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リスタート・ヒーロー  作者: ナナシノ
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第2話「神と天使」

 時が、止まった。

 これは比喩ではない。確実に今、この世界の時間は停止している。風に吹かれていた草木は不自然な状態で止まり、その風の音さえも止み、目の前で起こりかけている惨劇も止まっている。そして──俺自身もだ。

 伸ばしていた手が動かない。駆け寄ろうとしていた足も動かない。恐らくは心臓も動いていない。

 ただ、意識はある。だからといって脳が動いているかと問われれば、これも違う。時が止まった感覚なんてものは一度も経験した事がない筈だが、本能というか、魂で分かるとでも言えばいいだろうか。とにかくこの世の全ては停止している……ように思える。

 だが、ああ、俺は知っている。この感覚を知っている。聞くことだけが許されているこの状況を、俺は既に経験しているのだ。

 忘れもしない。俺をこんな場所へと連れてきた全ての元凶。自分勝手、一方通行、あの忌々しさの化身──


「ヤッホー☆停止した世界へこんにちは〜!神様だぞー☆リョウマくん、待ったー?」


 ──神だ。時間停止したこの世界は、コイツに初めて出会った時と同じ感覚だった。


「いやーゴメンゴメン、地上に降りるのなんて久しぶりだったからさ〜☆ちょっと手間取っちゃった。肉体を使うなんていつ以来かなー?」


 ……開幕からこれだ。こちらの事情なんて御構い無しに喋り始めるこの身勝手さ。ただでさえ時が止まっているんだから、お前が何かしないと何も進展しないんだぞ。

 そんなことを思っていた俺だが、視界の端にしか映っていなかった神の全貌を捉えた瞬間に驚愕した。


「うーん、大丈夫かな?おめかししたけどおかしくない?神様らしくシンプルな格好にしてみたんだけど……こんなことならもっと前からファッション誌でも読んでおくんだったよ。でもでも!可愛い事に変わりはないでしょ?なんたって神様だからね☆」


 輝くような金色の髪、幼さが残るも整った顔立ち、どこか不安に駆られる妖艶な笑み、そして背中には大きく真っ白な翼。目の前に歩み寄ってきた神は間違いなく女……『女神』だった。

 最初に会った時は声だけしか聞いていなかったが、そういえばあの時は男なのか女なのか分からなかった気がする。肉体を使うのは久しぶりと言っていたのだから、そもそもあの時には肉体がなかったのかもしれない。勝手に生意気なクソガキをイメージしていたので少しだけ拍子抜けした。


「あれあれ〜?どうしたのかなぁリョウマくん?ボクのこのパァーフェクトゥな美しさと可憐さに心奪われてときめいちゃってるのかなー?あまりの優雅さに動けないみたいだけど?いけないなぁそんなスケベ心丸出しでぇ……でも仕方ないもんね、ボク神様だもんね☆……ん?今は女神様の方がいいかな……?」


 前言撤回。生意気なクソガキと思っていたらクソ生意気なメスガキだっただけなので特に驚く必要もない。見た目の良さだけは本当に驚いたが。

 それにしても「動けないのは時が止まっているせいだろうが!」などと反論したいが、相変わらず俺の声は声にならない。


「うーん、しかしアレだなぁ。流石にそろそろリョウマくんが無反応なのがつまらなくなってきたなぁ。ちょっとリョウマくんだけ動けるようにしよっか」


 そう言うと神は俺の視界外へと移動し何かブツブツと呟き始めたが、数十秒もすると戻ってきた。


「よーし、それじゃあ……えいっ☆リョウマくんの時間だけ動け〜☆」


 ふざけた動きを取りながら神が俺に指先を向けると、まるで微動だにしなかった俺の身体はスルリと動き始めた。伸ばしていた手を見て軽く握ったり開いたりを繰り返してみたが、特に何も違和感はない。


「やったね大成功!」


 そう言ってサムズアップをしつつガッツポーズを取りながら更にこっちにウインクをしてきた神を見て、俺は呆れと怒りが入り混じった顔をしながら奴ににじり寄った。


「……おいテメェ、これまで随分と好き勝手してくれたじゃねーか。こっちには色々と言いたいこと聞きたいことがあってだな──」


 と、言いかけたところで神は人差し指を俺の唇に当ててきた。ふふん、と何か得意げな様子でニッコリと笑う。まるで子どものように無邪気な笑顔だ。


「お口チャックだよリョウマくん。ボクもキミとはとってもお話したいんだけど、悪いけどあんまり時間がないんだ」


(いや時間がないなら無駄な話をするんじゃねえよ!)


