さまよえるバク
『2017年度アンデルセンのメルヘン大賞』に応募した作品です。
ある森の中に、一頭のバクがいました。バクは突然、ある事に気づきました。
「ぼく、今まで何気なく生きてきたけど、夢を持って何か頑張った事がないような気がするな。」
バクは自分には夢がないのではと思いました。
「みんなどうだろうか、ぼくとは違って何か夢を持って生きているのかな。それとも、ぼくみたいに特に大きな夢がないのかな。」
バクは、一つ考えつきました。
「そうだ、みんなに聞いてみよう。」
と思ったら、もう一つの考えが頭をよぎりました。
「いや、やめておこう。今さら聞くのも恥ずかしいし。」
と思ったら、またもう一つの考えがわいてきました。
「やっぱり、聞いてみよう。」
と思ったら、
「いや、やめておこう。」
と、二つの考えをくり返しながら、あちこちさまよいました。それからしばらくして、バクの考えが一つに定まりました。
「やっぱり、聞いてみよう。このまま聞かずにいたら一生後悔してしまいそうだ。」
バクは決心し、他のバク達に聞いてまわる事にしました。
バクは一頭目のバクにこんにちはと、頭を下げてあいさつをしました。相手のバクも、こんにちはと頭を下げて返しました。
「突然で失礼します。あなたには、夢がありますか?実はぼく、今まで何気なく生きてきて、今ごろになって自分に夢がない事に気づいたんです。」
バクは相手にたずねました。
「夢ですか?実は私もあなたと同じく何気なく生きていて、夢を意識した事がないのです。ただ、今を生きる事で精一杯なのですよ。」
と相手は答えました。
「そうですか、わかりました。」
バクは一頭目のバクに頭を下げて次の相手を探しました。
しばらくすると、二頭目のバクに出会いました。今度はからだの模様が異なる子連れのバクです。
「あの、ぼくには夢がないんです。さっき、他のバクをたずねてみたところ、ぼくと同じく夢を意識していないと言われました。あなたがたには夢があるのでしょうか?」
お母さんバクと子供のバクは、
「わたしはこの子を育てる事で精一杯よ。あなたと同じように夢なんて考えた事ないわ。」
「おいら、大きくなってお父さんやお母さんみたいに、からだに大きくてまっ白な模様が欲しいんだ。それから後の事は何も考えてないけどね。」
とそれぞれ答えました。バクはありがとうと、頭を下げ、また次の相手を探しました。
しかし、どのバクにたずねても、夢なんて考えた事がない、今を生きる事で精一杯だ等、同じような答えが返ってくるばかりです。また、子供においても例外ではなく、からだに大きなまっ白の模様が欲しい、の一点ばりです。
やがて、雨が降り始め、バクは木の下で雨宿りをしました。そして、今までの自分のいきさつを振り返りました。
「そういえば子供の頃、ぼくはお父さんやお母さんのような、からだに大きなまっ白の模様を欲しがっていたな。」
バクは子供の頃に抱いていた夢を思い出しました。
「しかし、今は特に大きな夢を抱く事もなく、今を生きる事で精一杯。」
バクは大人になって夢を忘れていた事に気づきました。また、もう一つのある事にも気づきました。
「でも、それはみんな同じ。」
そして、バクは一つの決心をしました。
「よし、決めた!ぼくもみんなと同じように、今までどおり今を精一杯生きていこう!」
それから間もなく雨があがり、空には虹がかかりました。
「うわあ、きれいな虹だ!まるでぼくの心みたい!」
バクは思わず虹に見とれました。
それ以来、バクは自分には夢がないと、なげくのをやめました。