ラブコメ主人公に青春を捧げた俺が【サブキャラ】として後に真の仲間ルートから除外される物語
ある晴れた月曜日。土日の休みもあっと言う間に終わり、また変わり映えのしない学校生活が始まる。
県立富王東高校に通う俺、有馬雄太はいつもと変わらず、1年5組の教室へ足を踏み入れた。
「おはよー有馬!」
「うっす」
同じクラスの男友達から声をかけられ、適当に言葉を返す。
俺の行く先はいつもあそこである。
「翔真おはよう」
「あ、有馬くん、おはよー!」
席でスマホを眺めている同級生橘翔真はあどけない声で挨拶を返してくれる。
何度か言葉を交わしていると翔真が仕切りに欠伸をしていることに気付いた。
「随分眠そうだな。昨日何時にログアウトしたんだよ」
「いやぁ……1時くらいには落ちようと思ってたんだけどね」
「ハマりすぎだろ。だから日曜の夜は日が変わるまでに落ちろって言ってんのに」
同じクラスで以前は共通点が何もない俺と翔真だったが、ある時ネットゲーム【アストラルファンタジー】をプレイしていることを互いに知る。
そこから時間があったら協力プレイをするようになり、自然と会話は増え、日常でも親友同士となった。
「有馬くんは逆に早く落ちすぎだよ。稼げる緊急クエストがあるのに~」
「俺は時間を決めてプレイしてるからな」
違いがあるとすれば翔真はわりとネトゲにのめり込んでおり、プレイ時間も非常に長い。
逆に俺はサッカー部やバイトなど日常生活も大事しているのでどちらかというとライトユーザーだ。
もちろん課金はしないし、する余裕もない。
「小遣い全部課金しやがって……羨ましいっての」
「ガチャ引かないともったいないって思ったんだ……」
翔真の家は裕福で、両親も仕事重視の放任主義らしい。
高校生にしては多めの小遣いをもらっているのが羨ましい。俺が何日もバイトして稼がないといけない額を何もしなくても得ることができる。
橘翔真は特別秀でた所のない普通の高校生だ。顔立ちも背丈も普通、勉強も特段できるわけじゃない。ゲーム知識は一級品だが、言えばそれだけだ。
翔真はぼっちキャラであり、俺以外に男の友人はいない。ゲームの世界では数多くいるようだが、現実ではそんなものだ。だが苦にしている様子はない。
まぁ常にまわりに俺とあの子がいるのだから当然だ。
俺はこう見えてサッカー部のレギュラーで成績も上位、言えばクラスカースト上位の人間と言える。
なので他の同級生からなぜぼっちの翔真と仲良くしているのかと聞かれる。
確かにゲームの件だけなら学校で話す必要はないんだが、橘翔真には何か言葉にできない魅力を感じており……、俺は気付けば翔真の側にいる。
そうそれはまるで物語の主人公かのように……。
考えすぎだな。
「それよりコンビニでアスファンでリアルガチャやってたぞ」
「ほんとに!? 今日の帰りに寄るよ!」
ゲームのことになると目を輝かせて、本当に子供だな。
そんな子供にはこれをやろう。
ポケットに入っていたアスファンのキャラのキーホルダーを翔真に渡す。
「わぁ!」
「コーヒー買ったら当たったからやるよ。どうせ翔真はコンプするんだろ?」
「ありがとう、有馬くん! でもいいの?」
「俺はコンプできるほどの金はねーからな。コンプしたら見せてくれよ」
コンビニで特定の物を買えばアスファンの景品の福引きをすることができる。
それを見て、思わずの特定の商品を買ってしまった。
「有馬くんが【親友】で本当によかった……。ありがとう!」
いつもは買わない種類なんだが、翔真が喜ぶと思って買ってしまった。
翔真に親友と言われて、本当に嬉しかったんだと思う。
ただゲームのためだと寝食忘れてやる癖は何とかした方がいい。
そんなネトゲ命の翔真の生活が破綻していないのはきっと……彼女のおかげだろう。
「翔ちゃん!」
教室の扉を開け、談笑している俺達へ近づく、優しげな顔立ちをした1人の女の子。
翔ちゃんと呼ぶその声には怒気と一緒に優しさが込められており、信頼感を感じる。
「あ、碧」
「あ、じゃないよ! また、遅くまでゲームして……今日という今日は叱るんだからね!」
「そんなに長くは……」
「明け方までやってたらしいぜ」
「有馬くん!?」
びっくりした目で俺を見つめる翔真だが、ここは素直に怒られるべきだと思う。
彼女の名は平坂碧。
隣のクラスにいる、翔真の幼馴染だ。
翔真の隣に住んでいて、幼稚園からの付き合いだそうだ。
口酸っぱくお説教をする平坂に翔真は泣き言を言うように体を背ける。
気付けば……男性生徒の視線がこちらに来ていた。
視線の先は俺達というよりは平坂だろう。
平坂碧はこの富王東高校の中でトップクラスに人気のある女子だ。
家庭的で優しく、すごく可愛い。彼女に恋をし、告白する男は後を絶たない。
ただし、平坂は一度として首を縦にふらない。
その理由はこの翔真とのやりとりで何となく分かるものだろう。理解してないのはこの鈍感男だけだ。
「平坂も説教はほどほどにしろよ」
「もー有馬くんが甘やかすからだよ」
平坂の言葉に俺は手を振って返すことにする。
後ろ目で平坂に怒られて、縮こまる翔真の姿を見つめて変わらない日常に笑みを浮かべてしまった。
◇◇◇
時は自然と過ぎていき秋の涼しさへと変わっていく。
放課後の部活帰りに俺は忘れ物をしたことを思いだし、教室へと戻る。
1つ1つ教室を通り過ぎているのと誰もいないはずの教室で1人、ポツンと座っている女の子がいた。
「平坂、何やってるんだ?」
「あ……」
平坂は俺の姿を見て、遠慮がちに笑みを浮かべた。
何だろうか少し落ち込んでいるようにも見える。
「ごめんね、ぼーっとしていたみたい」
「大丈夫か?」
「私は大丈夫だよ! よくあることだから」
よくあること……。
この時間でその言葉が出るってことは誰かに告白されて、断ったということか。
平坂は優しい子だから良心の呵責を感じているのだろう。
夕日が差し込み教室で平坂は風でなびく栗色の髪をかき分ける。
学年でトップクラスでかわいい女の子がそんな仕草を見せたらどんな男も好きになってしまうだろう。
……話題を変えよう。
「翔真のやつ、またすぐ帰っちまったな」
「そうなんだよ! 前にあれだけ怒ったのに……もう!」
平坂は表情を一変させ、思い出したように怒りを露わにする。
それでいい。俺と平坂の関係は翔真を間に挟んで話すくらいでちょうどいいんだ。
