昼下がりの少女
ねえったら!
待ってよ。
ねえ。
あんたの顔、きれいよね。
あたし見てたの。ずっと見てたよ。気づかなかった?
どこいくの? おしごと?
いくのやめなよ。あたしと遊ぼう。
え、結婚してるの? 早くない?
がきじゃんよ、あんた。
は? 子供いんの。
がきのくせにがき作って、ばかみたい。
なによ。じろじろ見て。
そうだよ、あたしは服なんか着ないよ。
だって、あたしは人間じゃないもの。あたしは化けものだもの。
素っ裸でいて、男を化かすのさ。
あたしはそういうもののけなんだ。
女のなまっ尻を追いかけるのが働くより好きな男を、ほうぼうたぶらかしてまわるんだ。
男が食いついたら、いちんちじゅう追っかけさせて、引きずりまわして。
あたしはそいつの財布で酒をのんで、うまいものを食って。
懐がすかんぴんになった男が、夜ふけにやっとあたしを寝どこに引きずりこんだとおもったら、あたしは煙みたいに夜のむこうに消えてるわけ。
あたしは、そうやってひとを化かすのさ。
ねえ、待ってよ。歩くのはやい。
あたしね、あんたのにおいに覚えがあるの。
なんで? あんた、あたしのこと知ってる?
知らない? じゃあなんで、あたしはあんたのにおいを知ってるの?
ねえ、もっとこっち見て。あたし、あんたの顔がすき。
髪がまっ黒だね。目も黒いよね。
そこだけ夜みたいだよ。あたしが帰る夜みたいだよ。
ねえ、やっぱりあたしはあんたのことを知ってるよ。
今のあんたじゃないよ。前のあんただよ。
あんたは、前もこの国でうまれてたよ。
思いだした。あんた、前はたしか——騎士さまだったよ。
もっといい暮らししてた。いまはなんか大変そうだね。
おぼえてないの? あたしは思いだしたよ。
おぼえてないの? あんたはね、あたしを守ってくれたんだよ。
べつに平気だったけどさ。
あんな大勢で取り囲んだって、どうせあたしに指一本ふれられやしないんだけどさ。
でもね、あんたはあたしを守ってくれたんだよ。
おぼえてないの?
いいよ、もう。別にいい。
忘れてていいよ。あたしが覚えてるから。
あたしが忘れないから。
どうせ、あたしは平気だったんだ。
人間なんかに殺されやしない。
ねえ、あたしの秘密、おしえてあげようか。
あんただからだよ。特別なんだよ。
あたしはね、時計が化けたもののけなんだ。
ふるいふるい、うつわに水をはった時計。ずっとずっとながく生きつづけた時計があたしの正体だ。
誰もあたしを傷つけられないけど、でも。ねえ、あんた、あたしを泣かせてごらんよ。
おお泣きに泣かせて、おわんが空になるくらいに泣かせてごらん。
もし、時計の器がぜんぶ涸れるまで泣かせられたら。
そうしたら、はじめてあたしは消えるんだ。
だから、もしあたしを殺したいなら、あたしを泣かせてごらん。
まあ、できっこないけど!
だって、あたしは馬鹿で、おちゃらけてて、楽しいことだけがすきだもの。
なんでも笑っちゃう。さみしくても笑っちゃう。こわくても笑っちゃう。よわっちい自分がおかしくて笑っちゃう。
でもね、悲しいのはきらいだよ。
ねえ、ほんとにあたしを泣かせたりしたらだめだよ。
悲しいと、ほんとにあたしは死んでしまうよ。
ねえ、お願い。もっとこっちを見てよ。
大きな蝶みたいな目をしてるよね。
春に溶ける氷の柱みたいな鼻をしてるよね。
炎の名前をもらった宝石みたいな唇をしてるよね——
ねえ、あたしはあんたを待ってたんだよ。
あたしは馬鹿だから忘れちゃってたけど。
あんたにまた会いたかったんだ。ほんとうだよ。
なのにあんた、またほかの女とくっついちゃっててさ。
でもね、次こそはあたしが誰よりもはやくあんたを見つけるんだから。
覚えててよね。でも、忘れてもいいよ。
あんたがどこに生まれても、どんな身分になっても。
あたしは必ずあんたを見つけるんだから。
今度こそ、あたしがあんたといっしょになるんだから。
ねえ、そしたらさ、今度こそあんたとあたし、ずっとずっと遊んで笑って暮らそうね。
でも、ね? あんた、真面目しかとりえがないみたいだし。
あたし、ちょっくらばかな金持ちを化かして、あんたと遊ぶお金をこさえておこうか。
なによ、まいんち働いてたら、ろくすっぽ遊べないよ。
それがいい、そうしよう。
あたしね、お城にいってくるよ。あそこはね、とびきりの馬鹿があつまってるんだ。
だれがじぶんより偉いか、じぶんよりだれが偉くないかばっかり気にして、いのちよりもお金がだいじで。そのくせ、馬鹿だからちょっとくすぐるとそのお金をぼろぼろ落とすんだ。かんたんなんだよ。
それがいい、そうしよう。
あたし、じじいどもを騙くらかすのはとくいなんだ。
一晩で身ぐるみはがしちゃって、金持ちから奴隷にまでおちたやつだっているんだよ?
吹かしてないよ、ほんとなんだから!
え、なに、なによ……そんな目しないで。
うそ。うそだよ。そんな悪いことしない。
大丈夫だよ、お城にいっても、金がうなってるやつからおこぼれを掠めとるくらいだよ。ほんとだよ。
うそじゃない。うそなんてつかない。
悪いことなんてしない。もうしないから。
信じて、ねえ信じて。
え、なに……うそじゃないったら。
え、ちがうの? あたしの心配?
ほんとに?
えー、なーに? あたしの心配?
お城なんかで、ひとりぼっちにならないかって?
ばっかだね、いまだってあたしはひとりだよ。
大丈夫だよ、さみしいのには慣れてる。
いつもひとりだったから。ずっとひとりだったから。さみしいのは平気。
だってだって、次こそ、あんたが一緒にいてくれるんでしょう?
なおさら平気じゃない?
今までこんな、だれかを待つことなんてなかったよ。
待っててもいいんだよね?
ねえ、だれかに待っててほしいって、そう言ってもらえることなんてなかったよ。
お願い、ねえ、うなずいて。
待っててもいいよね? 来世でいいの。今のあんたの女にも子供にも悪さなんてしない。ぜったい。誓うよ。
お願い、うなずいて。
——うなずいた?
いま、うんって言った?
いいのね?
いいのね?
ほんとだよね?
あたし、待ってていいのよね?
ふふ。ふふ。
でもねえ、あたしは馬鹿で、お調子ものだから。
すこし自分がしんぱい。お城でにんきものになっちゃったら舞いあがっちゃうかもね。
またあんたのこと忘れちゃって、楽しくやっちゃうかもね?
ふふ。
じょうだんだよ。
今度こそ、あたしはあんたを忘れないよ。
今度こそ、あたしはあんたとしあわせになるんだ。
ふふ。
ねえ、たのしみだね。
今までこんなことなかったよ。
こんなうれしいことはなかったよ。
だれかと約束をするって、すてきだね。
ああ、ああ。
あたし、たのしみだなあ。
あんたを愛せるのがたのしみだなあ。
あんたに愛されるのが、たのしみだなあ——