第六話 ドス黒い何か
――待ち受けていたのは、予想通りの展開だった。
「ぎゃはははっ! お前死んでなかったのかよ!」
「俺ってば早とちりして花瓶を置いてしまっちゃってさ! まっ、悪い悪い、な?」
教室の中、俺の席の上に置かれた花瓶。つまりはそういうことだろう。
クラスの至る所からクスクスと笑い声が聞こえる。この感覚を俺は覚えている。
「…………」
「つーか退院祝いに俺等にご祝儀くれね? 一万でいいからさ」
「ばーかそれって普通は退院した側が貰う奴だっての!」
「だったら今まで相手してくれなかった分の迷惑料でいいだろ! な? 早く財布出せよ」
母親は俺がいじめられていることを知っていた。そしてなんとかして庇おうとしていた。
だがこの瀧谷薫は我慢していたんだろう。親に迷惑をかけないようにと。魔法省というところで一人頑張って働いている母親の足を引っ張りたくないと。
「なんつーか、手に取るように分かるな……」
記憶の共有なんてものはしていないが、仮にこの世界に元から生まれ落ちていたとすれば、この俺が取る行動なんて手に取るように分かる。
「それよかさ、今朝お前を送っていった女の人教えろよ!? あいつお前の姉か何かだろ? ちょっと仲良くなりてぇって思ってんだけどよー」
「それ! 授業参観の時もお前だけ来てなかったけどよ、まさかあんな美人の姉がいたなんて聞いてねぇぞ! おら!」
しっかしそれにしても――
「――あー、うっさいなぁ」
「あぁん!? お前今何つった――」
「“迸れ”」
――次の瞬間、俺が突き出した右手から雷光が真っ直ぐと放たれる。
「……へっ?」
雷は隣の教室の壁まで貫通し、俺が本来座るはずだった机から一列全てを消し去っていた。
後に残るは真っ黒になった焦げ跡だけで、それだけで圧倒的な破壊力を証明している。
「……どうしたの? 笑えば?」
「えっ? ちょっと、待って――」
「うん? さっきまでの馬鹿笑いはどうしたんだ? ほら、笑えって」
当然、笑えないのは知っている。今まで完全に下に見てきた存在が、いきなり殺傷兵器を持って学校にやってきたようなものなのだから。
「早く笑いなよ。さっきまで俺のこと笑ってたじゃん。同じように笑えよ」
「えっ、今、まっ、魔法――」
「笑わないなら今度はお前を消し飛ばす。それなら笑えるかい?」
そうして今度は俺の隣で一番馬鹿笑いをしていた男の顔面に右手をかざす。すると男は先程の魔法が自分に向けられていると理解できたのか、あるいは恐怖で狂ったのか、ひきつった顔で笑い始める。
「は、ははっ、あははっ! あははははっ!」
「ははははははっ! ほら、何やってんだよ周りも笑いなよ。折角命を張って笑ってくれてるってのに、笑わないならこいつを消し炭にするぞ!!」
恐らくこの男が消されたら、今度はそれが自分に向けられるかもしれない。その意図を瞬時に悟った周りも同じように、明らかな作り笑いの声を発し始める。
「っ!? ……ははは、ははははっ!」
「はは……ははははっ」
「はーっはっはっはっは!! ほら、大声で笑ってみせろっての!! ――“吹き飛べ”ッ!!」
バウッ!! という音とともに猛烈な突風が発生し、俺の隣に居たはずの男が、窓ガラスを突き破って外へと落ちていく。
「う、うわぁああああああああああああああ――」
「……さて、残りの奴等もそれなりの報いを受けてもらうか」
そうして俺は両手を目の前にだすと、ポツリと呪文を唱えてその間に強烈な炎を精製し始める。
一瞬の爆縮の後、教室内はまばゆい光に包まれていく――
「――“消し飛べ”」
次の瞬間、爆風とともに熱波が辺りに襲い掛かり、窓ガラスも何もかもを破壊していく。
「……あぁ、スッキリした」
黒煙が立ち上る中で俺は静かに教室を去り、そのまま気分が悪くなったという理由だけを残して、保健室へ向かっていった。
後になって現場を見た者がいうには、爆発事故でも起こったのかと先生から激しく問われたようで、魔法だという理由では中々納得して貰えなかった様子。
更にこれは後で知ることになるのだが、この一件が俺の魔法の素質が指折りレベルだということを示唆する大きな事件へと繋がっていくきっかけとなっていった。