その方が気兼ねなく話せる。
「ご飯を作ってあげてるのにあとちょっとって言って全然2階から降りてこないし、言わなきゃお風呂にも入らないし、おばさんに世話を頼まれてるから……」
「でも、好きなんだろ?」
「うん……ってええええええ!?」
平坂は頷き、少し時を置いて大げさに驚いて見せた。
顔は紅潮し、両手を動かしてごまかそうとする。
平坂碧が翔真を好きなのは初めて会った時から分かっていた。
裕福な家に生まれて、かわいい幼馴染に好かれて、本当にうらやましいやつだ。
「私ってそんなに分かりやすい?」
平坂は両手を頬に当て、動揺しつつもちらちら俺を見る。
「あれだけ世話すりゃ誰だって分かるだろ。分からないのはおまえの幼馴染くらいだ」
「ふわぁ……」
平坂は俺の側まで寄る。
「ぜ、絶対翔ちゃんに言わないでね」
「言わないけど、告白しないのか?」
「今はそれでいいの。翔ちゃんの側にいられるだけで……」
「でも、ネトゲにハマりまくってる今を平坂は良く思っていないんだろ?」
「それは……」
ネトゲにハマったせいで会話も減っていると聞いた。
今の翔真にネトゲを止めさせることはできない。なら……。
「平坂も同じネトゲをやってみたらいい。翔真が今、どんな視点でゲームをしているか歩み寄ったらどうだ?」
「私、ゲームなんてほとんどしたことないし……」
「アストラルファンタジーは初心者オススメのゲームだ。PCさえあればすぐにプレイできるさ」
平坂はまだ躊躇している。ネトゲは初めてだと敷居が高いからな。
アスファンは基本無料のゲームだからのめりこまなきゃ課金も必要ない。
ゲームを買う金のない俺も伯父からもらったノートPCで無課金で遊べるのはありがたい。
「俺が教えてやるよ。翔真と遊べるくらいまでは付き合ってやる」
「え?」
「俺も翔真が心配だしな」
平坂の表情が変わり、期待に満ちた視線を向けられる。
「本当!? 有馬くん、ありがとう」
ま、平坂みたいなかわいい女の子と話せるならありなのかもしれないな。
「有馬くんは優しいね!」
この時、平坂に対して胸がときめいてしまったことは今でも覚えている。
◇◇◇
16歳になって初めての冬。
この冬が終われば高校1年生もまもなく終わり、2年生になるのだろう。
ネトゲにハマって私生活が乱れ気味の親友橘翔真に寄り添うために翔真の幼馴染である平坂碧のフォローを行うことになった。
長年、幼馴染を想う平坂の意思は固い。
翔真のために想いつづける姿に感銘を受けたし、助けてあげたいと心の底から思うようになっていた。
「今日から私もアスファンデビューだね」
「昨日言ったとおりちゃんとゲームはダウンロードしてインストールしたんんだよな」
「うん、家にノートパソコンがあったからそれにネットを繋いでやってみたよ」
放課後、駅の近くのコンビニで平坂と話して確認をする。
アスファンの上級者の翔真に初心者のままで近づいてもあまり感心を得られないかもしれない。
レベル差がありすぎると一緒にプレイできるクエストが限られてしまうし、上級者が初級者に時間を費やしてしまうと不興を買う可能性だってある。
なので俺と同じくらいまでレベルあげていれば今のアスファンのコンテンツであればどのレベル帯のクエストも参加することができる。
一ヶ月くらいあればここまで成長することができるはずだ。
「翔ちゃんと有馬くんはいつもこのコンビニで話してるよね」
俺と翔真は同じ駅が最寄となるが家自体はかなり離れている。
なので一緒に学校へ行く時はここで集まって、電車に乗って、通学するのだ。
ここで翔真とコンビニのホットコーヒーを飲みながらアスファンの話をするのが日課になっている。
たまに翔真が寝坊して、俺が1人で通学するのもお約束の1つだ。
「朝のコーヒーは最高だぞ。平坂もどうだよ」
「私、砂糖いっぱいじゃ無いと飲めないんだよね〜。それにカフェオレってホットコーヒーより高いじゃない? 翔ちゃんと違って、私はおこづかいそんなにないもん」
平坂はそんな風にあどけなく笑う。
秋風でなびく、平坂の栗色の髪が俺は好きだった。
髪をかきあげる仕草の一挙一動から目が離せなかったんだ。
平坂と雑談が何より楽しく、平坂と話せるこの日常が何よりも尊かった。
家に帰ってから平坂とボイスチャットしながらアスファンのプレイを進めていく。
翔真に気付かれないように俺もサブアカウントを作って、平坂を鍛えあげた。
平坂は名前が碧のため【ミリー】と名付けた。ちなみに翔真は【ショウ】である。
最初は非常に苦労したが、慣れてくると平坂もちゃんとネトゲ内で動けるようになっていく。
こうやって2人で話ながらプレイして分かったことがある。
平坂の声はとても可愛かった。
面と向かって話す時よりもなんだか声の通りがよく学年一とも呼べる人気の女の子を独占できる優越感が大きかった気がする。
平坂と話をすることが楽しく、耳心地の良い声に癒やされていくのがよくわかった。
俺は週に2、3度くらいしかプレイをしないのだが、平坂がプレイできる日は例え部活やバイトで疲れきっていてもボイスチャットを起動し、彼女を支援したのだ。
思えば、この時、間違いなく俺は平坂碧に恋をしていたのだろう。
そしてもう1つ分かったことがある。
平坂から話される話題は常に翔真のことばかりであった。
幼稚園、小学校、中学と……ずっと一緒に育ってきたことが分かる。
親友として翔真の話を聞くことは楽しかったが……翔真のことを話す時の平坂の声が一番……心地よく、愛に溢れていたことが少し複雑だった。
俺が平坂を好きな以上に、平坂は翔真のことが好きなんだと思い込まされた。
そして1ヶ月が過ぎ、平坂が最上級クエストに参加できるようになったので俺と翔真のボイスチャットに平坂を誘うことになった。
実際に誘った時、予想通り。翔真はびっくり驚いていた。
「え!? 碧もアスファンを始めたの!?」
「そうだよ。これで翔ちゃんと一緒にプレイできるね!」
「翔真も少しは落ち着けるか」
「うー! でも、碧と一緒にプレイできるのは嬉しいよ!」
「ほんと? やったぁ!」
俺と話す時よりも数倍嬉しそうな平坂の声に胸がちくりと痛む。
もともと翔真のためにこのアスファンをプレイし始めたんだ。仕方ない。
平坂は翔真のことが好きなんだから嬉しそうな素ぶりを見せるのは当然のことだった。
3人でプレイしていく内にボイスチャットの声にノイズが入り始める。
