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リスタート・ヒーロー  作者: ナナシノ
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第1話「目覚めし勇者」

 目が覚めてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 神を名乗る不届き者の事は誠に残念だがはっきりと覚えている。しかしそれでも、未だ自分の身に起きた事が現実だと受け入れ難く、やけに現実味のある夢だと言い聞かせてその場で二度寝を始めた。

 だがいくら待っても返ってくるのは溢れかえる現実という事実。草木の香り、地面の温もり、鳥のような鳴き声、風の音。今いる場所が草原ということもあり、休日にピクニックに出かけた時のような長閑さもあるが、今の俺にはそれが少しだけ絶望的なものでもあった。

 そうして仕方なく、何かしらの行動を起こさなければ現状の解決にならないと思い立ち、半端ヤケクソ気味に目的もなく歩き始めたのが恐らく数時間ほど前。その間に見つけたものといえば、見知らぬ土地、見知らぬ風景、見知らぬ生物など。現実を突き付けられつつ未知なるものしか存在しない現状に、いよいよもって俺は正気を保てなくなり始めていた。


「クソがぁぁぁぁぁ!!!どこなんだよここはぁぁぁぁぁ!!!」


 抑えきれない怒りを口から言葉にして叫ぶと、近くの木々からバサバサと鳥が飛び立っていった。だが結局、それだけの事しか起こらず、ものの数秒で自然音しか残らない静寂に再び包まれた。

 せめてこの絶叫で、不審者に思われてもいいから誰かに見つかりたかった。それほどまでに俺は孤独に耐えきれなくなっていた。

 少し前に何か気を紛らわせるものでもないかとジーンズのポケットを漁ってみたが、スマホすら無い。というより所持品と呼べるものは一つもなく、私物といえば身につけている衣服くらいだ。つまり夜になると灯りがなくなるうえに食べ物までない状態に陥る。今はまだ日が高いが、あと何時間かも分からない日没までがタイムリミットだと思うと少し焦りも出てくる。

 神を自称するアイツは俺のことを勇者にしたらしいが、今の俺を見て勇者と思う奴なんているだろうか。少なくとも自分を客観視しても俺自身はそうは思わない。見た目も中身もその辺にいるただの若者だ。しかも今は寂しさから泣き叫んでいるときた。選ばれし勇者どころか可哀想な人間でしかないだろう。

 そんなこんなでトボトボと歩いていた俺は、最初にいた草原を抜け、それなりに拓けた道を選んで歩いていたものの気がつけば今は雑木林にいる。進む先を間違えれば森の中に入ってしまう可能性があるが、人を見つけたい俺にとってそんな場所は行きたくない。せめて川の一つでもあれば、それを辿っていけば何かしらの集落くらいはありそうなのだが、残念なことに水の音一つ聞こえはしない。

 このまま進んでも意味がないのかもしれない、と俺は疑心暗鬼になってきた。


「おいこらクソ神ぃぃぃぃぃ!!!せめて目的地くらい教えろやぁぁぁぁぁ!!!」


 知らないところで見ているのかどうかも分からない。だが今の俺が頼れる存在といえば、忌々しいがアイツだけだ。この世界で知っている唯一の存在が俺を陥れた奴というのも、腹ただしい事ではあるのだが。

 ああ、だがやはり、いくら叫んでも現状の解決にはならない。歩き続けるのも少し疲れた。俺は適当な木に背中を預け、地べたに座って休むことした。

 目を瞑り呼吸を整えると、様々な疑問が頭の中に思い浮かんだ。この世界はなんなのか。神を自称するアイツは何者なのか。どうして自分がこんな目に遭っているのか。なんで勇者に選ばれたのか。ここにくる前は何をしていたのか。両親は心配しているだろうか。俺は生きて帰れるのだろうか──そんな事を考えていたが、それらの考えは全て、聞こえてきた『音』に掻き消された。

 気がつけば、自身の周囲を取り囲むようにガサガサと茂みが動いている。明らかに「何か」が動いている音であり、風が原因ではない。

 人か?否、これら全てが人為的なものであるとすれば、あまりにも不自然だ。隠れているにしては移動速度が速いうえに、そもそもこんな人間一人に隠れる理由がない。耳をすませば、唸るような声と、荒い呼吸音も聞こえてくる。これは──


