–下–
手が離れる。
重みがなくなる。
「いつもこの褒美だが、いいのか?」
「これが良いのです。」
地位も名誉もいらない。
あなたの隣に立てること。
それだけが望み。
「あ、はやてには褒美として美味しい肉が欲しいです。」
空を飛んでいるはやてを見て、褒美を伝えた。
少し悪そうな顔をした兼正様が懐に手を入れ、包まれた風呂敷を出した。
「それはもう用意している。」
高そうな肉を手に取り、隣に立つ。
「はやて!」
名を呼び肉を投げる。
はやては兼正様の声には反応しなかったので、すぐに口笛を吹く。
気付いたはやては、投げられた肉を口に入れ満足気に鳴いた。
「何で俺には反応しないかなぁ。」
「そりゃ年月が違いますもの。」
空は青く、高かった。
「自由に空を飛べるのはいいなぁ。」
「そうですね。でも、私は少し恐いです。」
空の眩しさから目を背け、空を背に座り込む。
「帰る場所がないのは恐いです。」
目の前が暗くなり、あの腐った里から抜け出したことを思い出す。
帰る場所も行く宛もない、あの暗い道を思い出す。
「お前の帰る場所はここだろう?」
顔を上げると兼正様がこちらを見下ろしていた。
逆光で暗いはずなのに、目の前が明るくなる。
「えぇ、そうですね。」
鈴のような歌声も
花のような美しさも
何もないアタシの
帰る場所はここだと
あなたが言ってくれるだけで
こんなにも明るい場所になる
ーー
調べが足りなかった。
こっちも忍者を雇っていたなんて。
後退りしながら刺された苦無を抜く。
しっかり毒が塗られている。
用意周到、さすが。
「それを渡してもらおう。」
書状を握る手に力を込める。
いける。まだ毒は回っていない。
「嫌だと言ったら?」
「死人から奪うまで。」
抜いた苦無と持っていた苦無を合わせて構える。
苦無を投げ、ついでに煙玉も投げる。
煙塗れになった部屋の襖枠から外へと飛び立つ。
「はやて!!」
友を呼ぶ。嘴へ書状が渡る。
「それを主に!早く!」
友がいつもより低い音で鳴いたのは気のせいだろうか。
首に痛みが走る。
同時に腹にも何かが刺さった。
受け身は取れなかった。
呼吸が荒い。
吐くたびに音がする。
血液が体外に出て、体温が失くなっていくのを感じる。
立っていられなくなり、土に顔を埋める。
口から血が溢れ出る。
はやての鳴き声がした。
「はやて、来てくれたのか。」
ごめん、ちょっと失敗しちゃって。
嘴に指を入れる。
もう甘噛みされている感覚すら感じない。
目を閉じると、その場が明るくなった。
兼正様を近くに感じた。
「アタシは、お役に立ちましたか?」
「 」
良かった。
ここが明るい場所で
良かった。