二十一話 気になって仕方がないのです
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「お前らーー!! 今日は祝勝会だ!! 好きなだけ飲み食いしろよーー!!」
「お前それ団長が言うセリフだからな!?」
ハーディンにそう突っ込まれたナーシャは「うっさいな!」と言いながらも顔を真っ赤に染めている。ハーディンに対しては顔が真っ赤になるのがナーシャのテンプレートなので、もはや誰も口出しすることはなかった。
食堂で行われる祝勝会はナーシャの号令により始まり、一同はまず空腹を満たすために大皿に並べられた料理を口にしていく。
もちろんリクエストされたステーキもたくさん用意し、今日はデザートまで用意してある。合同軍事演習が終わってから急いで準備をしたのでそれほど品数は多くないが、団員たちは口を揃えて「美味い!!」と喜んでくれたのでセリスは嬉しかった。
勝利の喜びはもちろんだが、ギルバートの件で迷惑をかけたのでセリスは団員たちにお酒を注ぎつつ、改めて謝罪に回る。
一同は揃って、気にしなくても大丈夫だと言ってくれたのでセリスはホッと胸を撫で下ろすのだが、ここで一つ問題が起こったのである。
「このお酒は飲みやすいから飲んでみな!」
「おいおいセリスちゃんにはこっちの柑橘系のが良いって!」
「炭酸のやつも美味いから飲みなよ!!」
「あ、ありがとうございます……」
以前、度数が強いお酒が飲めなかったセリスのため、皆が度数が低いお酒を注いでくれたのである。
それ自体はとても有難いことなのだが、量がとんでもないのだ。テーブルにはセリスのために入れたお酒の入ったコップが五つある。
「「「さあ!! セリスちゃんどうぞ!!」」」
団員たちは酔っているため、いくら弱いお酒だろうが飲み慣れていない人間に対して多すぎるということに気が付いていない。
しかし全員好意で注いでくれたものだ。セリスは好意を無碍になんて出来ないので、少しずつでもお酒をすべて飲み干そうと、まずは一番右端のコップを手に取る。
「では、いただきます!」
そう言って、コップを口元に持っていくと、そんなセリスの手首が大きな手で掴まれる。
いきなりのことでポタ……とお酒が数滴落ちたが、セリスの意識を奪ったのは手首を握っている人物だった。
「ジェドさん」
「ったく、これ全部飲むつもりか?」
テーブルに置かれているセリスに用意されたコップを指差して呆れ顔をするジェドに、セリスはコクリと頷く。
ジェドは「だと思った」と言いながら、セリスの手からお酒を奪うと、勢いよく自身の喉に流し込んでいった。
「ちょっと団長!! それセリスちゃんのですよ!」
「馬鹿かお前らは! 酒飲み慣れてねぇ子にこんな大量に渡すな! セリスの性格なら無理してでも飲むに決まってんだろ」
「す、すみません…………」
しゅん……となる団員たちに、セリスは慰めるように「少しずつお酒を飲めるように練習しますので、また教えてくださいね」と前向きな姿勢を示す。
団員たちは、酔っていることもあってか、すぐにへらっと陽気に笑う。ジェドは団員たちが悪気がないのは分かっているので、ため息をついてから苦笑を見せた。
「次から気をつけろな。セリスも、無理に飲もうとしなくていいから」
「は、い。……ありがとうございました」
セリスが頭を下げると、ぽんっと頭に手を置かれる。撫でられるのかと思ったが、それはすぐに離れていき「そんじゃあな」というと食堂を出ていくジェド。
少し席を外すだけだろうと大して気にしていなかったセリスはその後、団員たちと楽しいひと時を過ごした。
それから約一時間が経っただろうか。
ほとんどの団員が酔っ払い、踊り出すものや、笑ってばかりいるもの、テーブルに伏せて寝てしまっているものが大多数を占めている。
(あれ……? ジェドさんがいない……。まだ戻ってきていないのかしら?)