「──ッ、ヤバっ……!」


 本能が告げてくる。全力でここから逃げろと。今すぐに動けと。だが立ち上がり走り出そうとした途端に、姿を隠していたそいつらは、一斉に俺に向かって襲いかかってきた。


『ヴワオォォォォォォォォォン!!!』

「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 出てきたのは体毛に包まれた牙を持つ四足歩行の生物。犬?違う。まだ犬の方が良かった。ならば『狼』かと言われれば──それも違う。確かに狼の実物を見たことはないが、それでも違うとハッキリ言えるほど奴らは異常な生命体だった。

 その牙はまるで短刀のような大きさと鋭さで、その四肢は鋭い爪なんて必要ないだろうと思えるほどに太く、その目はあまりにも恐ろしい狂気を孕んでいた。

 正しく、奴等は「化物」であった。

 そんな化物を相手に俺は背を向け一目散に走ったのだが、結果はどうなるか?

 無論、ものの数秒で追いつかれて襲われた。


『グゥルルルルッ!ガォウッ!ヴウゥゥゥッ!』

「ぅぐっ!?」


 足を噛まれバランスを崩した俺は、激しく前のめりに倒れこむ。


「……このっ、やめ……!」


 噛み付いた狼の化物はそのまま俺の足を食いちぎろうとでもしているのか、口を離すことなく唸りながら更に顎に力を入れた。

 そして身動きが取れなくなった俺の首筋めがけて、もう一匹の化物が口を開ける。


『ガアアアアッ!!』

「うおおおおおおおおっ!?」


 咄嗟に左腕でガードするも、今度はその左腕を噛み付かれてしまう。一匹目と同じようにガッチリと噛みつき離れず、更に身動きが取れなくなってしまった俺に対して化物の三匹目が文字通り牙を剥く。


『グルルガゥアアアアアア!!!』

「っ、やめっ、ろぉおおおおおお!!!」


 今度は防げない。それでも俺は喉笛めがけて襲いかかってきた化物に対して、効かないと分かっていながら右手で押し退けようとするというあまりに虚しい抵抗をした。

 そう、ヤケクソじみた行動。自分でも無意識のうちに出た行動。だからこそ、俺は次の瞬間に何が起きているのか分からなかった。

 辛うじてわかったのは、花火のような衝撃音と眩い光が一瞬だけ発せられたこと。それと同時に、一滴の水が瞬時に蒸発したかのような音が聞こえたこと。そして俺の眼前からは、化物の一匹が跡形も無く消滅していた。


「──えっ?」


 本当に、何が起きたのか分からなかった。

 数秒前まで至近距離にいた化物が、鳴き声も発せず、毛の一本も残さず、最初から存在してなかったかのように、跡形もなく消えていたのだ。

 噛み付いて身動きを封じていた二匹もいつの間にやら、何かに驚いたかのように離れて威嚇し距離を取っている。

 慌てて俺は立ち上がると、噛み付かれた左腕を確認する。必死に抵抗していたせいで痛みを感じている暇もなかったのかもしれないが、流血どころか穴が開いていたり骨が折れていてもおかしくない。そう思い傷口を見るが──まるで何もなかったかのように俺の左腕はそこにあった。


「……は?えっ?なんで、これ……え?」


 怪我をしたという事実は俺の左腕には残っていなかった。あれだけ強力に噛み付かれたというのに、その痕跡は左腕の衣服に少しだけ穴が空いているという事だけ。そんな自分の身に何が起きたのか分からず混乱する俺を見て隙ありと判断したのか、化物の一匹が再び飛びかかって襲いかかる。

 急な不意打ちに防衛本能で防御態勢を取った俺は、今度は本能的に目をつぶってしまう。腕を前に出しているものの腰が引けており、恐怖から顔を伏せている状態だ。俗に言うへっぴり腰だ。側から見たらあまりにも滑稽すぎるポーズである。

 だがそんな情けない姿の俺に対して、化け物の牙も爪もいつまで経っても届いてこない。代わりに届いたのは、けたたましく何かがぶつかる音と「キャイン!」という犬のような悲鳴だった。

 恐る恐る伏せていた顔を上げ、片目だけで目の前の現実を把握しようと試みると、目の前から数メートル先にある木の根元に何かが──襲ってきたはずの化物が転がっている。

 化物は気絶しているのか死んでいるのかは分からないが、ピクリとも動かない。そして俺自身も、目の前の状況に理解が追いつかず動かない。唯一分かったのは、化物の背後にある木の幹に何かが──おそらくあの化物が衝突したかのような痕跡が残っている事だけだ。


