実験施設
何も無い部屋の中で今日も僕はあの人が来るのを待っていた。
たまに点滅する蛍光灯を眺めながら、毎日の幸せな日々が永遠に続くものだと思っていた。
あの人は、僕は何者なのだろうか。
「これが………」
あの人が静かに僕に話しかけた。
僕のやることは簡単だ。
毎日薄汚れたこの場所で、殴られるのを待ってる。
あ、やっと来た!僕を唯一見てくれる人だ。
ここには何も無いから、その人が僕の全てだ。その人が発する言葉を覚え、痛いという感覚を教えてくれる。今日は、腕が動くようになったから折られる日だろうな。
眼鏡を掛けたその人は、
「まったく俺は忙しいってのに…こいつは相変わらず汚いな。」
と言いながら僕の腕を踏んだ。そして、後ろに曲げる。
メキメキと折れる音と共に僕の叫ぶ声が聞こえる。
ごめんなさい、また叫んでいるんだね。ごめんなさい。
バキッと鈍い音と共に、腕が離される。
次の瞬間、頭に衝撃がはしった。何度かドンッと鈍い音が鳴り、あの人は行ってしまった。
ああもう時間か、今回は短かったな。もう少しいて欲しかったのに。
その人は帰り際にパンを捨てて帰る。そのパンを拾って食べる。同じ事の繰り返し。
でも、幸せだ。生かしてもらっているのだから。
痛みの無い体に痛みを教えて貰って、パンを与えてくれている。殺されてはいない。
だから僕は幸せだ。
自分から声を出すことは禁止されているから、お礼は言えないけど、いつか言えるように言葉を話す練習をした。
この時の僕は、幸せだった。ずっと続くと思っていた。でもその日はやってきた。
はっと起きると心臓が不安定に鳴っていた。いつもならそろそろ来てくれる時間なのに、あの人が来てくれない。
不安でソワソワしていたら、大きな揺れと共に何かが落ちるような…いや崩れるような音がした。
何も分からない僕は体を抱えて耳をおさえ、目を瞑って怯えるようにじっとしているしかなかった。
扉の向こうから何かを訴える声が聞こえたような気がしたが、崩壊する音でかき消されてしまった。
どのぐらい経ったのだろうか。辺りは何も無かったかのように静まり返っていた。
恐る恐る目を開けると扉の向こうから、赤いモノが流れていた。
ひっ と自分の声が聞こえる。あの人のものだろうか?
そう思った瞬間、状況を把握した自分の脳が危険信号を送る。
ここにいてはいけないと。
込み上げてくる吐き気を抑えながら、衝撃で空いたのであろう小さな穴からすこしずつ瓦礫を退けて這うようにして外に出た。
そこにはあの人が死んだことを祝福するような真っ赤な夕陽があった。
その夕陽に背を向けてゆっくり折れている足を動かした。
これらの傷はあの人がくれたものだからと、大切そうに歩いて行った。
あれからケイサツという人に、捕まった。
僕を見ると追いかけてくるので逃げたら、バイクという乗り物で追いかけて来て、あっという間に捕まった。
僕は、あの人を返せ!と喚いたつもりだったがパニックになっていたのか、
ァァァーーーーッ
と腕を折られた時の様な叫び声が聞こえた。
僕は幸せだ。
まだこんなにもあの人のくれたものがある。
ああそうか、あの人はまだ生きてる。
僕の中で永遠に一緒に生き続けるんだ。
そう思い、僕はもがくのをやめた。
それからジジョウチョウシュというものを受けた。
言われたことを答える度に、憐れむような目で見てきた。
もう大丈夫だよと言われるが、何を言っているのか分からなかった。
大丈夫な訳ない。
あの人がいないのに、この人は何をほっとした顔をしているのだろう。
早くあの人に会いに行かなくちゃ!
