十九話 勝者と敗者と
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正午過ぎ、第四騎士団の演習場にて。
遂にこのときがやってきた。白い騎士服を身に纏った第二騎士団が演習場へと入ってきたのである。
ジェドとウィリムは立場上、第二騎士団長と挨拶をしなければいけないらしく何やら話しているが、その表情は見たことがないくらい冷ややかだ。ウィリムは明らかに顔に出しているが、ジェドは瞳だけで物語っている。
模擬戦の邪魔にならないよう演習場の端でナーシャたちとその様子を見ているセリスは、そっと第四騎士団の勝利を祈った。
今回の合同軍事演習は互いの騎士団から五人を選出し、一対一の模擬戦が行われる。
互いの団長、副団長は参加することが叶わないらしく、団員同士で勝利を決するものとなる。らしいのだが。
「あいつ勝てっかなぁ……」
「ハーディンさんのことですか?」
「なっ! 何で分かって!?」
ぼそ、と呟いた言葉をセリスが拾い上げると、明らかに動揺しているナーシャ。
顔を真っ赤にしてあたふたするナーシャは、女のセリスから見ても大変可愛らしく、殺伐とした演習場の中で唯一の光と言えるだろうか。
「ハーディンさんも他の皆さんも、寝る間を惜しんで鍛錬に励んでいました。信じましょう」
「そりゃあ、そうだけど……」
「後でハーディンさんに伝えておきますね。ナーシャが心配してましたよ、って」
「やめてくれ!!! ぜぇっったい言わないでくれ!! あたしはただあいつが負けたら、どんなふうに馬鹿にしてやろうと考えてただけだぞ!」
「はい。分かりました」とさらりと答えたセリスだったが、ほんの少しだけ口角が上がっている。
(ナーシャったら照れ隠ししちゃって)
と、そんなことを思うと無意識に、僅かだが表情に表れたのだ。
けれどナーシャは興奮しているのでバレることはなく、始まりを告げるどらの音に、意識を団員たちに向き直した。
遂に模擬戦が始まる。
手に汗握る戦いが始まる。──はずだった。
──しかし、一方の圧倒的な戦力により、呆気なく終わりを迎えることになる。
「五対零で、第四騎士団の勝利!!」
「「やったぞおおおおお!!!」」
勝利宣言に声を上げたのは、第四騎士団の面々だった。
模擬戦に参加していない団員たちも全身を使って喜びを表現し、ウィリムに至っては嬉し泣きをしている。
ジェドも「良くやった!」と満面の笑みを浮かべながら団員たちと肩を組むと、一瞬だけ視線をセリスに向けて笑いかけた。
「なあ、今団長セリスを見て笑ってたか?」
「私たちに笑ってくれたんですよ」
明らかにセリスを見ていたぞ……? とナーシャは口にしようとしたが、言うほどのことではないかとそれ以上口に出すことはなかった。
今朝の出来事から、セリスはジェドのことが頭から離れなかった。
あれはキスをしようとしたわけではなくて、偶然顔が近くにあっただけだと思い込もうとしても、どうもジェドの顔を見てしまうとあのときの光景を思い出してしまうのだ。
熱を帯びた淡紫の瞳に、すっと筋が通った鼻、形の良い薄い唇に、その斜め下にあるほくろさえ、鮮明に見えるほどの距離感。
けれど朝食のときも、合同軍事演習が始まるまでもジェドの態度は普段と何ら変わりがなかった。
やはり今朝の件は何ら特別なことではなく、それこそギクシャクするようなことでもないのである。
セリスは出来るだけいつも通りに過ごそうと、心に決めたのだった。
そんなセリスは、ジェドたちから第二騎士団の面々に視線を移した。
団員たちの真ん中に座る顔も体も丸い男──第二騎士団長のハベスは、たかが模擬戦で何をそんなに喜んでいるのかと馬鹿にしたように笑いながらも『騎士団の墓場』と言われる第四騎士団に負けた事実にプライドが許さないのか、額には青筋がぴきりと浮かんでいる。
明らかに機嫌が悪く、団員たちにぶつぶつと文句を垂れている姿は醜さを体現している。
団員たちはそんなハベスの機嫌を伺うように媚びへつらい、その姿は皆が仲の良い第四騎士団とはまるで正反対だ。
(あの人のせいで、第四騎士団の皆が……)
そんな中でも、特にギルバートには当たりが強かった。
開始五秒でハーディンに完敗したギルバートは、確かにセリスから見ても情けない負け方ではあった。
