二十九話 女同士で恋バナを
実は昨日、ジェドの部屋でのこと。
セリスは助けてもらったお礼にジェドに何でもするからと口にしていたのだ。
妹扱いしていないと打ち明けたジェドに対してそんなことを言うものだから、ジェドからしたら試されているのか? と思ったものの、そんなはずはなかった。
セリスは真面目で『超』がつくほど義理堅い性格なので、本当に何でもするから助けてもらったお礼をしたい! と思っての言葉だったのだろう。
ジェドは疚しいことが思い浮かんだが、それをぽいっとどこかへ追いやる。
とはいえジェドはセリスを扱き使うつもりはないので(セリスはそれを望んでいるかもしれないが)、めいいっぱい甘やかすチャンスだと思ったのだった。
それがまず『あーん』だったわけだが。
「セリス、ほら、早く口開けろって」
「〜〜っ、もうお腹がいっぱいで……ん、もぐもぐ……」
「ははっ、可愛いな、ほんとに」
ジェドが少し多めにスプーンに盛るので、セリスはそれを頬いっぱいにして咀嚼していく。
我ながら美味しい……と多少は思うものの、この状況に味はあまりしなかった。
(こんなことで良いのかしら……ジェドさんは満足そうに見えるけれど……)
ナーシャたちや団員たちに見られていることは恥ずかしいが、これで感謝を形にできているなら、それは何よりだ。
セリスはそう考えて、ジェドのあーんに頬を染めながらも必死に口を開いたのだった。
それからもジェドは、暇ができたらセリスをここぞと甘やかした。
セリスが洗濯をしていれば、またセリスの体を持ち上げて、手伝って……? みたり、何か重いものを運んでいるのを見かければ「トレーニングをしたいと思っていたんだ」と言って代わりに持ったり、訓練をしているときにセリスが通りかかれば「俺にだけ頑張ってって言ってみてくれ」と頼んだり。
どれもこれもセリスが思い描いていたものではなかったので、それはもう困惑した。
だが、これがジェドの望むことならばとセリスが口に出すことはなかったし、何よりジェドに構われることは、セリスは嬉しかったのだ。
笑顔を向けられるのも、少し意地悪を言われるのも、触れられるのも。
その全てが妹扱いではなく、特別扱いされているのだと思うと、何だか全身がゾワゾワするのだ。もちろん、良い意味で。
「なあ、セリス」
「どうしました?」
それは言うことを聞くと言ってから三日目──最終日の昼食の準備をしているときだった。
トントンとリズミカルな音を立ててキャベツを切るナーシャに、セリスは視線を手元のお鍋に向けたまま答える。
「もしかして……もしかするとなんだけどさ、団長ってセリスのこと好きなのか?」
「ブホォッ」
「うおっ!! セリスから聞いたことない音が出たな!?」
表情は変わらないのに、驚きのせいで汚い音で息を吐き出すセリス。
表情と音がちぐはぐで、ナーシャは驚いてから直ぐに腹を抱えて笑い始めた。
「ナーシャ……笑い過ぎでは……」
「悪い悪い……っ、──で、どうなんだ?」
「どうって、聞かれましても……」
ジェドがモテるのは言わずもがな。それこそ美人で気立てが良くてスタイルも良くて、隣に立ったときに妹だなんて思われないような女性から好意を寄せられることなんて、珍しくはないのだろう。
しかし、そんなジェドが女性を取っ替え引っ替えしているという話は聞いたことがないので、不誠実ではないのだろうとセリスは思っている。
もちろん憶測の域を過ぎないけれど、セリスだって短い期間だがジェドと関わってきたので、自信があった。
(ジェドさんは距離が少し近いけれど、別に全員にってわけじゃあ……って、待って? 私にだけ……かも?)
妹扱いをされているというフィルターを無くし、改めてジェドと接してみれば、むしろどうして今まで気が付かなかったのだろうと思うほどだ。
ジェドがナーシャやミレッタには過度に構いに行ったり、触れたりしないことに、セリスは今更ながらに気が付いたのだった。出掛けたときもサラッと女性を躱し、セリスとの時間を大切にしてくれたのも記憶に新しい。
かあっと頬を赤くするセリスの肩辺りを、ナーシャは肘でツンツンと突く。
「ヒューヒュー! あっついな!!」
「……ナーシャこそ、ハーディンさんとはどうなのですか? 何か進展でも──」
「ししししし進展ってなんだよあいつはただの女好きの団員であたしはちっともあんな奴のことなんか……!!」
「ことなんか?」
「……っ、この話は終わりだ終わりー!! さっさと飯作るぞセリス!!!」
「ナーシャから始めたのに……」
とはいえセリスもジェドとの話はそろそろ……と思っていたので丁度良かった。
確かにジェドの気持ちに関しては期待してしまうところはあるものの、現時点では何もないのだ。セリスは自身の中に予防線を張ったままでいたかった。
(うん……あのジェドさんだもの。妹扱いじゃなくても、ナーシャやミレッタと私に対しての扱いは違っても、その全ては偶然私にだけ天然たらしが出やすいという可能性も……うん、そうね。そういうこともある……わよね)
うんうん、と自らを言い聞かせたセリスは、頑張らなくてはと気合を入れて再び調理に戻ると、ふと手元に影が指したので顔ごと上を向く。
目と目がパチとあったその瞬間、セリスは落ち着いたはずの頬を再び紅潮させた。
「どうした? 顔真っ赤だぞ」
「どっ、どうしてジェドさんがここに……」
無意識に手はきっちりと動かして鍋の中を混ぜながら、セリスはごきゅ、と生唾を飲み込む。
柔らかく微笑んだジェドに見つめられ、スッと骨ばった手が伸びてきたのだった。
「今これが届いてな。セリス宛てだ」
「手紙ですか! ありがとうございます。 すみませんジェドさん自ら……」
「セリスに会いに来る用事ができて俺は役得だったけどな。……あ、その顔は照れてるだろ。バレてんぞ」
「……お料理をしていて暑いだけ、ですわ」
セリスは俯きながら目を逸らしてそう言い放つと、ニマニマと口元を緩ませて顔を覗き込もうとしてくるジェドの手からパッと手紙を受け取る。
それをちら、と確認すれば、差出人に義母の名前が書かれており、セリスは急いでコンロの火を止めた。
そのままナーシャに少しだけ抜けても良いかと確認してから、キッチンから食事をする方のスペースに移動すると手紙を開く。
何やら慌てた様子のセリスに、ジェドもそんなセリスの後を追った。
「どうしたセリス、そんなに慌てて」
「お義母様の筆跡で間違いはないのですが、とても震えているんです。ですから何かあったのかもしれないと──」
ジェドの対応をしつつ、セリスは順を追って上から手紙を読んでいく。
そして最後まで読み終えると、バッとジェドの方に身体ごと向け、大きく腰を折った。
「ジェドさんお願いがあります。今から実家に帰る許可を頂けませんでしょうか……っ」
読了ありがとうございました。
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