二十四話 絶対団長怒るやつ
マリクの発言に意見は分かれた。ほとんどの団員は「名案だ」と同意を示したが、ウィリムとハーディンだけは反対を示したのだった。
「どうしてですか副団長! セリスさんの知識は絶対役に立つと思います!」
「む……しかし今日はジェドがいないからな」
「そうだよ。それにセリスちゃんに危険が及んだらどうするんだ」
ジェドは今日『私用』で外に出ている。行き先は王都らしいが、詳細は誰も聞かされていないらしい。
今日の巡回も気を引き締めて行けよ、とジェドが団員たちに言っていたのは、セリスの耳にも届いていた。
もちろん、セリスが巡回に同行するかもしれないなんて夢にも思っていないだろうけれど。
「けど巡回ですよ? 討伐と違って基本的には魔物の住処は避けて境界エリアに異常がないか見るだけじゃないですか」
ここベルハレム王国では、それほど強い魔物がいない上、数も少ない。騎士たちであっても、数ヶ月魔物の姿を見ていないというのもザラだった。
そんな中で第二騎士団と第四騎士団の担当エリアの境界あたりには比較的魔物が出現しやすいと言っても、実際目にする可能性はそれほど高くない。事実、魔物が生息する森に一般人が入ることへの制限もないのである。
つまりセリスが巡回について行くことに関して、それほどデメリットは大きくないのだ。むしろメリットのほうが大きいと言えるだろう。
しかし、ウィリムはなかなか首を縦に振らなかった。
というのも、そもそもセリスがどう思っているか、という意見を聞いていないからである。
「む……セリスはどうだ? 副団長の俺でも許可を出せば同行はさせられるが……」
「ちょっと副団長。何でそっち寄りになってるんですか」
「私はナーシャとミレッタに迷惑がかからないなら構いませんが……」
セリスは家事雑用の要員として雇われている。
危険がほとんどなく、自身の知識が少しでも役に立つならば巡回に同行するのは構わないものの、それは同僚のナーシャとミレッタに迷惑がかからないならという前提の話だ。
しかしそんなセリスの不安はすぐさま解消されることになる。
急いでナーシャたちに聞きに行ったマリクから「大丈夫だって!」との伝言が届いたからだった。
厳密にはナーシャもミレッタも心配はしていたが、仕事に関しては特段忙しい日ではないので、大丈夫とのことだった。
「それでしたら同行させて頂きますね。ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いいたします、皆さん」
団員たち一同はジェドがセリスを可愛がっていることを知っていた。しかし、それは妹扱いの域を超えていないだろうと思っていたのだ。
ウィリムも、以前ジェドがセリスのことを妹のように感じているところがあると言っていた言葉を、未だにそうなのだと信じて疑わなったのである。
恋愛ごとに敏いハーディンだけは「団長絶対怒るぞ……」と呟いたのだった。
◆◆◆
同時刻。
ジェドは王都にやって来ていた。
顔を隠すように目深にローブのフードを被るが、スラリとした長い脚と服の上からでも鍛えていると分かる腕や胸板に、王都の街を行き交う女性たちの目は釘付けだった。
しかし今日のジェドは、女性たちが話しかけてこようとするのを察知すると、すぐさま脇道に入ったり人混みに紛れ、できる限り人との接触を断つ。
その足で王都の中でもあまり治安が良くないと言われる地域にやってきたジェドは、古い作りの酒屋へと足を踏み入れた。
中は閑散としていて、店主も暇そうにしている。
奥に一人だけジェドと同じように深くフードを被っているお客がいるので、ジェドはその人物の向かいの席へと腰を下ろした。
「お客さん、ご注文は」
「適当に酒を」
「あいよ」
ジェドの向かいの席の男は既に注文は済んでいるものの、未だに口一つ付けていない。
その割にこのお店で一番高いお酒を頼むあたり、場所代のつもりなのだろう。
お店にはジェドたちしかお客がいないためお酒はすぐに運ばれ、ジェドはそれを一口飲んでからおもむろに口を開いた。
「護衛はどうしました」
「そんなのはいない。私一人だ」
「……ハァ。もう少し自覚を持ってはいかがですか」
男はフッと笑う。ジェドは呆れたというようにもう一度ため息をつくと「本題に入りましょう」と話を切り出した。
「そうだな。……それで? 何か有益な情報はないのか?」
「相変わらず家柄の低い部下への横暴は酷いものですが、その程度です。確実に奴の息の根を止めるようなものは何も。──今糾弾しても上手く躱されてしまうでしょう」
「ふむ……そうか…………」
男は腕を組んで考える素振りを見せるが、相変わらずテーブルの上のものには一切手を付けない。幼少期から叩き込まれた習慣なのだろう。
「奴は多額の賄賂を受け取っています。その時交わした書面も手元にあるでしょう。ただその保管場所が未だに分かりません。俺が奴の部下だったとき隙を見て探してみましたが簡単には見つかりませんでした。奴の性格なら、いざというときにいつでも持ち出せるところに隠してあるはずですが──」
ジェドが真剣な声色で話していると、立て付けが悪いのか、ギギ……と音を立てて扉が開く。どうやら一人他のお客が入ってきたらしい。
ジェドたちとは一番遠い席に座ったので小声で話せば聞こえることはないのだが、男がコクリと頷いたことでジェドは理解したのか口を閉ざす。
もうお開きになるかと思っていたジェドだったが、男が口角を上げたのを視界の端に捉えたので席を立つことはなかった。
「最近お前に浮いた話はないのか?」
「……またその話ですか」
男とは定期的に会うが、その度に決まってこの質問をされる。
ジェドは女性に困ることはなかったが、その反面今まで特別視するような女性もいなかったので、濁していたのだが。
「……好きな子はいます」
「ほう、お前がねぇ」
「だからこそさっさと奴の件は終わらせたいんですよ。致し方ないとはいえいつまでもあの子に隠し事はしたくない」
「…………驚いた。本気なんだな……」
口をあんぐりと開ける男に、ジェドは気まずそうに目線を逸らす。
それから残ったお酒を一気に煽ったジェドは「それでは」とだけ言い残してお店を後にしたのだった。
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