二十五話 魔物との遭遇、そして
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境界エリアを巡回するべく移動を、という話になったまでは良かったのだが、セリスを含め全員が一つ見落としていた。
「そういえば私、馬に乗れません……」
「「あっ!!」」
家事全般をこなし誰にでも分け隔てなく接するセリスは貴族らしくはないが、これでも伯爵令嬢なのだ。一人で馬に乗った経験なんてあるはずがなかった。
それならば誰かの馬に乗せて貰えば良いだけの話なのだが、セリスの発言を聞いた瞬間、鼻の下を伸ばした団員がほとんどだった。
一緒に馬に乗るのはそれほど難しいことではないのだが、少なからず密着することになるのだ。
セリスはあまり実感が湧いていないのか「どなたか乗せてください……すみません」と救いを求めているようだったが、ハーディンは頭を抱えた。
こんな鼻の下を伸ばしている団員とセリスを密着させたことが後にジェドに伝わったらと思うと恐ろしい。
「副団長、セリスちゃんを乗せてあげてくださいよ。ここで一番強いんだし、つまりは一番安全でしょ。先頭は俺が走りますから、セリスちゃんが慣れるまでは少しゆっくり走ってあげてくださいね」
「む、よし分かった。セリスは良いか?」
「もちろんです。よろしくお願いいたしますウィリムさん」
第四騎士団で唯一の既婚者であるウィリムならば安心だろう。
何人かの団員は口をすぼませているが、ハーディンはそんなもの知ったことかと知らんぷりである。自分の身の方が可愛い。
セリスは馬に乗せてもらうと、その後ろにウィリムが乗って手綱を引く。
初めは少し怖かったものの幾分か慣れてきたところで、もう少しで境界エリアに到達するというウィリムの言葉によりセリスは気を引き締めた。
そんなときだった。先頭を行くハーディンが、前方を指差したのである。
「何だあれ…………」
「…………!」
一番後方にいるセリスからでも、その異変はすぐに気付くことが出来た。
「あれはラフレシア……っ! それに──」
事前の話し合いでも、境界エリアにラフレシアが発生しやすいことは第四騎士団の面々には周知の事実だった。
だからラフレシアがいること自体にはそれほど驚かなかったのだが、その周りが問題だったのだ。
「あの顔ぶれは……第二騎士団……!」
騎士団長であるハベスの姿はないが、以前合同軍事演習に来ていた団員たちの数人の姿がそこにあった。セリスの元婚約者のギルバートの姿もだ。
第二騎士団員たちはラフレシアのことを予期せずに森に入ったのか、遠目で見ても分かるくらいに狼狽えている。
遭遇したときの対応の仕方も知らないようで、ラフレシアの中心部分ではなく花弁ばかりを狙っていて、全くと言っていいほどダメージを与えられていなかった。
それらから推測すると、ラフレシアの一番の特徴──溶解液のことも知らない可能性がある。
ラフレシアの種類によって効果は様々だったが、セリスはそのことについても事細かく覚えていた。
「ウィリムさん急いでください……! あの赤いラフレシアの溶解液は直に当たると火傷します!」
「む! お前たち急げ!! 我々もラフレシアに交戦するぞ!」
「皆さん! 必ず距離は取ってください!」
ウィリムとセリスの声により、先頭を走るハーディンは速度を早める。
そして目的地に着くと各々事前にセリスから言われていたように距離を取り、一部の団員は弓を使って攻撃し始めた。
セリスとウィリムもその場に到着すると、セリスは攻撃要員にはならないのでまずは怪我人がいないかと辺りを見渡す。
「良かった……とりあえず全員無事ね」
現時点ではまだラフレシアは溶解液を放出していなかったのか、火傷を訴える団員はいない。
しかしいつ溶解液を放出されるかは分からないので、セリスはウィリムに第二騎士団たちにも距離を取るよう触れ回ってくれと頼んだのだが。
「第四騎士団の奴の命令なんか聞けるか!!」
「そうだ! 俺たちだけでラフレシアを殺る! 邪魔すんじゃねぇよ!」
セリスは第四騎士団寄宿舎の下働きだ。そんな人間の声には従わないだろうとウィリムに頼んだというのに、それも『第四騎士団』というだけで聞き入れてもらえない。
セリスを含め第四騎士団の皆は出来るだけ被害を食い止める為に動いているというのに、どれだけ第二騎士団が疎ましくても助けに入ったというのに、向けられる眼は蔑むものだ。
(……酷いわ……っ、けれど今は……!)
