第十話 瀧谷薫という男
「……えぇーっと、まさか初日からお友達が出来ちゃう感じかしら?」
かしらじゃなくて、どう考えてもそうは見えないでしょ。
車で乗り込もうとしていた俺と母親の目の前にいたのは、ブレザー姿の同じ年齢くらいの少女。校門前で腕を組み、通せんぼをするようにして大股を開いて立っている。
「……えぇーと、お母さんが話をしてきましょうか」
「いや、俺がしてくるよ」
強気な鋭い視線で睨みつけてくる少女を前に、親に頼るのもなんか情けないし。
「ちょっと悪いけどそこ退いて貰える? 校内に用があって――」
「知ってる。だから通さない」
うーわ、まさか門番代わりとでも言いたいのか。転校生は認めませんってか。
というよりよく俺が転校生だって分かったな……あっ、そうか。普通母親と一緒に学校に来るなんて、高校生にもなって有り得ない話か。
「通さないって……一体何の恨みがあって――」
「恨みもない。ただ気に入らないだけ」
ああ、なるほどね。もうこのパターンは聞き飽きましたよ。
どうもこの俺こと瀧谷薫は、いじめを受けやすい体質にあるらしい。
……今回に限ってはちょっとばかし気の強そうな美少女ってところでプラマイゼロだけど。
「あっそう。じゃあ力尽くで通るけど文句は無いよね?」
「できるものならやってみなさいよ。魔法省のボンボン坊ちゃま」
挑発をするってことはそれなりに自信があるって事か? ならばこっちもそれなりの対応をさせてもらおうか。
「――“耐えよ”」
地鳴りのような言葉を発すれば、俺の身体に一瞬だけうっすらと赤いオーラが纏われる。
「は? 何その濁音だらけのきったない発音。どこの魔法言語よ」
「これから戦う相手に教える訳無いだろ」
ひとまずこれで、都市一つを吹き飛ばすレベルの魔法が飛んできたとしても耐えられるだろう。まあまず有り得ない話だろうけど。
「さぁて、お前の魔法を見せて貰おうか」
「っ、あんたねぇ! 試される側が試してんじゃないわよ!」
そうして少女が懐から取り出したのは杖ではなく――
「――カード?」
「あらあら? その反応、もしかして魔道具を見たこと無い?」
そりゃ見たことありませんよ、つい最近転生したばかりなんでね。
「その程度の知識ならこの魔法で吹き飛ばされるんじゃないの? ――“発火焦”!!」
次の瞬間俺の眼前で炎が弾け飛び、派手な音を立てて爆発を引き起こす。
「えっ!? ちょっと薫!? 大丈夫!?」
流石に生徒同士の殺傷沙汰はまずいと思ったのか、母が車から飛び出してくるが――
「――こんなものか」
いまだに顔の回りを黒煙が覆っていて状況がよく分からないものの、俺はひとまず人差し指を立ててチッチッチッ、と余裕があることを相手に伝える。
「これが炎の魔法? 甘い甘い」
「っ、何だってのよ! だったら今度は――」
「そう何度も自分のターンが回ってくると思うなよ」
黒煙を手で振り払うと、今度はお返しにと俺自身が知る炎の魔法を吐き出す。
「“消し飛べ”!!」
口元に指で作ったわっかを持ってくると、その輪を通して勢いよく息を吹きかける。すると輪を通った空気がそのまま龍の吐く炎の息吹となって前方をなぎ払っていく。
「きゃあぁっ!!」
「なんだ、こんなものか……って、ヤバい!」
俺としては同じ魔法でも軽く息を吹きかけたつもりだったが、予想外にも炎がいろんなところに移ってしまっているようで大事になってしまっている。
「火を消さないと……」
「ちょっと薫!? あなたなんてことしてるのよ!」
流石に母もびっくりと同時にまずいと思ったようで、指をパチンと鳴らして水の泡をいくつも空中に浮かせ、それぞれを炎の元へと飛ばしていく。
「全くもう、いきなり学校に放火なんて、以前のあなたからは想像もできないわ」
「っ、ご、ごめん……」
ともかく、それまで堂々とした様子で立ち塞がっていた少女だったが、気づけば既に腰を抜かした状態でその場にへたり込んでいる。
「というわけで、通らせて貰うよ」
「……認めない、絶対にあんたなんか認めないんだから!!」
うーわ、面倒くさいな。ていうかなんか今更だけど、この負けず嫌いっぷり、どこかで覚えがあるような……。
「ま、いずれ思い出すだろ」
「ほら、行くわよ。女の子と遊ぶのは後でいいでしょ」
そういうわけで、俺はその場にへたり込んでいる少女を残したまま、背を向けて去って行く。
「気が向いたら、また相手してあげるよ」
「むぅー! 何よ! 絶対に見返してやるんだから!」
それは楽しみだ。
多分こうして瀧谷薫はどこまでいこうと、誰かから挑まれ続けられるのだろう。
今までならそれを甘んじて受け入れ、虐げられるのが常。だがこの瀧谷薫はちょっと違う。
「……誰であろうと、かかってきたらいい」
全部倍にして返してやるからな。
それがこれからの瀧谷薫の、俺の人生の生き方だ。
短いですが、ちょっとした異世界転生帰りというものを書いてみたくてここまで書いてみました。彼の物語の続きはまたどこかで、誰かの物語の世界へと繋がるかもしれません。しかし今のところは、ここで完結とさせていただきます。ここまで読んでいただきありがとうございませんでした。