僕は人を押しのけて部屋を出た。
そこには、10人ほどがナニカを向けていた。本能的に危険であることが分かった。
後ろから、
「銃を下ろせ。」
とあの人と同じ殺気のある声が聞こえた。中からじわじわと怒りが湧いてくる。
僕にはあの人と同じ声を出すことが出来ないのに…
僕は嫉妬の怒りのままに後ろの人に殴りかかった。
その瞬間、僕の肩に痛みがはしった。
ああ、ここにもあの人がくれたものがある。ゆっくりと意識が消えていくのを感じながら、
「勝手なことをするな!」
とあの人に似た声を聞いた。
ここはどこなんだろう。
早くあの人に会いに行こうと立ち上がった時に足や手に布のようなものが巻かれていることに気がついた。
あの人から貰ったものを隠すなんて、誰がこんな酷いことをしたんだ。
急いで布のようなものを外していると、
「せっかく手当てをしたのに、酷いなぁ。」
とあの人に似た声が聞こえた。
「君はなぜ逃げたがる、ここに居れば君をこんなことにした人に合わなくて済むんだよ?」
と訳の分からないことをほざく。
「僕はその人に会いに行くんだ。」
と初めて僕から話した。
僕の声は、あの人に似ていないから、嫌いだ。
なんて思っていると、
「誰だか知らないけど、死んでいると思うよ。」
あの場所から助かったのは君だけだ。と嘘を言ってきた。
勝手にあの人を死んだことにしていることに苛立ちを感じる。
僕は苛立ちを顔に出しながら、その場所から立ち去った。
僕はあの人を探す為に、あの場所に戻りたかった。
しかし、どこに行っても人は僕を異常者を見る目で見てくる。
聞くことはもちろん、近寄ることさえ出来なかった。でも良かった。
あの人さえ居てくれれば、どうでも良かった。
そんな事を考えながら2日ほど歩いていくと、時が止まったような感覚さえ思わせるあの建物が変わらず
崩れかけたままで放置されていた。
あの時とは違い、真っ暗なので不気味とさえ感じさせられた。
出てきた所からまた這うようにして入っていった。
あの時は何が起こったのか分からなくて、ちゃんとドアの向こうから流れる血を見ることが出来なかった。
しかし、今ならしっかりと見ることが出来る。
だれかの血はあの人が死んでいる可能性を感じさせ、僕を悲しませた。
虚ろな目のまま、歪んだ扉を体をぶつけるようにして開ける。
瓦礫の下の肉の塊が異臭を放ち、その周りを虫が活発に飛び回っていた。
...違う。
そうだ、これはアノ人じゃない。僕は生きているあの人に会いに来たんだ。
そう思いながら、肉の塊を踏む。だいぶ腐っていたのか、ヌチャっと足にへばりついてくる。
中から骨らしきものが周りの肉の塊と一緒に出て来たので、踏むとボキッと音がした。
改めて周りを見渡してみると、同じような扉がいくつかある。
僕のようにあの人を大切にしている人がいたのだろうか?
でも良かった、みんな死んでいるのだから。
これであの人も僕を見てくれる。早くあの人に会いたい。
そう思い、進んだ時だった。
カシャンという音と共に、あの人の折れた眼鏡が、お前を待っていたと言わんばかりに目の前に落ちてきた。
さっきまで踏んでいた骨の顔らしき場所から…
その瞬間自分の一番の罪を理解してしまった。
僕の罪は、生きている事だ。あの人は死んでしまったのに、僕が生きてしまったことだ。
だから…
「僕があなたの人生を代わりに生きるよ。」
俺はそう言い残すとその場から立ち去った。
俺は自分の事をよく知らないので、色んな所を見て回ると、1カ所だけ電気が付いていた。
中に入ると沢山の机と椅子が並んでいた。
その上には紙が散らばっている。
とりあえず、見て回っていると奥の機械から
ピーー
エラー107ケーブルが切れている可能性があります。確認してください。
と聞こえてきた。俺は何故だろうか。
その機械がパソコンという名前で、色々な情報が入っている事が分かった。
音が鳴ったパソコンの後ろを見るとケーブルと言うやつだろうか?
線が外れている。俺はそのケーブルを繋ぐと、
ピーー 接続を確認しました。作業を開始します。
と鳴り、隣の機械から映像が流れる。
そこには今の時刻と、俺が先程まで居た場所が映し出された。
向こうから
「やっと成功したな。」
俺の声が聞こえる。
そして、数人の白衣姿の男達が、血の付いた岩や肉片を顔色一つ変えずに片付けていた。
それより驚いたのは、事情聴取をした警官が俺の隣に立っていた。
警官は嬉しそうな顔をして
「これで兄さんの願いが叶うな。」
と言った。兄さんという言葉に思わず憎悪が走る。
そして今までの行動全てが檻の中の実験に過ぎなかったことが分かった。
僕は溢れ出る感情に思わずゾッとした。その感情はじわじわと今までの気持ちを侵食してくる。
もう自分ではどうしようもないほど幸福だった。
何故こんな気持ちがあるのかも分からない。ただただ嬉しくてしょうがなかった。
機械音のしない部屋でただただ純粋な僕の笑い声が部屋いっぱいに鳴り響いた。
そして僕は眠りについた。
「これが君の元になった機械の話だよ。」
と少し白髪が生えているあの人が静かに僕に話しかけた。
そうして、あの人が立ち去ると沢山の人が部屋に入ってきて、マイクの音が鳴り響く。
「まずは、今日の目玉商品!世界にまだ数台しかないとされている高性能の人型AI!痛みを感じるAIです。
肉体的な痛みも精神的な痛みも感じますが、逆らいませんので奴隷にするもよし、働かせるもよし!
スリープモードに入ると自動で機械の点検、修理をするので、いくらでも壊すことが出来ます。1億から始めます!誰かいらっしゃいませんか?」
「1億5000万!」
「いや、俺は3億だ!」
「これは7億の価値がある!」
まだ動くことの出来ない僕は、ただ静かに微笑んでいた。
読んで頂きありがとうございました。
どうでしたか?
初めて投稿するので至らないところもございますが、楽しんで頂ければ、幸いです。