そうする内に翔真のボイスチャットから平坂の声が聞こえ始める。
「もしかして……翔真の家に平坂がいるのか?」
「うん、私ノートPCだから翔ちゃんの部屋に持ってきたの」
「僕の部屋は無線の強度も高いからね。よし、3人でクエストに行こう!」
「おー!」
翔真の声に合わせて、平坂が呼応する声が聞こえる。
それからも翔真と平坂が小さく談笑している声が耳に入ってくる。
チャット上ではなく、直接会話しているから内容が入ってこないのだろう。
イチャイチャしやがってと感じてしまう。
幼馴染同士。その歴然とした差、絶対的な壁がそこにはあった。
でも、疎外感を覚えだからといって嫉妬で狂うこともない。
なぜならこの1ヶ月に聞いたきた平坂の声より、今の翔真と一緒にいて楽しむ平坂の声の方が何倍も魅力的に感じたからだ。
そこで俺は理解した。俺は平坂が好きなのではなくて、翔真を好きな平坂が好きだったのだ。
翔真の横に平坂がいて、より好きになれるように思えた。
その可愛く、翔真だけに振りまく優しさは翔真以外には振りまいて欲しくないと思うくらいだ。
だから、これでいい。
◇◇◇
そして、ある時、平坂からこんな連絡が来た。
「翔ちゃん、風邪を引いたみたい」
「どうせふざけた格好したまま寝落ちしたんだろ。稼げるクエストが夜中の2時にあったからな」
「有馬くん、もうすっかり保護者だね……」
12月も過ぎた冬に翔真は風邪を引いて学校を休んだという。
翔真の両親は平坂に任せてあっという間に仕事にいってしまったらしい。
「学校終わったらすぐ帰るね。翔ちゃん、看病はいらないって言ってたけど絶対心細いと思うし」
「俺も手伝うよ。熱の時は人が来てくれると嬉しいもんだ」
両親が放任主義だとこういう時に頼りになってくれない。
悪い人たちではないんだが、高校生といっても俺達はまだまだ子どもだ。甘えたい時だってある。
俺は自分の家に寄ってから翔真の家へ向かうことにした。
平坂は直で行っているのでおそらく先に到着しているだろう。
俺が来ることが分かっていたのか翔真の家の鍵は開いていた。家に来たことは何度もあったので、気にすることなく中に入ることにした。
一階のリビングや台所には誰もいなかったので2階の翔真の部屋に平坂はいるのだと思う。
階段を上がり、ゆっくりと部屋の様子を覗き込む。
「あっ……」
眠っている翔真の手を平坂は両手で握っていた。
愛情深く、想い人に捧げる優しさであることがその様子で感じ取れた。
平坂の表情は慈悲深く、とても美しかった。
あんな顔を俺には絶対してくれないのだろう。
翔真だけにしか見せないあの表情を崩したくないので俺は一時撤退することを決めた。
時間潰しのために薬局へ行き、力が入るようにプリンやスポーツドリンクを大量に購入する。
複雑な胸中のざわめきが消えない。
理解はしていても、あの笑顔を受けられる翔真が羨ましく感じてしまう。
頭を振って、そんな雑念を振り切り、翔真の家へ向かった。
もう一度、2階にある翔真の部屋へ向けて階段を昇る。
「ごめんね、碧……いつも迷惑をかけて」
「もう、今更だよ。翔ちゃんは私がいないとダメなんだからね!」
「汗は拭えたと思うし、服を着るね」
「待って……。もうちょっとだけ、このまま……このままで」
翔真は目が覚めたみたいだが、なんというか部屋に入りづらい雰囲気になっていた。
汗をかいた翔真の体を平坂が拭いているのだろう。
なんか、2人が無言になり、ただタオルで拭く音だけが聞こえる。
ふぅ……。
「よう! 翔真元気か!」
「あっ!」「有馬くん!」
その後の動きは対照的だった。
戸惑った顔していた翔真は俺の姿を見て、表情を明るくさせる。
代わりに平坂は赤く頰を染めた顔を見られまいと手で顔を隠して、部屋から立ち去ってしまった。
「どうしたんだ平坂は?」
「分からないよ。なんかいつもの碧と違う感じがして……何て声をかけたらいいか分からなかった」
やはりまだ平坂の想いは翔真に届いていない。女を見せたことに戸惑いしか感じていなかったようだ。本当に鈍感野郎に恋すると大変だなと思う。
スポーツドリンクやプリンを翔真に食べさせて、再び寝かせることにした。
その後、部屋を抜け、一階の台所の椅子に座り込む平坂を見つける。
「翔ちゃん……何か言ってた?」
「何も。少なくとも平坂の好意には気づいてなかったぞ」
「そ、そうなんだ」
平坂は安心したように大きく息を吐いた。
「あのまま抱きしめたらよかったんじゃないか?」
「そんなの出来ないよ! 翔ちゃんには……変な女と思われくない」
幼馴染という絶対的な立場なのに、平坂は日常を変えることにひどく怯えている。
好きだ。告白したい。そんな気持ちはあるのに一歩踏み出せないんだな。
「有馬くん、私……どうすればいいのかな」
「そうだな……」
困った顔を見せる平坂に対して、間違ったアドバイスをすればきっと翔真への気持ちは離れていくのだろう。だけどそれはしたくない。平坂には翔真を好きになり、翔真がその恋心に気づいてほしい。
俺は2人が結ばれる様を見たい。例え、失恋したとしても見たいと思う。
「翔真は平坂のことを昔からの幼馴染としか見ていない。その意識を変えて行った方がいいと思う」
「それは……どうすれば」
「……ボディタッチを増やしてみろ。今のままでは平坂は世話好きの幼馴染でしかない。その枠から抜け出せるようにするんだ。大丈夫、平坂ならやれるさ」
こんなに可愛いんだから……。
男であれば嬉しくないわけがない。
翔真は平坂を母親変わりに思っているところがある。そこを変えてみればいいのかもしれない。
「上手くいくのかな」
「どうだろうな。やってみる価値はあると思う」
平坂は大きく頷き、立ち上がった。
「うん、やってみる。有馬くん、本当にありがとう。いつも親身になってくれて嬉しいよ」
「まっ、翔真も平坂も友人だからな。力になってやりたいとは思う」
「翔ちゃんと上手くいったら絶対絶対、有馬くんに報告するからね!」
そうか、その時は俺の失恋確定だな。
それから平坂はちょっと攻める方向性を変えて、翔真にアプローチをしていった。
超絶鈍感の翔真にはなかなか効かなかったが、それでも根気よくアプローチした結果、翔真が平坂の前で着替えたり、親にするようなワガママをすることは少なくなった。
異性として少しは意識するようになったと思う。それでもまだまだだとは思うが……。