「……なん、だよコレ……」


 三匹いた筈の化物のうち、一匹はいつの間にやら跡形もなく消え失せ、もう一匹は数秒の間に何かに吹っ飛ばされている。残った一匹は少しだけ俺に向かって威嚇すると、身を翻して雑樹林の中へと姿を眩ませていった。

 唐突に起こった襲撃が訳も分からぬままに終息したことに対して俺は安堵したが、同時にまるで理解ができない現状への混乱から思わずその場に力なくへたり込む。


「何が起きてんだ……?」


 考えがまとまらない。思考を整理しようにも脳がパニックを起こしている。現状の物事に対して理解不能・意味不明・解析不可ときたものだ。俺の脳内の処理は既にキャパシティを超えているだろう。

 俺は一度目を瞑り、息を吐き、それから大きく深呼吸をした。

 心臓の鼓動が早い。当たり前だ、理解できない事よりも前に命の危機が迫ったのだから。でも大丈夫だ、動いてはいる。

 手が震えている。だが傷はない。理由は相変わらず分からないが、無傷なら儲け物と思うことにした。

 股間、濡れてない。うん、良かった。ビビって無意識のうちに漏らしていたりなんかしたらあまりにも惨めだった。人に会うのも憚れてしまう。


「……うん、よし、オーケー。大丈夫だ」


 俺はいま生きている。呼吸も落ち着いてきた。環境音も認識できるくらいには冷静になった。相変わらず分からないことだらけではあるが、自分自身が無事だということは分かっているなら今は良いのだ。

 改めて状況を整理しよう。俺は三匹の化物に襲われ、左腕と足を噛み付かれた。衣服に少し穴が開いているところからそれは確かなのどが、どういうわけか傷は無く、痛みもない。

 次に、襲ってきた化物。少なくともあんな生物は地球上に存在しない。そもそも生物と呼んでいいのか分からない程になんだか禍々しい。

 これは悪い夢かあまりにも手の込んだドッキリの可能性だと、歩き続けている間は少し現実逃避していたが、こんなものまで出てきてしまっては認めざるを得ない。ここは俺の知る世界ではない。そしてあのクソ野郎に俺は拉致されてこの状況に陥っている。

 現状、分かることといえば目先の木にあの化物が倒れていることだ。数分経ってもピクリとも動かないし、口元から力無くだらりと舌が出ているところから、気絶ではなく既に死亡しているようだ。襲ってきた相手とはいえ少しだけ可哀想に思えた。


「……ぅっ」


 思わず顔が引きつった。何が起きたのかを確認するために近づいてみたが、化物の胸部の一部が不自然に凹んでいる。確実に肋骨は折れているだろうし内臓破裂か何かが起きていてもおかしくない。何れにせよあまり見たくない状態だった。

 それでも俺は、起きたことを把握するべく目の前の惨状を調べ続けた。化物は胸の損傷以外に特に目立った外傷もない。木に残った痕跡からも察せられるが、とてつもないスピードでこの木に叩きつけられたのだろう。もしかしたら死因は脊椎の損傷かもしれない。

 しかしそんな事が分かっても相変わらず事の解決には繋がらない。この化物はこんな状態になる数秒前まで俺に飛びかかって襲っていたのだ。目を瞑っていたので何が起きたのかは相変わらず分からないが、仮に見ていたとしても理解できたかどうか。

  いや、だが、心当たりがないわけではない。だが考えれば考えるほどあり得ないと思ってしまう。何故なら、それを認めることはつまり、これをやった人物が──


「きゃあぁーーーっ!!」

「……!悲鳴!?」


 先程まで縦横無尽に頭の中を暴れまわっていた考えは、突如として響き渡った女の声に全てかき消された。

 ようやく人と出会える──などど、そんな悠長なことを考えている暇はなかった。気がつけば俺の体は叫び声の方へと全力で走り出しており、確実に何かが起きているであろう現場へ急いでと駆けつけていた。

 聞こえた場所への距離はさほど遠くない。すぐに俺は目的地付近まで辿り着いたようで、草むらから飛び出すように開けた場所へと転がり込んだ。

 前を見れば、先刻、俺のことを襲ってきたあの化物が何者かに向かって威嚇している。一匹だけということはさっき逃げた個体と同じ奴だろうか?いや、そんなことはどうでもいい、重要じゃない。問題なのは今にも襲われそうになっている──あの茶髪の少女だ。