しかし負けた他の四人には小言程度で済んでいるというのに、ギルバートにだけは正座をさせ、大声で罵倒しているのである。
「上級騎士にしたのは間違いだった」「上級貴族ではないお前がワシに恥をかかせるなど」なんて、今回の勝敗には直接関係のないことまで言われている。
ギルバートはそんなハベスに対して額を地面につけるようにして謝罪しており、セリスの内心は複雑だった。
セリスからしてみれば身勝手な理由で婚約破棄を申し出てきた元婚約者なので、同情なんて持たなくても良かった。
けれどギルバートは現在、アーチェスの婚約者なのだ。
大切な義妹の婚約者の今の姿は見るに堪えなかったのでそっと視線を逸らすと、走ってくる男たちに意識を移した。
「見てた!? 勝ったよ!!!」
満開の笑顔で第四騎士団の面々が喜びを共有してくれるので、セリスは「ふふ」と自然と笑みが溢れてしまう。
「セリスちゃん! 勝ったから今日はステーキが食べたい!」
「はい! ソースも何種類か作りますね」
「セリスさん! 俺は酒に合う料理作ってほしい!」
「分かりました! 腕によりをかけます」
話を聞いていたミレッタが「美味しいお酒があるよ〜!」というと、その話に一斉に食いつく団員たち。
相変わらずお酒が好きなんだなぁとセリスが思っていると、視界の端に映るのはナーシャとハーディンだ。珍しく言い合いをすることなく、静かに話しているらしい。
「……まあ、お前にしては良くやったんじゃないか」
「……おう、色々サポートしてもらったしな」
お互い赤い顔をして話している二人の声は、団員たちの騒ぎ声に掻き消されてセリスには聞こえなかったけれど、横目で見て良い雰囲気なのでセリスは何だか嬉しくなる。
「セリス」
すると、男泣きしているウィリムの背中をぽんと叩いたジェドが、セリスに声をかけた。
セリスは声が上擦りそうになるのを必死に抑えて、なるべく自然に「おめでとうございます」と口にしたのだった。
「俺は戦ってねぇけどな」
「皆さんの時間外訓練にいつも付き合ってたじゃないですか。ジェドさんのおかげでもあると思いますよ?」
「お前は優しいな」
冷めきらぬ盛り上がりに声が少し聞こえづらく、ジェドはセリスとの距離を詰める。一歩近づく度に、心臓がドクン、ドクンと大きな音を立てるのを、セリスは気づかないふりをした。
「なぁ、セリス。あの土下座してるのって──」
顔を近づけ、小声で囁くジェド。
セリスの身体は小さくぴくんと跳ねたが、ジェドの意図が分かったので距離を取ることはなかった。
「はい。あの方が元婚約者のギルバート様です」
あまり大きな声ですることではないとジェドは気を使ってくれたのだろう。
けれど周りがざわついているため距離を詰めることになったのだった。
「流石にあの姿は見るに堪えませんね。……けれど私ができることはないので、せめて早く許してもらうことを祈るばかりです」
「……やっぱりセリスは優しいな」
「そうですか? そんなことはないと思いますが……」
至近距離ということもあって、セリスは渦中の人物──ギルバートと、その周りに視線を寄越した。
今日の合同軍事演習は模擬戦がメインではあるが、名目上ではこの後に合同訓練も予定されている。
しかし明らかに帰る準備をしている第二騎士団の面々をジェドたちが引き止める理由など有るはずもなく、見て見ぬふりだ。
むしろさっさと帰ってほしいくらいなのである。
第四騎士団の面々は第二騎士団に恨みや敵対心を持っているし、合同軍事演習でなければ顔を見たくないくらい嫌っている。
けれど、負けた彼らを敢えて引き止めて馬鹿にするような人間は、第四騎士団にはいないのだ。
とにかくこれならばギルバートも土下座を辞めて帰路につけるだろう。と、セリスがほっと胸をなでおろすとほぼ同時だったか。
挨拶の一つもないことには多少引っかかったセリスだったが、今は勝利の喜びの方が勝っているので気にしないでおこうと思った矢先。
その男はフラフラと立ち上がると、唐突にセリスの前に相対したのだった。
「セリス、ちやほやされて良いご身分だなぁ、お前」
「…………ギルバート様……」
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