二話 第四騎士団ってあの……?
「良い話?」
自分勝手な理由で婚約破棄を申し出たというのに、今更何を言い出すのだろう。
セリスはギルバートに対して訝しげな眼差しを向ける。
「ずっとこの屋敷で暮らしてきたお前にはツテがないだろう? だから働き場所くらいは紹介してやろうと思ってな。せめてもの償いだ」
「お義姉様本当にごめんなさい……っ」
ポタ、と落ちたのはアーチェスの涙だった。
おそらくアーチェスはギルバートを奪うと、セリスが家を追い出される可能性を考えていなかったのだろう。セリスはそんなアーチェスを責める気にはなれなかった。
むしろほんの少しアーチェスが羨ましかったのだ。それほど後先考えずに誰かを好きになったことが、セリスはなかったから。
涙するアーチェスを慰めるのはギルバートの役目だろうと、セリスはアーチェスに言葉を掛けることなくギルバートに向き直った。
「それで、どちらの職場を紹介していただけるんですか?」
ギルバートの言うように、セリスはここ数年シュトラール家で使用人と同じ扱いを受けてきたので、外にツテがなかった。
使用人としてどこかの屋敷に雇ってもらえる可能性はあるが、すぐに正式採用されるかどうかは定かではないため、ギルバートの提案は有り難かった。もしも娼館を勧められでもしたら断るつもりだったが。
「ここから少し遠くなるが、西の森の前に位置している第四騎士団の寄宿舎の下働きだ」
「第四騎士団?」
「通称騎士団の墓場だ」
セリスは聞き覚えがあるわね、と頭の隅にある情報を引っ張り出していると、得意げにギルバートは話し始める。
「まず給金はそれなりで住み込みで働ける。……が、平民と下級貴族の集まりで品がないんだよ。他の騎士団の素行の悪い奴らの集まりだしな。それに激務らしくて下働きの募集をかけても誰も来ないんだとか。それと、何が一番問題かって騎士団長が『冷酷残忍』だと有名らしいぞ。過去には仲間にさえ刃を向けたらしい」
「なるほど」
さらっとそう答えたセリスは、以前使用人の一人が話していた第四騎士団について思い出していた。
第四騎士団とは、ギルバートの言うとおり第一、第二、第三騎士団を追い出されたものが行く最後の砦らしいのである。
通称『騎士団の墓場』──セリスにも聞き覚えがあった。
騎士同士で暴力沙汰を起こしたものや、上官の命令に従わず単独行動に走るもの、民間人が危険にさらされているのに逃げ出したもの。その他諸々。
確かにこれが本当ならば褒められた人たちではないのだろう。
騎士団長の噂も本当ならば、命に関わる可能性もあるのだが。
セリスはそっと目を細める。悩んでいるのか手を口元に持っていき、数秒黙り込むとぽつりと呟いた。
「分かりました」
「は? お前話聞いていたのか?」
「はい。是非とも宜しくお願いいたします。あちらが受け入れてくださるのでしたら直ぐに向かいます」
「お義姉様、大丈夫なのですか……? 今までお母様に言われて家のお手伝いもしてくださっていたのに、こんなのあんまりです……! ギルバート様、やっぱりお義姉様はこの屋敷に──」
「それはだめだ!!」
いきなりのギルバートの大声に肩を揺らしたアーチェスは、驚いて涙が止まる。
ギルバートがこんなふうに大声を出すところを聞いたことがなかったようだ。もちろんそれはセリスも同様なのだが。
(体裁が悪いことは確かだけど、大好きで仕方がないはずのアーチェスにあそこまできつく言わなくても)
なんてセリスは思いながら、ギルバートの瞳に違和感を覚える。
わざわざセリスを捨ててまでアーチェスを婚約者にしたのだから瞳には熱が帯びているはずだというのに、ギルバートがアーチェスに向けるそれは冷ややかだったからだ。
(この人って、こんなに冷たい瞳だったかしら……まあ、私が言えたことじゃないわね)
冷たい瞳だと言われたセリスが敢えてそれを指摘することはない。何よりもう婚約者でもなく、家まで出ていくのだから何を伝えたところで、といった感じだった。
◆◆◆
数日後。早朝にセリスの部屋に入ってきたのはアーチェスだった。
「お義姉様、その、これを……」
そう言ってアーチェスから手渡された手紙はギルバートからのものだった。
ナイフで切って中身を取り出すと、内容は第四騎士団がセリスの雇用を決定したというもの。それともう一つは一日でも早く出ていってくれ、というものだ。
(ここは私の家なのだけれど)
ギルバートの余計な一文に多少モヤッとしたセリスだったが、もう既に荷造りの準備は終えていたし、世話になった使用人たちには挨拶を済ませてある。
新しい職場が迎え入れてくれるのならば、セリスはすぐにでも出立出来るのだが。
セリスが手紙をしまうと、アーチェスもギルバートから内容は聞き及んでいるらしく、眉尻を下げて瞳を潤ませた。
「ごめんなさい……っ、私口ばっかりで何も出来なくて……。お母様がお義姉様に使用人のお仕事をさせるといったときも、反対したけれど力になれなくて……私もお手伝いしようにもドジばっかりで迷惑をかけちゃうし……」
「アーチェス……」
「ギルバート様のことはお義姉様の婚約者だって分かっているのにいつの間にか好きになってしまって……まさか受け入れてもらえるとは思わなくて……私……こんなふうに、なるだなんて……っ、ごめんなさい……」
再三だが、セリスは馬車の用意さえあればすぐにでも出立出来る。
しかし鼻の先まで真っ赤になるくらいに泣いて謝るアーチェスを、このまま放って置くなんてできなかった。
セリスがこの屋敷で最後にアーチェスにしてあげられること。
──それは、目の前にいる義妹の罪悪感を、少し軽くしてあげられるくらいだろうか。
「ねぇ、アーチェス。ギルバート様と婚約者になれて幸せ?」
「そっ、それは」
赤い顔が一転してさあーっと顔が真っ青になるアーチェスに、セリスは慌てて言葉を付け加える。完全に勘違いされているからだ。
「ごめんね。責めているわけじゃないの。というか、私とギルバート様は婚約者ではあったけれど愛し合っているわけじゃなかったから、本当にそこのところは気にしなくて良いの。メイド仕事も嫌いじゃなかったし、多少でも家の役に立てたのなら構わないの。これは本当に本当。ね?」
もちろん突然の婚約破棄に何も思わなかったわけではないが、アーチェスは魅力的な女性で、ギルバートはそんなアーチェスを選んだ。それだけのことだ。
派手な社交界にも興味はなかったし、別にアーチェスや義母だけが豪遊しているわけでもなかった。
令嬢としての教育は、父が生きているときにそれなりに済ませてあったし、ここ数年の生活をセリスは本当に大して気にしていないのだ。
「血は繋がっていないけれど、今まで本当の姉のように慕ってくれて、優しくしてくれてありがとう。アーチェス、幸せにね」
「おね、えさま……ごめんなさい……っ、それと、ありがとう……!」
ぱあっと花が咲くように笑うアーチェスに、セリスはホッと胸を撫で下ろす。
最低限の荷物を詰めた鞄を持って自室をあとにした。
そしてすぐさま向かうのは、伯爵家の長女であるセリスに使用人の働きを指示した義母のもとだ。
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