一話 婚約破棄はされると思っていました
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「セリス、お前との婚約を破棄したい」
そう言ってギルバートはアーチェスの肩をギュッと引き寄せた。
「ギルバート様……」と心の底から嬉しそうな声で凭れ掛かるアーチェスの頬はほんのりと色付いていて、柔らかなヘーゼルアイがどこか潤んでいるように見える。それはまるでメロドラマみたいな、相思相愛な二人だった。
婚約者であるギルバートに婚約破棄を告げられたセリスは、大して驚かなかった。
セリスとギルバートは半年ほど前に親同士の話し合いで婚約者になった。政略的なものだったが、お互い不満なく受け入れていたように思う。
しかしそれからしばらく、ギルバートはセリスに会いに来ても、業務報告を済ませるとすぐに去っていく。セリスは日々家事等で忙しかったし、ギルバートは上級騎士に昇級したてで忙しいのだろうと大して気にしていなかったのだが、一月ほど前。
セリスは屋敷の庭を掃除しようと外に出ると、ギルバートと義妹のアーチェスが抱き合っているところを偶然見てしまったのである。
つまるところ、いつからかは分からないが、ギルバートはセリスではなく、アーチェスに会いに来ていたのである。
それからも業務連絡のみの会話。珍しく問われるのはアーチェスの行方ばかり。
だから、いつかこんな日が来るだろうとは思っていた。
二人の間には燃え上がるような愛はなかったが、確かに結婚するものだと思っていたというのに。そう思っていたのはセリスだけだったようだ。
「かしこまりました。婚約破棄は謹んでお受けいたします。理由を教えていただけますか?」
「見て分からないのか?」
もちろん理由はセリスではなくアーチェスと婚約したいからだろう。
セリスの義妹のアーチェスは見た目が美しく、表情がコロコロ変わって可愛らしい。義母と違ってセリスに対して優しいアーチェスに、ギルバートが心惹かれるのも仕方がないとセリスはそう思った。
しかし理由を聞かないわけにはいかなかった。理由もはっきりさせないことには、何かの拍子に婚約破棄をしたのはセリスから、なんて言われかねないからである。
そうなったら自分の立場を脅かすものとなる。父が他界して義母が当主となった日から、シュトラール伯爵家でセリスを庇ってくれる力のあるものは居ないので、自衛する他なかった。
セリスがアイスブルーの瞳で寄り添う二人をじっと見つめると、ギルバートはおもむろに口を開く。
「一つはセリス、お前じゃなくてアーチェスを婚約者にしたいからだ。もう一つはその目、お前のその目だ」
「目……、ですか?」
一つ目の理由はまさしくといったものだったので、セリスはうんうんと頷いたのだが。
まさか二つ目に自分の目を理由に出されるなんて夢にも思わなかったセリスは、瞬きを繰り返す。
ギルバートはギロリとセリスを睨みつけた。
「その冷たい目。喜怒哀楽が何も感じられない機械みたいな瞳が、俺には受け入れられない」
「ギルバート様、何もそこまで……」
「これくらい大丈夫さアーチェス。セリスは冷たい女だからこんなことで傷付きはしないよ」
陶器のような滑らかな白い肌にまるでサファイアが埋め込まれたようなアイスブルーの瞳。
セリスのそれは大変美しかったが、彼女は感情表現が乏しかったので、それは冷たく映った。
実母譲りの瞳に誇りを持っていたセリスは、まさか婚約者だったギルバートにそんなふうに思われているとは思わず、婚約破棄よりもそのほうが悲しかった。
「そう……でしたか。教えていただきありがとうございます」
「お前にもう少し愛嬌でもあればな。見た目は悪くないのに、目は冷たいし表情の変化は分かりづらいし甘えてもこない。可愛げがないんだよ」
「……申し訳ありません」
「まあ良い。もう一つお前に言わなければならないことがある」
セリスの声を遮ったギルバートは、ふんっと鼻を鳴らした。
理由は聞けたので早くこの場から去りたいとセリスは思っていたが、ギルバートの言葉を渋々待った。
「近々このお屋敷から出ていってくれないか?」
「え──」
ここで僅かに、セリスの眉毛がぴくりと動いた。
「上級騎士の俺はなかなかに多忙なんだよ。それにアーチェスとも仲を深めたい。それで俺はこれからこの屋敷で世話になることになった。結婚したら伯爵も継ぐし問題ないだろう? だがほら、お前がいると体裁がなあ」
「…………そう。分かりました。準備が出来次第出て行きますからお待ち下さい」
つまりはこういうことだ。前の婚約者と同じ屋敷に住んでいるとなると、周りにどんな噂を広められるか分かったものではないから出ていけ、ということである。
セリスとギルバートの婚約は対外的に大きく広まったものではなかったが、領民の一部は知っているため、事前に策を講じようと思ったのだろう。
詳しいものから見れば、アーチェスはセリスの婚約者を誑かした女として見られるし、詳しくないものからすればセリスが元婚約者を諦められずに屋敷に居座っていると取るものもいるだろう。どちらにせよ、セリスが望むところではなかった。
すんなりと頷いたセリスに、ギルバートはにんまりと弧を描いてから口を開いた。
「それでセリス、出ていくなら良い話があるんだが──」
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