姿が見えないので、セリスはきょろきょろと食堂を見渡すが、やはりジェドはいない。
どこに行ったのだろうと思っていると、ご飯に夢中になっていたナーシャがセリスの隣によいしょ、と座りながら問いかけた。
「どうしたんだ? 誰か探してるのか?」
「ナーシャ。……ジェドさんの姿が見えないなと思いまして」
「団長に何か用事か?」
(用事……? 用事なんて何も……なら何で私、探してたんだろう)
ジェドは普段からセリスによく構う。セリス本人にもその自覚はあったが、およそ妹扱いの延長だろうと深く気に留めないようにしていた。
しかし今日は少し違う。お酒を飲もうとしてくれたときはさっそうと現れて場を収めてくれたものの、それからはすぐに何処かに歩いていったのだ。
しかも未だに戻ってきていない。別段一人を好むタイプではないジェドには意外な行動だった。
「用はないんですが……かなり前に食堂から出ていかれたので珍しいな……と」
「ん〜一人で飲みたい気分なんじゃないか?」
ナーシャの返答に、なるほどと頷くセリス。普段お酒を飲まないセリスには思いつかなかったが、確かにあり得る話だ。
そういうことならジェドのことはあまり考えないようにしようとセリスはジュースを口に運ぶのだが。
「ご飯もちゃんと食べないと……悪酔いしてしまうかもしれません」
「あの団長が? ないない! こいつらと違って団長が潰れてるところなんて見たことないぞ!!」
「そ、それは分かりませんよ、ナーシャ。人には誰だって失敗の一つや二つは──」
(って、何を言って……私は何がしたいのよ……)
これじゃあまるで、ジェドのことが気になって仕方がないみたいじゃないか。
セリスは自問自答に顔をかあっと赤らめると、ナーシャの後ろ辺りからコツコツと聞こえる足音に振り向いた。
「セリスちゃん、顔真っ赤だけど大丈夫かい?」
「はい。……何もありません」
「そうだぞあっちいけよハーディン! セリスは団長が悪酔いしてないか心配してるだけだぞ!」
「ナ、ナーシャ……!」
ナーシャが言っていることは事実なのだが。普段から悪酔いすることなくこの場にいない人間のことを話しているだなんて、あまり大きな声で言わないでほしい。変に勘違いをされては──。
(勘違いって、何を……!!)
「〜〜っ」
「どうしたセリス!! もっと顔が赤くなったぞ!?」
表情筋はほとんど動いていないというのに、顔全体は熟した苺のように赤い。
ナーシャと違ってそういうことに敏いハーディンは、至極楽しそうに笑ってから、取皿にぱぱぱっと料理を並べた。
そしてそれをずい、とセリスの前に差し出す。
「……? ハーディンさん、これは?」
「悪いんだけど、これを団長のところに持って行ってあげてくれないかな? お酒ばかりだと体に障るから。頼むよセリスちゃん」
「は、はい。そういうことでしたら」
「団長は多分、自分の部屋にいると思うよ。行ってらっしゃい」
まさに渡りに船というべきか。ジェドに会いに行く正当な理由がハーディンの手によってもたらされたのである。
セリスは簡単にナーシャと挨拶を交わし、ハーディンには深く頭を下げてから食堂を後にしたのだった。
そんなセリスの背中を見つめるナーシャは、立っているためかなり高い位置にあるハーディンの顔をじぃっと見つめる。
「セリスについて行かなくて良かったのか?」
「は? どういう意味だよ」
「こんな時間に女の子一人では行かせられないよ〜ぜひ俺に守らせてくれないか〜って、いつものお前なら、言うだろ!!」
「それ真似か? 真似なのか?」
腕を組みながら、ふんっと鼻を鳴らすナーシャ。
つんけんした態度にハーディンはいつものように交戦に出ようかと思ったのだが。
「ミレッタさんが明日用事があるからって今日は部屋に戻ったこと知らないのか?」
「はあ!? 知ってるよ! それが何だよ!!」
目をきっとつり上げて、そう言うナーシャに、ハーディンは小さくため息をつく。
「つまりここにはお前以外の女はいない。皆腕っぷしが強くて、今日は凄い酔っ払ってて分別がつかないかもしれない男ばっかりなんだ」
「回りくどいぞ!! だから何なんだ!!」
どうやらここまで言っても分からないらしい。
いい加減イライラしてきたハーディンは腰を折ると、ナーシャにずい、と顔を近付けたのだった。
「──だから! こんな酔っ払いの男しかいないところにお前を一人で置いていけないって言ってんだよ!」
「…………っ!?」
ぷしゅ~! と沸騰したように顔を赤くするナーシャに、ハーディンは「こんだけ言えば分かるかよバカ女」と、恥ずかしそうに呟いた。
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