それでも少しずつ進展していっているのは好ましいと思うだろう。
そんな時、翔真の風邪が移ってしまい、俺も寝込んでしまうことになる。
学校を休み、共働きの両親を心配させつつも仕事へ行かせた。
俺は……一応翔真と平坂に風邪で休むという連絡を入れる。
その連絡で何かを期待したつもりはないが、友人として心配させたくない気持ちがあった。
連絡してすぐ平坂から返信が来た。
「大丈夫? 何か困ったことがあったすぐに言ってね」
「ああ、微熱だから問題ない。移すとまずいから……」
「そう? 本当に困ったら言ってね」
そんなやりとり少しで会話は終わる。
翔真にいたっては風邪で寝込んでる有馬くんの分までアスファンの素材を集めるよ。今度冒険行こうって返信が来た。
正直、斜め上の返信にびっくりしてしまったが橘翔真はこういう人間だったなと改めて思う。
俺は1人、ベッドの上で寝て過ごす。
1人で体を拭き、汗を拭う様もなんだか寂しさを感じてしまう。
「誰も来るわけないよな……」
素直に誰か来てほしいと願うべきだったのだろうか。
でも翔真の時はあいつが望まなくても俺や平坂が向かった。
だったら、俺が望むことはワガママでしかない。
おそらく、風邪のお見舞いに誰かが来てくれるのはきっとその人に徳があるから。
きっと平坂が風邪で休んだら、俺や翔真が彼女を助けるだろう。
平坂は優しく、聡明で皆から愛されている。
翔真だって平坂に愛され、俺も友情を感じている。だから皆から看病される。
俺のような何もない人間には妥当な結果なのだろう。
これが普通なんだ。風邪の時は1人で過ごすもんだ。
何もない人間が好きな人に看病してほしいなんて思うのは傲慢なんだよ……。
でも本当言うと……誰かに来て欲しい。病気で弱気になってしまっているからこそ、そう感じてしまう。
◇◇◇
高校2年生になった俺と翔真、平坂の生活は変わらない。
俺はバイトや部活に勢を出し、平坂も文芸部で活動しながら、翔真のお世話をしている。
そして翔真はアスファンのプレイで廃人一歩手前。お小遣いを全て課金にまわして、学校から帰ったら即時プレイしている。
本人曰く、学校が休憩時間らしい。
効率とか最強を目指すのではなく、単純にゲームが好きなため俺や平坂のようなライトなユーザーに対して快く一緒にプレイしてくれる。
「有馬くんのおかげで最近、すごく楽しいよ」
休み時間に平坂に声をかけられる。
「翔真のやつ、ちゃんとメシとか風呂とか守ってるみたいだな」
「うん、私がクエストのスケジュールを管理してるからね!」
平坂はえへんと自慢気に答えた。寝る時間はさすがになかなか制御できないようだが、飯や風呂の時間を上手く調整することで家での衣食住はわりと円滑に進んでいる。
その甲斐もあって翔真と平坂、仲は深まりつつあるようだ。
もはや平坂無しで翔真は生きていけないのでは?……と思うまでになっている。
2人の仲が深まっていくのであれば親友として嬉しいものはない。
ただ少しじれったいような気もする。交際するなら交際するで……結果が見たい。
しかし、翔真はゲーム優先だし、平坂は進展を恐れて現状維持。
外野がどうにか言うのは間違っているんだが……平坂を想う気持ちがこのままなのは嬉しくもあり、苦痛でもある。
そんな折り、2年の冬も中盤に差し掛かった頃、翔真にある話を持ちかけられた。
「【エリー】と一緒にパーティを組んだんだ!」
「【エリー】ってあの凄腕ソロプレイヤーか?」
日本でもトップクラスにユーザーの多い、アスファンは日々新しいプレイヤーが増えてくる。
エリーはここ数ヶ月で名を聞くようになったプレイヤーだ。
複数人じゃないと勝てない敵をソロで討伐しており、そのプレイ技術は頂点に位置するのではないかと言われている。
「よく一緒に組めたな」
「うん、やらかして死にかけた所を助けてくれて。エリーってすごいんだよ! 僕もあれくらい上手くなりたいなぁ」
最近の翔真は凄腕プレイヤーのエリーに首ったけだ。
その縁もあって一緒にプレイすることになったらしい。
有名人に出会えたものだろうかと思っていたが、翔真の喜びは親友として俺の方に伝わってくるのが素直に嬉しい。
翔真が喜ぶ顔は……俺も好きだったんだよ。だから俺も一緒にい続けた。
平坂が翔真が好きな理由も納得できたし、お似合いの2人を歓迎したかった。
しかし、状況は3年生になった頃に変わっていくことになる。
同じクラスになった俺と翔真、平坂の教室に転校生がやって来たのだ。
「水野エリスです。宜しくお願いします」
それはびっくりするくらい綺麗な女の子であった。
背中まで伸びたダークブロンドの髪は彼女が異国の血を引いていることを物語っている。
あっと言う間にその美しさは学校中に広がり、連日彼女を見ようと人が押し寄せた。
ただ、周囲の評判と裏腹に水野エリスは壁を作る女の子であった。
気安く声をかけてくる男子、女子共に気を許さず、彼女は孤独の中にいた。
あの容姿なら今まで大変だっただろうなということが容易に分かる。
そんな状況でまさか……翔真が水野に積極的に声をかけようとしていたことに驚いた。
「水野さんはエリーなんだよ! 直接出会えるなんて思っていなかった!」
その理由としてアスファンのリアルイベントで強者だけがもらえる特典キーホルダーを持っていたこと。
キーホルダーにエリーの名があったことが理由らしい。
そんな馬鹿なと思ったが、実際にその通りだった。
そして水野エリスの心の壁を取り払うことができるのはアスファンだったのだ。
水野は唯一翔真にだけ笑顔を見せた。翔真にだけ心を許した。
そして翔真も今まで俺に見せたことがないような表情を水野に向けていたのだ。
驚くことに翔真と水野、2人だけでゲームセンターに行くこともあったらしい。
理由は単純にゲーセンにアスファンのグッズがあったからだ。
ただ……当然この状況が面白くないのが……1人いる。
「随分と落ち込んでるな……平坂」
「有馬くん……。私はおごっていたのかも。翔ちゃんには私しかいないって思いこんでた。そんなはずないのにね……」
翔真はいいやつだ。レベルや装備も圧倒的に高いのにライトユーザーの俺や平坂にも嫌がらず一緒にプレイしてくれる。
だけど、最近は同じ……いや、それ以上のプレイスキルを持つ水野と2人で一緒にゲームをすることが増えてきた。