確かに俺はそう言ったはずなのだが、何故か言葉が発せられる事はなかった。困惑するもその困惑の声すらも出てこない。パクパクと口だけが開くその様は、まるで水槽の中の魚のように滑稽に見えるだろう。どうやらさっきの一連の動作だけで確実に何かをされたらしい。


「さてさてリョウマくん、どうも君は今まさに誰かを助けようとしたところみたいだね。うんうん、勇者らしい事をしてくれてるじゃないか!ボクも鼻が高いぞ!……でもさー?なんだか間に合いそうに無いフインキだよね〜」


 そういわれて俺はハッとした。そうだ、時が止まっている今ならばどうにでも出来るはずだ。襲われている少女を移動させるも良し、化物を攻撃するも良し、そう考え行動に移そうとした瞬間。


「それは駄目だよリョウマくん。ポーズ中に敵に攻撃できる仕様なんてつまらないじゃないか。そんな不正ボクは認めないよ」


 釘を刺されてしまった。俺の顔を覗き込むように神は近づいてきたが、その表情を見て俺は思わず後ずさりした。相変わらず笑ってはいるが、まるで目が笑っていない。いつもと違いどこか威圧的で、思わず背筋が凍る、否、心臓が鷲掴みにされるような感覚に陥った。

 常にふざけた態度を取っている為まるでそんな風に思えていなかったが、やはりこいつは自称している通り本物の神なのかもしれない。少なくとも人ならざる者として認識するには十分なほど、今の威圧感は尋常ではなかった。

 恐怖した俺の表情を見て神は満足したのか、身をひるがえし自然とした満面の笑みを浮かべる。既にそこには先程の威圧感はなく、いるのは悪戯好きな少女のように無邪気な存在だけ。そして神は両手を広げてこう言った。


「さーてそこでだリョウマくん!この現状を打破するために!今回、君にご紹介するのはこのお方!ジャジャーン!はいっ、後ろをご確認ください!」


 こいつの言いなりになるのは勘弁願いたいが、悲しいかな今の俺には抵抗する方法はない。正直に言うとさっきの恐怖心もまだ抜けきっておらず、少しだけ抗う気力が失せていた。また面倒なことにでもなるのだろうと思いつつ、苦虫と砂利を同時に噛んだような顔をしながら致し方なく後方を見る。


 しかしそこで目に映ったものに、俺は再び驚愕した。


 あまりにも美しい銀色の長髪に、宝石のような蒼紫の瞳。整いつつも表情を読み取れない顔立ち。触れれば壊れてしまいそうな細い身体。

 まるで水晶でてきた人形のような少女がそこにはいた。

 その佇み方はどこにも生気というものを感じさせず、何というか、精巧に作られたアンドロイドのように思えた。


「──初めまして」


 透き通るような声。これまでに聞いてきたどんな声よりも美しい声だが、外見と同じようにどこか機械的な印象を受ける。


「私の名はリザエル。我が主にお従えする天使です」


 リザエルと名乗った少女──否、天使はそう言うとペコリとお辞儀をした。たったそれだけの行為であったが、あまりにも表情や仕草に感情といったものを感じさせない。その様は俺にとって、彼女も人ならざる者だと認識させるには十分だった。


「あーっ!ちょっとちょっとリョウマくーん!今リザちゃんのこと可愛いって思ったでしょ!?ひどーい!ボクのこと見たときには全然そんな反応してくれなかったのにー!」


 ずるいずるいと駄々をこねる子供のように神が俺の体をバシバシと両腕で叩く。正直、うざったすぎて本気でぶん殴ってやろうかと思ったが、見た目が美少女の奴に手を上げるというのも少し憚れたのでもう少しだけ堪えることにした。とりあえず、次に何かむかつくことをしたら強力なしっぺをお見舞いしてやろうと思う。


「ふーんだ、いいもーん。リョウマくんもそのうちボクの魅力を分かるようになるだろうしー」


(お前は顔は良いけど言動が何もかもむかつくんだよ。いいから早く話を進めてくれ)


