ジンジャノナカデシカ、カクレラレナイヨ
※本作品にはいじめの描写が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
「それじゃあ雄二が鬼だからな。百数えるまで絶対目は開けちゃダメだし、耳もふさいでおけよ」
リーダー格の純也がいう。雄二は素直にこくっとした。
「あ、それから、隠れていいのはこの神社の中だけだ。それ以外に隠れちゃダメだからな。お前ら守れよ」
純也の言葉に、他の男の子たちはにやついてうなずいた。しかし、そんなこと雄二は気にもしない。意地悪していたみんなが、仲直りの印にいっしょに遊ぼうといってくれたんだ。これでもういじめられることもなくて、逆に友達ができたのだ。いつもひとりぼっちだった雄二は、二つ返事で純也たちについてきた。
「よし、それじゃあ開始だ! 隠れるぜ!」
純也の言葉に、雄二はあわててうしろを向き、ぎゅうっと耳をふさいだ。もちろん目もふさいでいるだろう。そのまま、「いーち、にーい、さーん……」と数えだす。一応確認のため、一人の男の子が雄二の前に回りこんだ。しっかり目をふさいでいるのを確認して、純也にうなずき合図する。男の子たちはほくそ笑んで、それから忍び足で一人、また一人と神社から出た。
「くくく、あいつバカだから、ずっと探し続けるぜ」
「……でもよ、純也、ホントに良いのか?」
いがぐり頭の洋一が、ぽつりと聞く。ムッとした顔でにらみつけてくる純也に、洋一はあわてて首をふった。
「あ、いや、別にあいつをかばったり、かわいそうだって思うわけじゃないよ。たださ、ここの神社、ほら……あのうわさがあるだろ」
「あのうわさって……あぁ、神隠しのか?」
そういって純也がにやつく。洋一も含め、他の男の子たちはぞっとしてそのにやけ顔を見守った。
「へへ、実はさ、それもあってここでかくれんぼしようっていったんだよ。なぁ、お前らも気にならないか? うわさが本当か?」
「……純也、まさかお前……試すつもりか?」
その言葉に、若干非難の色が混ざっていたことに、純也は目ざとく気づいた。チッと舌打ちまじりに洋一をにらみつける。
「なんだよ? じゃあお前がいいに行けよ、雄二にうそついてごめんって。でも、おれたちは知らないぜ。雄二をかくれんぼに誘ったのは、お前だって先生にもいうからな」
担任の大庭先生はものすごい怖い先生で、体罰こそしないけれど、悪いことをしたらすごい剣幕でどなるのだ。それなのになぜかお母さんたちには気に入られていて、挙句の果てにはしっかり叱ってやってくださいなんていう親もいるのだ。洋一の親もまさにその一人だった。
「……悪かったよ、頼むよ、それだけはやめてくれ」
いつもどなられていて、大庭先生の恐ろしさを知っている洋一は、涙目になりながら純也に謝った。純也はへへっと勝ち誇ったような笑みを浮かべて、それからあごをしゃくった。
「そろそろ七十になりそうだ。あと三十秒ぐらいだし、早いとこ帰ろうぜ。明日学校であいつ、どんな顔するかな?」
くくくと笑う純也だったが、他の子たちは笑うに笑えなかった。神隠しがあるという神社に取り残された雄二を、みんなあわれに思いながらも、誰も純也には逆らえないのだ。結局男の子たちは、みんな雄二を残して帰っていった。神社のイチョウの木から、カラスに似た、なにかしわがれた声が聞こえてきて、洋一は思わず身ぶるいした。
「……それじゃあ出席を取る前に、もしかしたらみんな保護者のかたから聞いているかもしれないが……」
いつになく神妙なおももちで、大庭先生がクラスのみんなを見まわした。その目に洋一は思わずドキッとする。いやな予感で胸がキュウッとしたが、その予感は当たっていた。
「昨日、佐山君のお母さんから連絡があって、佐山君が家に帰っていないとおっしゃっていた。そのあと警察にも連絡したが、まだ佐山君は見つかっていないらしい。みんなもきっと保護者のかたから聞かれたかもしれないが、昨日佐山君と帰った者はいないか?」
佐山君とは雄二のことだ。汗で手がべたべたしてくる。思わず純也をチラ見する洋一だったが、純也はしれっとした顔で答えていた。
「さぁ、おれたちは知らないぜ。だいたい雄二はいっつも一人で帰ってるもん。おれたちが誘ってもいっしょに帰らないし、前からつまんないなって思ってたんだよ」
「純也、つまんないってのはどういうことだ? ……まさかお前」
「いやいや、先生、おれ前もいったけど、別に雄二になんかしたりなんてしてないぜ。なぁ、みんな?」
純也がこっちをにらみつけてきた。その目は、『お前はおれの側にいるよな?』と聞いているかのようで、洋一は手が震えてきた。純也も大庭先生も見ないようにうつむいて、洋一はしぼりだすようにつぶやいた。
「あぁ、純也のいう通りだよ」
他の男子たちからも、ちらほらとそういう声が上がる。先生の視線を感じ、洋一はぎゅっとズボンのすそをにぎりしめて身をちぢめた。
「洋一、なにか知らないか?」
ハッと顔をあげて、大庭先生と目があってしまった。汗がダラダラと流れる。先生だけでなく、純也の視線も痛いほどに突き刺さってくる。のどがカラカラになり、鼓膜の奥がピーッと痛くなる。その痛みから逃れようと、洋一はブンブンッと首をふった。
「知らないっていってんだろ!」
その剣幕に、さすがの大庭先生も驚いた様子をみせるが、それ以上はなにもいわなかった。
「……わかった。とにかくなにか知っている者がいたら、教えてくれ。警察も明け方から捜査してくれているようだが、なにか事件に巻き込まれたかもしれないからな。……それじゃあ、出席を取ろう」