もちろんこちらから誘えば断ることはないんだが、翔真と水野の仲の良さを見た平坂としては面白くないのだろう。
「水野さん、美人だし……。私なんか」
「そんなことねぇーよ」
自分を卑下する平坂に言葉が荒くなってしまう。
「平坂は幼馴染として翔真とずっと過ごしてきたんだろ? その誰よりも大切な絆を簡単に諦めてんじゃねーよ! 好きなんだろ! 翔真が好きならもっと抗えよ!」
それでも平坂の表情を晴らすことはできない。無力な自分が歯がゆい。
俺は平坂が好きだ。この状況を放置すれば平坂は翔真を諦めるかもしれない。
でもそれは違う。俺が好きなのは翔真のことで笑う平坂の姿なんだ。あの翔真を想う笑顔が好きなんだ。
その笑顔を見られなくなることは嫌だ。
「じゃあ……どうすれば」
俺は一呼吸を置いて、考える。
「下手に引き裂こうとすれば翔真や水野から反感を買うかもしれん。だったら……水野を知ってみればどうだ?」
「知る……? どういうこと?」
水野エリスは学校では翔真としか話をしていない。どうやら同性の友人がいないようだ。
同性に対して怯えている面が見られる。あれだけの美人だから理由は何となく推測できる。
どちらにしろ直接交流を深めるのは無理。鍵はやっぱりゲームだな。
「アスファンを通じて、水野と仲良くなってみろ。人と仲良くするのは得意だろ?」
「うん……。そうだね。水野さんを知ってみる」
「そうだ。もしかしたら翔真と平坂の仲を感じて、身を引く可能性だってあるからな」
「そうかな……?」
平坂の表情は明るいものへと変わっていく。
方向性が分かったことで意思が芽生えたのだろう。
「平坂には翔真との10年、水野に無い絆がある。水野に無いもので翔真にアプローチしてみろ」
平坂は大きく頷いた。
そこで平坂はようやく笑顔を見せた。
「……有馬くんに相談して本当によかった」
「……っ」
「いつもありがと! 有馬くんは本当に優しいね!」
その笑顔は本当に魅力的だった。
……でもその笑顔は俺の心を動かすほどではない。やはり俺に向ける笑顔じゃ駄目なんだ。
やっぱり平坂は翔真とじゃないと駄目なんだよ。
◇◇◇
それから俺が翔真に掛け合って、水野と平坂の4人パーティでプレイすることが増えてきた。
始めソロ活動がメインだった水野だが、引っ込み思案なだけで意外にパーティプレイに抵抗はなかった。
そのおかげで……俺や平坂のことも受け入れてくれた。
やはり話してみないと分からないものだな……。
平坂と水野は同性ということもあり……現実でも会話する機会増えているように見えた。
また放課後、平坂と話す機会を得る。
「水野と話せているみたいだな」
平坂は頷く。
「エリスちゃんすごく良い子だよ! 今度2人で遊びにいくんだ!」
「良かったじゃないか」
これは想定以上の結果だった。平坂が水野に声をかけたことで、逆に水野が平坂に懐いてしまったのだ。
壁を作っていただけで本当は同性の友人が欲しかったのかもしれない。
「翔ちゃんのことではライバルになっちゃけど……。エリスちゃんを嫌いにはなれないね」
それが平坂碧の優しさでもあり、弱点でもある。
翔真にも水野にも……そして俺にも良い顔をする。
本当の幸せはそこではないんだ。現状維持じゃ何も進まない。
それを言うかどうか……迷うな。
「今、凄く楽しいよ。有馬くんともエリスちゃんとも仲良くなれた。本当に翔ちゃんのおかげだね!」
翔ちゃんのおかげ……か。
俺と仲良くなったのも、水野と仲良くなったのも翔真を介してだから間違ってはいない。
だけど……釈然としない気持ちはある。
いや、いい俺の気持ちは伝える必要なんてない。
現状維持のままにするかどうかは平坂が決めることだ。
俺はただ頼られたら助けてあげればいい。
「ねぇ、有馬くん。ゲーム合宿なんて行ったら楽しいよね!」
アスファンのプレイ時のボイスチャットで翔真からそんな話題が出てくる。
水野に平坂、各々の意見がボイスとして現れる。
「じゃあ、行くか」
「おお!」
俺はネットが繋がりつつ、4人で泊まれる旅館を探す。
夏休みを満喫できるように海沿いで、良いロケーションの場所を探した。
そして夏休みが始まり、俺達4人は旅行先の浜辺へ足を運んだ。
「2人ともすっごく似合ってるよ~」
「ありがとうございます」
「えへへ、ありがとう翔ちゃん」
翔真に水着の良さを褒められ、水野も平坂も顔を赤くする。
「ったく女ったらしかぁ、おまえは!」
「えーそんなことないよ!」
昼間の浜辺で俺達は泳いで、騒いで楽しく遊んだ。
ゲームの中だけでは体験できない。現実の遊を満喫できた。
「有馬くん、はいどうぞ」
「お、おおすまん」
平坂にこの浜辺の名物のトロピカルドリンクをもらい、隣に座る。
太陽が平坂の栗色の髪を照らし、その白のビキニが可愛く、直視ができない。
さっきもナンパされてたもんな……。やっぱり平坂はどの男から見ても魅力的だと感じる。
「ねぇ……有馬くん」
「ん?」
「お願いがあるんだ。夜にね」
その平坂のお願いを聞かされ、俺の胸中は少し複雑となる。
複雑になるのもおかしな話だ。俺は平坂を盛り立ててやらねばと気持ちを入れ替えた。
そんな俺をじっと見る……黒のワンピースタイプの水着の……超絶的な美少女。
「なんだよ、水野」
「いえ、何でもないですよ。有馬さん」
その見透かした異国の瞳に俺はどう映ったのやら……。
◇◇◇
「翔ちゃん……」
「碧? どうしたの?」
「ちょっと歩かない?」
翔真と平坂は夜の砂浜をゆっくりと並んで歩いて行く。
これがお昼にお願いされたことだ。
翔真と2人きりで歩きたいという平坂の願いをフォローしてやった。
平坂のやつ……嬉しそうだな。旅行が始まるまでに焚きつけておいてよかった。
これで少し進展するならいいな。
あとは2人に任せて部屋に戻ることにしよう。
「有馬さん」
急に後ろから声をかけら、ドキリとする。
ゆっくりと振り向くと満月をバックにさきほどの超絶美少女が佇んでいた。
ダークブロンドの髪が海風に揺れ、夜だというのに輝いているように強調していく。
「水野」
「……碧ちゃんに告白しないんですか?」
その言葉に心臓が鳴り響き、血圧が一気に上昇したような感覚に陥る。
やはりバレている。鈍感な翔真や平坂はともかく、水野にはやはりバレていたか。
このような質問をするということはそういうことなんだろうな。
「つまり俺と平坂が付き合えば、翔真を独占できるってことか?」