 追い詰められた少女は手に持っている、なにか刃先のついた棒状の物を化物に向けて牽制している。だが、見るからに戦い慣れしていないのだろう。素人目でも分かるくらい握り方も姿勢もおかしく、襲い掛かられるのも時間の問題だ。


「……こっ、来ないで……!ひぃっ……」


 まずい、早く助けなくては──と、俺は思っている。そう、あの光景を見てからさっきから思っているのだ。だが──俺の足は動かない。動いてくれない。

 何も考えずに突っ込んでいれば足は止まらなかっただろう。だが俺は襲われたことの恐怖を思い出し、足を止めてしまったのだ。そして考えてしまった。


 ──無策で突っ込んでどうなる?──


 ──無理だ。勝ち目がない。無謀だ──


 ──そうだ、今ならまだ逃げられる──



 ──あの少女を囮にしよう──



 そんなことを、考えてしまっていたのだ。


 魔が差して足を止めたのは僅か数秒の間だっただろう。だが無意識に保身に走った己の考えに俺は自己嫌悪をし、そしてまるで赦しを請うかのように立ち止まったまま少女の顔を見てしまった。


 瞬間、少女と目が合った。


「ッ──」


 そして目に入る、少女の顔。

 今にも泣き出しそうな顔で、こちらを向いて、搔き消えそうな──けれど確かに聞こえる声で。


「……たすけて……!」


 俺に向かって、そう言った。


「〜〜〜〜ッ!あああぁーーーもうクソがぁぁぁぁぁ!!!」


 自分でも何に対して怒ったのか、もうよく分からない。少しでも屑みたいな思考に至った自分になのか、こっちの事情も知らない少女に対してなのか、襲いかかってくる化物になのか。

 強いて言うなら、こんな状況に陥れた神に対してか。

 突然の叫び声に化物は驚いたのだろう。少女への警戒が薄れ、今度は俺へと威嚇して吠えてきた。

 そして俺はと言うと、何かもう吹っ切れたようにこう言い放った。


「かかってきやがれ犬っコロ!尻尾巻いて逃げんなら今のうちだぞコラァぁぁ!」


 と、威勢良く啖呵を切ったはいいが内心は恐怖と後悔で満ちていた。

 ああ、何故俺はこんな無謀なことをしているのだろうか。見ず知らずの少女を助けようとしたところで、一体俺に何ができるというのか。行動理由は誰に貼るわけでもない見栄なのか、つまらない男の意地なのか、ちっぽけな正義感なのかは自分でもわからないが、とにかく自己満足に見合った行動では無いという事だけは確かである。

 相手は野生の狩人、こっちは有象無象の一般人と見たまんまか弱そうな少女のみ。護衛任務ソロプレイは些か難易度が高すぎる気がする。

 しかし──助けようとしてしまったものは仕方がない。無意識に保身に走ったとしても、身体がそうしろと動いたのであれば、心の何処かで助けることが最善の行動だと俺自身は判断したのだ。今更逃げ出すこともできないのだから覚悟を決めよう。せめて名も知らぬ少女が逃げる時間くらいは稼いでみようではないか。訳も分からず神によってこの世界に連れていかれた俺だが、最期に誰かの役に立って死ねるならそれもまた良いじゃないか。

 そうして少女を狙う化物の意識を逸らすべく、大声で挑発してみたは良いのだが、どうも化物の反応が鈍い。刺し違える気でいる俺より、泣いて怯えている少女の方が獲物としては好都合なのだろうか。

 結果として、化物は俺の挑発を無視して少女に向き直り、脇目も振らずに再び襲いかかってしまった。


「ひっ……!」

「おまっ……!ふさげんな無視すんじゃねぇ犬畜生がぁぁぁ!!」


 慌てて動き出すが、相手は俊足の獣。確実に間に合わない。俺が盾になるよりも先に化物は少女の細い首筋に噛みつき、一撃で首の骨を折り食い千切るだろう。


 ──ああ、ダメだ。これは無理だ。どうやっても間に合わない。ヒーロー気取りで格好つけて結局はこんなオチか。勇者だなんだと神に言われて無意識にそんな気になっていたのか知らねえが、情けないにも程がある。

 つーかあの野郎、何が神様パワーだ。人っ子一人救えないじゃねぇか。神の力っていくらいなら、せめてこの惨劇を止めてみやがれ──


 刹那の時間の中、そんな思いが頭の中をよぎっていった、その瞬間だった。



 この世界の時が、停止した。

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