第四話 認識のずれ
「……いける、いけるぞ」
「あら、いつの間に魔法を使えるようになったのかな? 頭を打ったのが原因だとしたら少し複雑だけど……それに詠唱もおかしいし」
ひとまず基本発音まで試してみたが、余裕でいける。その気になれば竜の息吹とか撃てるだろうが、ここでそれをしようものなら病室なんて吹き飛んでしまうだろうし。
「これならまだ希望があるかも……」
「よく分からないけど、元気になったのなら良かったわ。一ヶ月も目を覚まさないから、お母さんほんとに……ぐすっ」
一ヶ月も寝ていたのか……その間にこっちは百年分の人生を歩んできたわけだけど。
そしてもう一つ気になることが。
「……母さん、もしかして魔法を知ってるの?」
「えっ、何を言ってるの? 流石にそれはお母さんを馬鹿にしすぎよ」
さも当然のごとく魔法を知っている雰囲気だが、そもそも俺の知っている元の世界には魔法なんて存在するはずがない。代わりに科学が発達していて、そういった類いのものは全てオカルトとして片付けられているのが普通だ。
しかし俺の母親は何を今更とでもいわんばかりに、目の前で指をパチンと鳴らしてボウッと小さな炎を生み出す魔法を使ってみせる。
「こう見えてあなたのお母さんは魔法省の職員なんだから。魔法なんて知っていて当然よ」
ここで俺が聞いたこともない用語が飛び出てくる。
「……魔法省って、何?」
俺が知っているのは厚労省とか文科省とか、そういう普通の省の名前だけだ。そういうものだけがあるのが日本という国だ。
少なくともオカルト一つの為にわざわざ省を一つ立ち上げるようなことは有り得ない。
「うーん、魔法が使えるのに魔法省を知らない、覚えていないっておかしな話ね……あなたが今使っていた魔法言語が聞いたことも無いのも気になるけど」
そりゃそうでしょうよ。この世界じゃなくて異世界の魔法を、しかもよりによって向こうでもごく少数の限られた人間しか知らないマニアックな古龍言語を使っているんだから。
「記憶喪失を治す魔法なんて無いし……あったとしても脳に直接作用させるような魔法なんて怖くて使えないし」
さりげなくとんでも発言をしているのを耳にした俺は、思わず冷や汗を垂らしてしまった。
脳をいじるなんてそれは向こうの世界でも禁呪として封印されているくらい非常に危険なものなので、仮にあったとしても止めて貰いたい。
「それに普通科から今更転学なんて……はぁー、お母さん困っちゃうわ」
いや、殆どの高校が普通科の高校でしょうよ。それから転学って一体どこに――
「――魔法科の高校に転学っていっても、県立から国立なんてまず無理だし」
……今なんていった?
「魔法科って……そんなバカげた学科がある訳ないでしょ!?」
「何を言ってるのよ薫。確かに魔法を使う才能が無かったからって荒れていた時期もあったけど、今のあなたは魔法を使えるのよ? だったら魔法科に進んだ方が良いに決まっているわ」
違う、そうじゃない。
この日本という国に、魔法科というふざけたような学科は存在しないことは覚えている。工業科だったり農業科だったり、商業科だったりは知っているが、魔法科なんてものは絶対に存在しない筈だ。
「ん? 魔法科っていうのは――っていうか、実際に通ってみた方が早いかもしれないわね。もしかしたら何かのショックで記憶が戻るかもしれないし」
そういった経緯を踏まえた俺は、その翌日に経過観察という形でそのまま病院を退院することとなった。