「え、その……ち、違います!」
水野は後ずさりうろたえ始めた。
しまった……。言葉が強すぎたのかもしれない。
だけど、本当にそれを考えているなら水野の評価を改めなければならない。
「私は……碧ちゃんが好きです。転校してきて、1人ぼっちだった私にアスファンを通じて声をかけてくれました」
それを指示したのは俺だけどな。
ただ、それをきっかけで水野と平坂が仲良くなったのは事実だ。
そこは平坂がどんな人にも分け隔てなく優しい女の子だったことが大きい。
「碧ちゃんから翔真さんを盗ろうとした私は嫌われてもおかしくないのに……本当に素晴らしい友達です」
「……それを俺に言うってことは水野はやっぱり翔真のこと」
「はい……好きです」
頬を赤くさせ、小さく好意を声に出す仕草は非常に美しい。恋愛感情をその子に抱いていなかったとしても恋をしてしまいそうだ。
「私、前の学校でいじめられていたんです。だけど、この学校に来て翔真さんが声をかけてくれて……アスファンでもすごいって言ってくれて、大好きになってしまいました」
「そうか……」
「だけど、碧ちゃんのことを考えると……好きって言えなくて……。でも有馬さんが碧ちゃんと付き合うことが出来れば」
「無理だ。平坂は俺を見ていない。それは水野にも分かるだろう」
「でも有馬さんは凄く優しいから。翔真くんにも碧ちゃんにも信頼されて本当にすごいって思うんです」
そうやって褒められると悪い気はしない。
確かに4人で男女2人ずつ……。このまま良い関係になれたら大人になっても続けることはできるかもしれない。
だけど……。
「俺が好きなのは翔真のことが好きな平坂なんだよ」
「つらくないんですか?」
「つらくないよ」
俺は嘘をついた。
でも翔真に向けるあの笑顔を見てしまうと……好意を奪うことができないんだ。
もし例え一時的な感情で平坂を手に入れたとして、翔真と過ごした思い出を簡単に破棄できるものだろうか……。
結果的に本当の愛を思い出されて、4人全員に対して悪い未来になるんじゃないかと思ってしまう。
居心地の悪さに俺も水野も言葉を失うことになる。
俺は基本的に平坂の味方だが、水野に対して悪感情を抱いているわけではない。
だから……。
「9月5日が翔真の誕生日だ」
「え?」
「それぐらいはいいだろ。俺は平坂に肩入れしているからそんなに助けてやれねーけどな」
水野は手を背に微笑んでみせた。
「碧ちゃんの言うとおり、有馬さんはとても優しくて良い人ですね」
「……ふん。まっ、それで俺に惚れてしまっても何もしてやれんけどな」
「あ、それは絶対ないので大丈夫です」
「意外に辛辣だな……」
「ふふふ」
これをきっかけに水野とも仲良くなるのは皮肉なものだ。
それから秋に入り、高校3年生で受験期の俺達のまわりはさらに忙しくなった。
また風邪を引いた翔真のために平坂と水野が2人揃って看病するって言い出す。
料理勝負するってことでなぜか俺が食材の買い出しに買いに行かされて、目当ての食材が売り切れていて、何件もはしごさせられた。
文化祭では他校の男子に目をつけられた水野が危ない目にあって、翔真が水野を連れて何とか抜け出し、
俺が他校の男子を相手にしたこともあった。
その後は何か知らんがアスファンやっている1年の後輩がひょんなことで翔真を好きになって、これに平坂と水野がぶち切れていた。
1年生の女の子がまた可愛く、翔真以外の男子に塩対応だったのが印象的だった。
あとは翔真の遠い親戚の若くて美人の教育実習生が来て、翔真の私生活を嘆いて、家事全般をやるって言い出した時も騒動だった。
いつのまにか翔真のまわりに女が集まり、訳が分からないハーレムを形成しているなと遠目から見ていた。
でもこんなイベントも楽しく楽しくてしかたなかった。
変に巻き込まれて、不幸になることもあったけど、みんな笑い合って……楽しい高校3年の毎日だったのだ。
その中で一番大変だったのは……あの事件だろう。
◇◇◇
12月に入る頃に、1人暮らしをしている水野が東北の実家に戻されそうになった時のことだ。
どうやら水野は資産家の娘で親と確執があったらしい。それで今回、強制的に実家に戻されてしまった。
実家に返される直前、翔真と水野の間では何かしらのやりとりがあり、その結果翔真は大きく混乱することになる。
俺、翔真、平坂が集まり、次の方針を相談し合った。
「行くしかないだろ。水野が俺達と出会って、大きく変わったことを証明してやればいい。行くかどうか決められるのは翔真だけだ」
それでも翔真は足が動かないようであった。実家に乗り込んで、女を奪い返すなんてなかなか出来る事じゃない。
でも……水野はそれを望んでいるはず。それはこの場にいる全員が分かっている。乗り込めば水野を取り戻せることも分かっている。
ただ、それを行うということは翔真は水野を選ぶことに他ならない。
平坂を選ぶというのであれば行くことを止めてしまえばいい。
翔真は新幹線乗り場に向かって歩き始めた。
そうか……そっちに決めるんだな。
平坂も一歩進み、翔真の横へと行く。
「……お願い翔ちゃん。エリスちゃんを助けてあげて……。それは翔ちゃんにしかできないから」
「分かったよ、碧。エリーは僕が必ず連れ戻す。行ってくるよ!」
翔真は覚悟を決め、走り出した……が止まった。
「……お、お金がなかった」
「課金ばっかしてっからだよ! これもってけ!」
俺は財布を取り出し、なけなしの数万を翔真に渡した。受験勉強でバイトも減ってしまったから財布にあるのは預貯金全額だ。
「ありがと有馬くん! 行ってくる!」
翔真はそのままチケット売り場まで走って行った。
言葉を失ったままの平坂に声をかける。
「……よかったのか」
「……うん。翔ちゃんはエリスちゃんのことしか見ていないってことは分かっていたから」
「行かないでって言えば躊躇したのかもしれねーのに」
「できないよ。翔ちゃんもエリスちゃんも私は大好きだから」
平坂は涙目ながらもそんな風に笑ってみせた。
この1騒動が1つの区切りだったのかもしれない。
そして……向こうで決着をつけた翔真は水野の手をつなぎ、俺達の元へ戻ってきた。
この段階で……平坂碧はこの恋に負けてしまったのだ。
翔真は水野を選んだ。平坂は選ばれなかった。
負けてしまった平坂は……どうなる?
俺が側にいて、慰めて、その心を掴んでみせる?