 そんなことを思うも俺の要望は神に届かない。「いーっだ」などと言いながら歯を見せてくるこいつの頬をつまんで引っ張ってやろうかと思ったのだが、


「主様」


 ポツリとリザエルが呟いた。相変わらず無表情だが、何かを目で訴えていることだけは辛うじて分かる。


「ああごめんごめん。そういえば時間ないんだったね」


 本題に入ろうか、と神は言う。助かった。リザエルと名乗る天使がいなかったら、あと一時間はこいつのどうでもいい話題を聞かされていることになっていただろう。


「さてリョウマくん。以前言ったけれど、今のキミにはボクの神様パワーが宿っている。自覚さえしてしまえばキミは大体のことを『何でも』できるのさ。自覚しなくても凄い強いけど!」


 以前の説明もそうだったが、こいつの言う事はどうも大げさすぎるのではないかと思っていた。だがしかし、前とは違い今の俺には思い当たる節がある。こいつの言う事がデタラメなどではなく、本当に事実だとしたら?


「その辺の石を全力で投げれば弾丸並みの威力を持つし、全力で殴れば相手は一撃で死ぬ。ナイフで岩を切れるし、棒切れが剣や槍に早変わりさ。面倒なら適当に『えい』ってやれば魔法だって使えるよ」


 この説明を聞いて俺は確信した。そう、おそらく俺はもうすでに、こいつの言うバカげた『神様パワー』とかいうものを使っている。ついさっき俺に襲ってきた化物たちを退けたのは、他でもない俺だったのだ。


「だからキミは目の前のこの状況を、自分の思うままに対処してみれば良い。絶対に失敗しないチュートリアルみたいなものさ☆」


 そんなことできるわけがない――とは、もう言えない。既に一度、自分の手で化物を退治したという事実を認識した俺は、今ならどうにかできるんじゃないかという謎の万能感に包まれていた。

 なにより、今ここでこいつらに助けを求めようにも、今の俺は声を出せない。仮に声が出せたとしても、協力しくれる可能性も少ないだろう。


「それじゃちょっとだけ時間戻そうか!だいたい十秒ちょっとくらいだけど、リザちゃんお願いね☆」


「かしこまりました」


 そう言ったて目を瞑ったリザエルの背から、何か青白く光る小さな結晶体のようなものが溢れ出す。次々と溢れ出すその未知の物質はどんどん集まっていき、やがて大きな翼となっていく。

 神の背にある羽毛のような翼とは大きく違い、まるでいくつもの極小のダイヤモンドで形成された、煌びやかな翼だった。

 そしてその翼が出来上がった瞬間に視界が、否、空間そのものが大きく歪み始めた。時を操作しているのは、どうやら神ではなく天使のリザエルらしい。


「さあ目が覚めたらすぐだよリョウマくん。君ならなんだってできるからね!ファイトー☆おー!」


 最後の最後まで煩い声を聴きながら、俺の意識はまどろみの中へと溶けていく。

 貰った時間は僅か数十秒。目の前の惨劇を止めるためには些か短すぎる気もするが、それでも未来を変えるには十分な時間だろう。神の言う万能の力、自覚さえしてしまえばなんでもできる。それが本当なら、今の俺にだって――


「あああーーーーーーっ!!!!」


 突如聞こえた騒音により、途切れかけていた意識が覚醒する。現実に戻ってきたわけではなく、目の前のクソ女神が大声を出しただけだ。


「ストップストップ!リザちゃんストップ!ちょっとタンマ!すっっっっごい大事なこと忘れてた!」


 慌てた様子で神はリザエルを静止すると、急ぎ足でこちらへと駆け寄ってくる。俺の体はというとまた時を止められているのか、棒立ちのまま全くもって動かない。

 しかし大事なことを言い忘れて伝えようとするとは。こいつにしては良いアクションだった。説明不足がすぎるこいつの話が少しでも補完されるなら、それに越したことはない。


「ふー、あぶないあぶないー……リョウマくんに初めて会ってからうっかり言い忘れていたことがあってね、危うくまた伝え忘れるところだったよ」


 そう言って駆け寄ってきた神は、抱き着くようにして腕を俺の首へと回してくる。急な事への驚きのあまり反射的に体を動かそうとするものの、やはり俺の体は動かない。

 吐息がかかるほどの至近距離。柔らかさと体温と不思議な香りが伝わってくる中、耳元へと囁くように神は言った。


「ボクの名前はヘーラァ。ふふ、永遠に(ずっと)忘れないでね♪」



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