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十七話 第四騎士団の真実とは

 

 ミレッタから合同軍事演習の話を聞いたセリスは、自身の仕事が一段落したので、演習場へと足を運んだ。

 任務に出ている団員以外はそこで訓練に励んでいて、セリスはその姿をじっと見つめる。


 そこには普段おちゃらけている団員たちの姿はなかった。全員が真剣──というよりは、切羽詰まったような顔で訓練に励んでいるのである。

 セリスは騎士ではないため合同軍事演習について詳しくは知らないが、ミレッタの話を聞く限りでは、そこまで頑張らなくても良いのでは? というのが正直な印象だった。


(国王陛下どころか国の中枢の方が来るわけでも、報奨金が出るわけでもないのに、どうしてそこまで……)


 もちろん何事にも一生懸命取り組むことには尊敬しかないのだが、それにしたって団員たちの切羽詰まったような顔を見ているとセリスはどうにも疑念が払えない。


 何か事情があるのだろうか? とセリスが考えていると、後ろから「お疲れ」と声をかけられ、セリスはパッと振り向いた。


「ジェドさんお疲れさまです」

「セリスは休憩中か?」

「はい。一段落したので、皆さんの訓練を見に来ました」


 ジェドはセリスの隣に立つと、険しい表情で訓練している団員たちに苦笑を見せる。


「おー、あいつら無駄に力入ってんな」

「合同軍事演習というのがあるのは聞いています。……ここまで必死に訓練をするのには何か事情でもあるんですか?」

「……そうか、セリスにはまだ言ってなかったな」


 ふる、とジェドの長いまつげが揺れる。


 何やら事情があるといった雰囲気を醸し出すジェドに、セリスは無意識に息を呑んだ。


「第四騎士団が『騎士団の墓場』なんて言われてるのは知ってるだろ?」 

「はい。その……素行の悪い人間の集まり、だと」

「そうだ。それに俺が『冷酷残忍』なんて呼ばれてるのも、全ては──第二騎士団が原因なんだよ」

「えっ」


 上擦った声を漏らしたのはセリスだった。


 もちろん元より第四騎士団の悪評は鵜呑みにしていたわけではない。実際、寄宿舎で働き始めてからは人の良い団員たちに、あんな悪評はまるっきり嘘だということは分かっていたけれど。


 セリスが驚いたのはその原因が他の騎士団ではなく、第二騎士団と限定されていることだった。


「第二騎士団で、一体何が……?」

「そもそもな、この国の騎士団っていうのは基本的に家柄が重要視されてるんだよ。顕著なのが第二騎士団の団長だな。()()()は実力がないのに公爵の地位を使って騎士団長まで上り詰めた。上級貴族出身の騎士だけ明らか贔屓するのは当たり前。下級貴族や平民が出の部下の昇級なんかはほとんど受け取る賄賂の金額で決めてる」