違う。俺が好きなのは……翔真が好きな平坂なんだ。
受験期も終わった2月の終わり。
それは俺の浜山大学への進学もあと少しと迫った時期だった。
俺は平坂を呼び出した。
「翔真に告白しろ。平坂」
「え?」
平坂はあからさまに動揺して見せた。
あの騒動から数ヶ月、平坂が翔真への想いを完全に吹っ切ったのであればこんなことはしなかった。
しかし、平坂は未だに翔真を想い続けている。いじらしく、外野から見ていて苦しくなるほどだ。
全然吹っ切れていないんだ。
「無理だよ。翔ちゃんはエリスちゃんのこと……」
「まだ2人は正式に付き合ってるわけじゃない。それに平坂の気持ちはどうなる。10年以上もずっと翔真が好きだったんだろ!?」
「それは……」
「せめて想いは伝えて来い。成功する、しないはこの際良い。今まで胸にしまってきた想いを叩きつけてやれ!」
「分かった。有馬くん。私、今度こそ好きな人に好きって言ってくる」
平坂は覚悟したように大きく頷いた。
自分で放った言葉は俺の胸にも突き刺さる。
高校生最後の日。卒業式を迎える。
それが終わった後、平坂は翔真に告白をした。
駄目だったら、何か奢ってやろう。慰めてやろう。
そして俺が平坂へ想いを伝よう。
成就することなんて思っていない。平坂が翔真以外を好きになる必要はない。
だけど俺がその気持ちを伝えるんだ。
平坂が翔真に告白をした次の日、俺は平坂と会う。
彼女は……笑顔だった。
「今まで幼馴染としか見ていなかったけど……1人の女の子として見てくれるって。エリスちゃんへの想いもあるからすぐに選ぶことはできないけど必ず答えを出すって」
「……そうか」
「これからは延長戦だね!」
良かった。
いや、良かったんだろうか。
負けていたはずだった平坂は……このことをきっかけに勝ってしまったのだ。
決着はついていないかもしれない。でももう平坂は負けない。
だったら……俺が伝えることは1つ。
「良かったな。本当に良かった」
「……有馬くんのおかげだよ。最後に諦めかけていた私の心を後押ししてくれたおかげ」
平坂は満面の笑顔を見せてくれた。
「有馬くんが友達でよかった。……ずっと私の友達でいてね!」
「ああ」
「有馬くんは浜山市に住むんだよね! 時々帰ってきてよね!」
でもその笑みは翔真に見せるあの笑顔にほど遠いものだった。
俺は平坂に告白できなかった。
「有馬くん」
「翔真」
卒業式の帰りに俺は翔真と一緒に帰っていた。
「碧のこと……エリーのこと、有馬くんが気を配ってくれてたんだね。本当にありがとう」
「それは構わないけど、どっちの女も手に入れたいってそれクズがすることだぞ。僕の翼って言いたいのか」
「ち、違うよ!」
翔真は焦って否定した。
まぁ翔真にそんな甲斐性はない。本当に水野も平坂も大切だからちゃんと選びたいのだろう。
「でもいつかはしっかりと1人を選ぶんだぞ」
「うん、分かってる」
「まぁ……困ったことがあったら俺に言え、力になってやるから」
「ありがとう。有馬くんとはずっと3年間一緒だったね。有馬くんが親友で本当によかった……」
そうやって笑顔で言われると何だか恥ずかしい。
平坂に言われるよりも何か嬉しく感じるのは……俺も翔真のこと好きだってことなんだろうか。
「水野はきっと……家の事情が付きまとってくる。それがきっと大きな厄介となるだろう。そうならないようにしっかり守ってやれよ」
「うん」
「平坂に世話になってばかりじゃなくて、おまえも助けてやれよ」
「うん!」
俺と翔真は拳を打ち付けた。
「これからもよろしくね! ずっと親友だよ!」
「ああ」
翔真も平坂も水野も……俺にとって大事な親友だ。
これからもずっと一緒なんだ!
そう思っていた。
次の12月31日になるまでは……。
そこで全てを知るまでは……。
浜山大学に進学した俺を待っていたのは忙しすぎる日常だった。
裕福ではない家庭で、親に無理を言って一人暮らしをさせてもらっているため、学業にバイトにサークル活動ともはや何の余力も残らない状況が続いていた。
ノートパソコンを今の家に持っていけなかったため、すっかりアスファンにもログインをしなくなり、時々ゲームが恋しくなることはある。
夏休みに入る頃くらいにメッセージを送ったら翔真や平坂、水野は返事をしてくれたため、あいつらと会えない日々も寂しくはなかった。
秋頃からまた忙しくなり、気付けば……12月末になっていた。
帰省で実家に帰った俺は久しぶりにノートパソコンの電源を入れた。
実を言うと秋に入ってからあの3人に連絡を取っていなかったので、久しぶりにログインして驚かせてやろうかと思っていたんだ。
俺はスマホの表紙画像に……卒業式で4人で取った写真を表示させる。
みんな元気にしているだろうか。
翔真は相変わらずゲームばっかしてるんだろうな。
水野はゲーム以外は不器用な奴だったから。意外にとんちんかんなことやってそうだ。
平坂は……幸せでいるといいな。
ほぼ毎日ログインしている翔真が大晦日にプレイしていてないわけがないと思い、さっそく4月ぶりにログインをした。
しかし、今日は珍しく3人ともログインはしておらず、拍子抜けしてしまうことになる。
たまに一緒にプレイをしていたフレンドを見つけたので話を聞いてみる。
「ああ、あの3人なら【トライアングル・クエスト】の方に行ったよー」
「そうなのか?」
「うん、7月くらいにはあっちに移動しちゃったよ」
トラクエ。この6月に始まったばかりの新しいネットゲームだ。
アスファンを止めてそっちのゲームに行ってしまったのか。
夏前に連絡した時はそんなこと1ミリも言ってなかったぞ。
何だか気持ちがどっと抜け、パソコンで各サイトを巡回する。
その時……SNSサイトのタイムラインをぼーっと見ていたら翔真のアカウントらしきものを見つかった。
「え……」
そこには翔真、水野、平坂の3人で撮る写真がずらっと並んでいた。
山へ行った写真、ゲームショーへ行った写真、海へ行った写真。
俺はそんなシーンを知らない。高校時代の写真であれば必ず俺も同行していたからだ。
そして気になる写真リストがあった。
【ゴールデンウィーク、遅くなったけど高校の卒業旅行に行ってきました】
そこには翔真や水野、平坂だけではない。
3年の時に仲良くなった先生や後輩の姿もあった。
当然、俺の姿はない。
あの2人が誘われて、どうして俺が誘われてないんだろう。
写真には中央に翔真がいて、まわりを女達が囲んでいる。
それはまさしく翔真を中心としたハーレムを形成しているかのようだった。
何だよ、これ……。何なんだよいったい。
確かに忙しかった。……でも全部の日が忙しかったわけじゃない。
空いてる日もあった。あれだけ高校生活一緒に過ごしたというのに……1度として俺に連絡は無かった。
夏になる前に何度かメッセージを送った時に……こんなこと何も話してくれなかったじゃないか。
そういえば高校の時も遊びに行く時は全部俺から誘っていたような気がする。
つまり……俺から誘わなければ、あの3人は俺を誘う気はないということなんだろうか。
そういえばあんなに一緒にいたのに……。
一度として俺のバイト先に遊びに来てくれたことも。
一度として俺の部活の試合にを見に来てくれたこともなかった。
翔真が風邪を引いた時、女達の買い出しに付き合わされた時も……俺には何も礼はなかった。
そもそも俺が風邪を引いた時はただメッセージを送るだけで何もしてくれたことはなかったよな。
水野が他校の男子に囲まれた時も褒められたのは連れ出して逃げた翔真だけで、男の相手をし、殴られて、停学になった俺に労りの言葉は何一つなかった。
翔真が水野の実家に行った時に渡したお金は……未だに戻ってこない。バイトで生活費を捻出することも難しい俺に……今も自由に遊んでいるあいつらは何だろうか。
平坂はずっと私の友達でいてって言ってたじゃないか。この1年。少しの疑問を感じなかったんだろうか。
なぁ、翔真。自分が困った時だけ連絡して、それ以外は俺に連絡してくれないのか?