正直にいって洋一は、そのあとどんな顔をして授業を受けたか、まったく覚えていなかった。もちろん内容なんて頭には入ってこないし、大好きな給食も全く味がわからず、おかわりするどころか残してしまった。先生の目を避けるように、授業中も教科書に隠れていて、逆にそれが不審に映ったのだろう。帰りの会が終わったあとに、洋一は大庭先生に声をかけられた。
「なぁ、洋一、本当にお前なにも知らないのか?」
「……ホントだよ、先生、おれ……」
それ以上はなにもいえなかった。どうしようか、やっぱりこのまま正直に話してしまおうか。そう思った矢先のことだった。
「おい、洋一、早く帰ろうぜ! 雄二を探しに行くんだろ!」
純也がわざとらしい大声で洋一を呼ぶ。大庭先生はわずかにまゆをひそめて純也を見た。
「どういうことだ、純也?」
「いや、おれたちは知らないけどさ、もしかしたら雄二のやつ、どこかに隠れてたりするかもって思って、探しに行こうと思ったんだよ」
ペラペラとそんなことをいう純也に、大庭先生は怖い顔で首を横にふった。
「いや、余計なことはしないで、今日はまっすぐうちに帰りなさい。不審者による事件に巻きこまれた可能性だってあるんだ。なにも知らないのなら、探すのは大人、警察に任せておきなさい」
大庭先生の言葉に、純也は「ちぇっ」とおどけたような顔をして、そして一瞬ギロッと洋一をにらんだ。首をすくめる洋一に、純也が声をかける。
「さ、帰ろうぜ洋一」
「あ、あぁ……」
結局洋一は、先生に打ち明けることもできずに、もやもやしたものを胸にためこんだまま純也のあとを追うのだった。
「なぁ、純也、やっぱり……」
「もし先生にチクったら、お前に命令されたっていうからな。雄二をいじめてたのもお前だって。他のやつにもそういってる。……バラしたら困るのはお前だぞ」
ぞっとするような顔でにらむ純也に、洋一は「ヒッ」と息をのむ。ふんっと鼻を鳴らして、純也は家とは反対方向へ歩き出す。
「えっ、どこ行くんだ?」
「どこって、決まってるだろ、神社だよ。どうせ雄二のやつ、おれたちをからかおうと思って神社で隠れて待ってるんだよ。だから見つけ出して、おれたちのことをチクらないようにいわねぇとな」
へへっとすかした顔で笑う純也に、洋一は「お前……」と、すんでのところで言葉を飲みこんだ。こいつだけは敵に回したくない、そう本能で悟ったのだ。
「よし、行こうぜ! あ、そうだ、警察に連絡したとかいってただろ。それで見つけたら、もしかしたらおれたち、表彰されるかもしれないな。お小遣いももらえたりして」
バカ笑いする純也からは顔をそむけて、それでも洋一はあとに続いた。
「おーい、雄二、出てこいよ! おれたちが悪かったよ、だからいい加減すがたを見せろって」
もちろん内心はこれっぽっちもそんなことは思っていないだろう。それでも純也のたくみな口調に、神社の奥からふらりと人影が現れた。純也がにぃっと口をゆがめる。
「へへっ、ほら、こっちこいって。そうそう……手間かけさせんなよな、コラッ!」
フラフラと近づいてきた雄二を、純也が思いっきりけり飛ばす。まるで糸の切れた操り人形のように、雄二が吹っ飛び地面を転がる。
「おい、やりすぎだって!」
「はぁ? お前もおめでたいな。やりすぎもなにも、こいつ相当痛めつけないと、いつおれたちのことチクられるかわかったもんじゃないんだぜ。それによ、やりすぎってのは、ほら、こうやって、こうやって、オラオラオラッ!」
地面に横たわっている雄二に近づくと、純也が何度も何度も踏みつけたのだ。さすがに真っ青になって、あわてて洋一は純也をはがいじめにして止める。
「おい、待てってば! 死んじまうよそんなことしたら!」
「はぁ、バカ、止めんなよ! さっきもいったろ、こいつを徹底的にボコさないと、今度はおれたちがチクられてボコボコに怒られるんだぜ!」
ジタバタともがく純也を、それでも洋一は必死に押しとどめる。
「だから、待てってば! なぁ、わかったからさ、ほら、雄二、お前ももうチクらないだろ?」
洋一に聞かれたのを合図に、雄二の首がグリンッと180度回転した。「うひゃあっ!」と悲鳴を上げる二人を、ねじれた首で見あげたまま、雄二は起きあがった。いや、起きあがったというよりも、それは見えない糸に引っぱりあげられたかのような、そんな人間離れした起きあがりかただった。再び「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げる純也と洋一に、雄二が声をかける。
「……ウ……カイ……」
「ひぃぃっ! ななな、なんだよ、なんなんだよお前!」
「……モ……イ……イ……」
「おい、お前雄二だろ! なぁ、そんな悪ふざけしてるとマジでボコボコに」
「モウ……イイカイ……?」
それが、かくれんぼのときにいうセリフだと気づいたときには、二人とも泣きじゃくりながら神社の出口を目指していた。しかし、鳥居をまたごうとしても駄目だった。まるで見えない壁でもあるかのように、ドンッと突き返されたのだ。目を見開く二人に、雄二の、いや、雄二らしき声が聞こえてくる。
「……ジンジャノナカデシカ、カクレラレナイヨ」
雄二のはるか頭上に、糸を持った影が見えて、二人はのどがはりさけんばかりに絶叫した。しかしその声は、神社の外に届くことはなく、ただただイチョウの木の上のカラスが、にんまりと笑うだけであった。
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