「なっ、何ですかそれ……」


 そこでセリスはふと、寄宿舎で働き始めてすぐにナーシャに言われた言葉を思い出した。

 伯爵家の娘だということを団員たちに明かさないほうが良いと言われたのは、おそらく第四騎士団の面々が上級貴族に良い思い出がないからなのだろう。


 セリスは家柄や階級で人を見たことがなかったので、純粋に驚いてしまう。

 それこそ貴族社会では家柄が重要というのは理解できるが、騎士たちは魔物や事件から人々を守る崇高な役割を担っているというのに。


 セリスの、右手の拳がふるふると震える。思い切り握りしめているその手に、ジェドはそっと触れた。


「手、痛いだろ。やめとけ」

「……っ、すみません。腹が立ちまして」

「良い子だなセリスは。けど大丈夫か? 多分今からもっと腹が立つと思うぞ」 

「……聞かせてください。ちゃんと知りたいです」


「分かった」と優しく答えたジェドは、自身の胸辺りの高さにあるセリスの頭にぽん、と手を置いた。

 それから一息ついて、おもむろに口を開く。


「第四騎士団の悪評は全て、第二騎士団長に事実を捻じ曲げられたものだ」

「……!?」

「例えば──」


 そこからジェドが語るものは、第四騎士団の皆を大事に思うセリスにとっては辛いものだった。


 騎士同士で暴力沙汰を起こしたものという噂は、実のところは加害者側ではなく被害者側だった。


 上官の命令に従わず単独行動に走ったのは、その上官が自らを守ることばかり命令して、それに従っていると魔物が街へ放たれてしまう可能性があったから。


 民間人が危険にさらされているのに逃げ出したのは、現在第四騎士団にいる団員ではなく、第二騎士団の団員だった。



 セリスはジェドの話を聞くと、拳を握りしめると同時に下唇を思い切り噛み締めた。

 悔しくてたまらない。どうして何も悪くない彼らが、悪評に塗れなければいけないのか。


「セリス、口開けろ。そろそろ血が出るから」


 ジェドが隣りにいるセリスの顔を心配そうに覗き込む。綺麗なアイスブルーの瞳には、怒りが帯びているのがよく分かる。


「…………っ、許せないです。私はこんなの、許せないです。皆さん、いつも一生懸命仕事をして、訓練も頑張ってて、良い人ばっかりなのに、それなのに……!」

「そう言ってもらえるだけであいつらは幸せだろうな。もちろん俺も」

「ジェドさんは……? ジェドさんも第二騎士団で何か──」

「まあ、俺の場合はあいつらと違って自分にも非があるんだが」


 ぱちぱち、とセリスは素早く瞬きをすると、自嘲ぎみに笑ったジェドの形の良い唇が動いた。


「第二騎士団長を斬ったんだよ、俺は」

「……!」

「俺が怖いか? セリス」


 魔物ではなく、目の前で人を襲おうとする罪人でもなくて、人でなしだとしても自身の上官を斬りつけたと語るジェドに、セリスは驚いたものの恐怖はなかった。

 ここに来てからの二ヶ月で、ジェドがどれだけ優しくて理由もなく人を斬るような人間ではないことを、セリスは知っているのだから。


「誰かを守ろうとしたのですか?」

「……!」

「どうなんですか、ジェドさん」  


 怒りの瞳から一転して見せたのは、眩いほどの美しく力強い瞳。

 ジェドは「セリスには敵わねぇな……」と小さく呟くと、団員たちに活を入れているウィリムへと視線を移した。


「ウィリムは曲がったことが大嫌いで融通が効かない。とりあえずその場を流せば良い場面でも、あいつは第二騎士団長に噛み付いてな。それに腹を立てた第二騎士団長がウィリムを背後から斬ろうとした。……だから俺はそいつを斬った。もちろん殺しちゃいねぇが」


 そういうことだったのね、と納得した様子のセリス。


 セリスはすぐさま一歩隣に動いてジェドと距離を取ると、地面についてしまうのではというくらいに深く頭を下げた。


「ウィリムさんを守ってくれてありがとうございます……!」

「な、何言って──」

「第二騎士団長さんのことはさておき、ウィリムさんが無事だったのはジェドさんのおかげです。だからジェドさん、ありがとうございました。って、私がお礼を言うのも変な話なんですけど……」


 そうして頭を上げて、再び綺麗なアイスブルーの瞳に見つめられたジェドは、ぐっと何かに胸を掴まれたように思えた。

 もちろん物理的にはではなく、感覚的な問題なのだが、これが何かはまだ分からなかった。


 セリスはぼんやりと見つめ返してくるジェドに「あの」と声をかける。


「ジェドさん、合同軍事演習では模擬戦をするんですよね」

「ああ。五人ずつ選抜してな」

「分かりました。では私は今から迅速かつ丁寧に仕事をしてきます。時間ができたら皆さんに差し入れを持ってきます。ふかふかのタオルを追加で持ってくることもできます。冷たい飲み物は何回だって演習場(ここ)に運びます。だから──」


 一度顔を上げたセリスだったが、再び大きく頭を下げる。


 そんな姿にさえ、ぐっと胸を掴まれた感覚になるだなんて、俺はどこかおかしいのか。ジェドは内心にそんな思いを抱えながら、セリスの言葉を待つ。


 セリスは肺が膨らむほどに、大きく息を吸った。


「どうか、どうか勝ってください……!!」


 セリスはその言葉を最後に、仕事に戻るために足早に演習場を去っていく。



 ジェドはそんなセリスの姿が見えなくなるまで見つめると、演習場内に振り返った。


「お前ら、俺が来てからの話、全部聞いてたろ」

「うぐっ、セリスちゃん、ほんと、に、良い子、っすね……」

「俺たち、泣くの我慢するの、必死だったん、ですよ……」


 団員たちがセリスとジェドの会話に釘付けになっていたことに、ジェドは気付いていた。


 セリスは気が付いていないようだったので、ジェドはあえて指摘しなかった。というのも、セリスの言葉を聞けば、団員たちの自信に繋がるかもと、そうすれば無駄な力も抜けるのではと考えたからである。


 まさかセリスの言葉に、ここまで皆が泣くとは思っていなかったが。どうやらよほどセリスの檄は効いたらしい。


 ウィリムなんて声を出さずにしくしく泣いて──。


「むむっ、む……」

「ハーディン、このタイミングでウィリムの真似すんな」

「「ぶははははっ!!! 似すぎ!!」」

読了ありがとうございました。

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