俺はあいつらが困った時にできる限り助けになったつもりだ……。
でもあいつらは俺が困った時……何もしてくれない。
「駄目だ……。こんなこと考えちゃ駄目だ。あいつらと過ごした3年の絆を信じないでどうする。そう……たまたまだ。たまたま悪いことが重なっただけだ!」
翔真のアカウントのSNSのコメントで何かのファイルが貼り付けられていた。
第4回アストラルファンタジーの公式イベントのレポートだった。
そのレポートをクリックするとイベントの決勝戦の詳細がそこには書かれていた。
3人一組となって、クエストに挑み、その時間を競う。
その優勝チームのリーダーのプレイヤー名が【エリー】【ショウ】【ミリー】
そう……そのレポートには水野と翔真と平坂のプレイヤーキャラの姿があった。
3人に対してインタビューがされ、そのコメントが書かれていた。
インタビュアー「みなさんはどのようにして集まったのですか」
ミリー「同じ学校の同級生です」
ショウ「アスファンをプレイしているというのが共通点ですね」
インタビュアー「みなさんはゲームは得意な方ですか?」
エリー「私はソロでよくやっていました」
ミリー「私はまったくゲームが出来なくてアスファンもショウが教えてくれたんです」
インタビュアー「そうでしたか、いつも3人でプレイされているのですか?」
エリー「はい。フレンドは他にもいましたけど、高校が終わったら基本3人で遊ぶことが多かったですね」
ショウ「風邪を引いた時も旅行に行く時もエリーやミリーにも苦労かけっぱなしでした」
インタビュアー「高校生だったらプライベートや学業も大変だったでしょう。そこは両立できましたか?」
ミリー「はい、困ったことはいつもエリーやショウに相談していましたので」
エリー「ショウやミリーにはゲームやリアル、どちらもお世話になっています」
ショウ「2人がいなかったら僕は高校生活は崩壊していたかもしれません」
インタビュアー「では最後に優勝したことをいの一番に報告したい方はいますか? 例えばみなさんの共通の知り合いとか」
エリー「特にないです」
ミリー「いたかなぁ。あ、じゃあ……生意気だけど心優しい後輩とか、ドジだけど一生懸命な先生とかですね!」
ショウ「あの2人はね……。でも、やっぱり僕達は3人で最強最高のグループなんですよ。だから僕達3人の絆に入れる人なんていない。
そう。
僕達3人が【真の仲間】なんです」
インタビュアー「あはは、ユニークな知り合いが多いですね。それでは次は」
「は……なんだこれ」
その資料には3人の仲の良さというものがこれでもかと言うほど書かれていた。
そこには俺のことは1つとして書かれてない。
あいつらの高校生活に俺はいなかったというのか?
もしかして……。
あの3人にとって……俺の存在はどうでもよかったのか?
高校3年間……あれだけ一緒にいて、翔真にも平坂にも水野にもあれだけ相談に乗って手助けをしたのに、何一つとして感じていなかったというのか。
気付けば日は変わって、年は明けてしまっていた。
未だに信じられないワードの数々に……涙すら出てくる。
これは俺が望んだことなのだろうか。
平坂が好きで、3年間想い続けて翔真と結ばれて欲しかった。
平坂が翔真を想う気持ちが大好きだったんだ。
なのに俺はもう見ることができない。
俺はもう……存在を無かったことにされてしまったのだから。
翔真、水野、平坂の3人だけでこの先は進んでいくと……あいつらは決めたんだ。
俺はその中に入ることはできなかった。
多分、平坂が翔真に釣り合う女性になったことで俺の存在意義は無くなってしまったんだ。
俺の高校生活はなんだった。
好きな気持ちを胸にしまったまま……あの3人の手足となって道化となってしまった、
ただ一つ思ったのは親友と思っていた翔真は……親友ではなかったということだけだ。
こんなのあんまりだ。
こんなバカな話があるか……。
俺は翔真を主人公とする物語の使い捨てキャラだったと言いたいのか。
高校生活という役割を終えてしまったから……無惨に捨てられてしまったんだ。
真の仲間に相応しくなかった。
あの充実したと思っていた3年間は……無意味なものだったのか。
そして1枚の写真が翔真のアカウントにアップされる。
最後の望みを託し、その1枚を見る。
そこに映っていた写真を見て、すぐ下のあるコメントを呼んだ。
『明けましておめでとう! 今年もよろしく! 仲良し3人組で初詣です! 3人ずっと一緒だよ!』
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
気付けば……俺は親の制止を振り切って、車を走らせ浜山市に戻ってきていた。
あいつらと同じ街にいたくなかった。胸が張り裂けそうだ。
「あ、有馬くん」
気付けば近くの駅前の歓楽街に来ていた。
「……久山」
違う学科だが同期生の久山だ。同じサッカーサークルで先日まで一緒にゲームをやっていた。
人懐っこくて優しくて、まるで……翔真のよう……。
「そいつ誰だよ」
久山の後ろには数人見知らぬ男達がいる。
確か久山は地元がここだと言っていた。おそらく久山の中学か、高校の同級生だろう。
「えっとね……」
久山は……そのワードを口走った。
「同じサークルの……仲間、いや親友かな」
その瞬間……翔真が頭に浮かぶ。
"有馬くんはずっと親友だよ!"
その笑顔が悔しくて、胃から喉に向け……こみ上げるそれが、正月の夜に吐き出すことになった。
「うぇっ! う゛ぇろろろろ」
「有馬くん!?」
それから俺は友達というワードがトラウマとなり、嫌な思い出がフラッシュバックすることになった。
こんな目に合うんなら高校生活なんて無かったこともそてしまえばよかったんだ。
そして交友関係なぞあるからこんな目に合うんだ。
知り合いさえいなければ友達に発展することもない。
仲良く無ければ……無かったことになどされない。
裏切られることなどない。
そして俺は全ての交友関係を捨てることにした。
それから俺は1人で生きるようになった。
でも本当はあの高校の時のように笑い合ってで生きていたいんだ。
この手を差し伸べて、受けとめてくれる人が……そんな人がいれば……なぁ。
ああ、報われたい。
ここまで読了ありがとうございます。
初めて短編を読んで頂いた方、この続きを今、投稿している
『ラブコメ主人公の真の仲間に相応しくなかった俺が、甘えん坊で口ベタな後輩に出会って報われるまで』
https://ncode.syosetu.com/n5324ga/
の最終盤で掲載予定です。興味ありましたらブクマ、評価などを頂けるとありがたいです。
そして連載中の長編から来ていただいた読者様、短編を再度見直して頂けた読者様
いかがでしょうか。
元々1万文字の短編を約2倍まで増やした物語となりました。
コレに対するざまぁ展開を現在連載中の本編の終盤で起こす予定となります。
イメージだとこの短編は翔真が主人公の物語でエリス、碧の両方を手に入れたハーレムルートって感じでしょうか。
このルートに進むと男のサブキャラは必要なくなるので仕方ないですね。
そんな想いをこめて書いてしまいました。
最後に、申し訳ありませんが本短編の内容を連載版の本編の感想欄で強くネタバレしないようお願い致します。
憤りはこの短編内でお願いしたいと思います。
そのかわり、ブクマ、評価などは短編、本編、両方でして頂けて構いませんというのは半分、冗談として
これからもご支援をお願い致します。
改めて、本短編を散りばめて組み込まれた本編も宜しくお願いします。
ラブコメ主人公の真の仲間に相応しくなかった俺が、甘えん坊で口ベタな後輩に出会って報われるまで
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