルと震える。死を意識し、目をギュッと瞑った。


(死にたくない……!)


 こんなことになるのならば、ジェドに好きだと伝えれば良かった。


 セリスは柔らかに微笑むジェドの姿を頭に思い浮かべる。ほんの少しだけ、震えが止まって口を開くことが出来た。


「ジェドさん……っ、助けて……っ」


「──セリス!!!!」


 それはバタン! と激しく扉が開いた音が、セリスの耳に届いたのとほぼ同時だった。

読了ありがとうございました。

少しでも面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価【★★★★★】でぜひ応援お願いします。感想もお待ちしております。執筆の励みになります……!


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