セリスにとって、怒りという感情の優先度は低い。
突然婚約破棄をしてきたギルバートのことよりもアーチェスの幸せを願い、合同軍事演習直後に絡んできたギルバートに対しても怒りよりも、信じてくれた第四騎士団の面々への感謝の気持が大きかった。
だから今も、第二騎士団に対しての怒りを感じることはあっても、それよりもこの場にいる全員が無事であってほしいという気持ちが一番強いセリスは、覚悟を決めたように大きくスゥ……と息を吸い込んだ。
「皆さんお願いします……! 至近距離では分が悪いです……! お願いですから距離を取ってください!」
「セリス!! お前の指示になんか従うわけな──うわぁっ!!!」
ダメ元で叫んだセリスの言葉に拒絶を示したのはギルバートだった。
しかし、ギルバートはラフレシアに接近戦を挑もうと距離を詰めたところで、バランスを崩してその場に尻餅をつくように座り込む。
──そして。その瞬間、ラフレシアは開いた花弁を中心に集めて、蕾のような形となる。あれは溶解液を放出する寸前にする動きだった。
「ギルバート様……っ!」
ラフレシアの異変に気がついた第二騎士団の面々は直ぐ様後退するが、ギルバートは突然のことに出遅れてしまったらしい。
第二騎士団の団員たちがギルバートを助けようとする様子はなく、セリスとウィリム以外はラフレシアからかなり距離を取っている状況だった。
(まずいわ……! あれではギルバート様が……アーチェスが……っ!!)
「ウィリムさん! 少しだけ馬を止めてください!」
「む!? 何をするつもりだ!?」
困惑しながらも馬を止めてくれたウィリムにお礼を言ったセリスは、馬上から見下ろす地面までの高さに恐怖しながらも勢いよくぴょんっと降りると、地面に膝をつきながらも、すぐさま立ち上がって一目散にギルバートの元へ向かう。
義妹のアーチェスの悲しい顔を想像したらセリスは居ても立っても居られなくなり、ギルバートをその場から助けようと腕を掴んだ。
だが華奢なセリスにギルバートを持ち上げる力があるはずなく、そうしている間にラフレシアは花弁を開く。
「セリスちゃん……!!」
ウィリムは馬を走らせるがときすでに遅く、ハーディンのセリスを呼ぶ声がその場に響いた。
「うわぁぁぁ!!!」
「…………っ」
薄紫色の液体が放出され、叫び声を上げるギルバートの横でセリスはギュッと目を瞑った。
(…………? あれ?)
しかし痛みはおろか何か液体に濡れる感覚もなく、代わりに聞こえたのは、何かをガンッと蹴ったような音と「グハァ!!!」というギルバートのただならぬ声。
セリスはそろりと目を開けると、先程まで隣りにいたはずのギルバートが遠くの位置でお腹を押さえ、蹲っている姿を視界に捉えた。
理解が出来ずに視線を前に戻せば、普段の騎士服とは違うシンプルな装いの男性の姿がある。
着ていたのだろうローブを手に持ち、溶解液をそれで受け止めて守ってくれた後ろ姿は、第四騎士団に初めて来た日のことを鮮明に思い出させた。
「ジェド、さん……っ」
読了ありがとうございました。
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