◆第十話『あやしい痕跡、なのっ』
翌朝。
俺は再び特務隊の人たちと遺跡内に踏み入っていた。
昨日と変わらず入口から繋がる通路を1つずつ調査していく形だ。
通路はその先でほぼ分岐しているうえ、道中には塵獣も現れる。そのせいで1つの通路を調査し終えるのに相当な時間を要した。
ちなみに負傷者は1人として出ていない。きっと慎重に進んでいることがなによりの理由だろう。俺がいるからか、あるいは元々隊の方針なのかはわからない。ただ、グノンさんが隊員の安全を第一に考えていることは間違いなかった。
訪れた部屋らしき空間はすでに50を超えている。だが、ナノの新形態に繋がる情報はまだ得られていない。そこに俺はわずかなもどかしさを感じたが、不思議と昨日より焦る気持ちを抑えることができていた。
自分でもはっきりとした理由はわからない。ただ、なんとなくだが、昨夜グノンさんと話したことから影響を受けているような気がした。
以降も調査は続き、大きな成果を得られないまま1度休憩を挟んだ。それから再び探索を開始。ある通路の最奥に辿りついたときだった。
「ここは……ようやく当たりを引いたかもな」
グノンさんが先の空間に入るなり言った。
その〝当たり〟が、ナノの新形態に関するものか、塵王教会に関するものか。どちらかはグノンさんの険しい顔つきから一目瞭然だった。
入口の広間ほどではないが、近しい大きさだ。こっちのほうが奥に長く、天井は少し低い。ただ、解放感はあまりない。なぜなら、あちこちに物が散乱しているからだ。
「布……? おそらく服ですね」
「こっちは椅子です。お、硝子も落ちてるな」
「棺っぽいものもありました。中は……なんもないっすね」
手分けして確認しはじめる隊員の人たち。
見たところ原型を留めていないものが多い。どれも荒らされたように壊れている。入寮したばかりの第13学生寮とは違って、本物のゴミが散らかっている様相だ。
俺はそれらを目にしながら、グノンさんに思ったことを口にする。
「なんだか、せっかくの遺跡の雰囲気が台無しにされた感じがします」
「たしかに。この光景を学者が見たら卒倒しそうだ」
「これってやっぱり塵王教会の、ですか?」
「だろうな。どれもそう時間が経ってない」
そばの木くずを手に取りながら、グノンさんが言った。
「ほかでも奴らの痕跡は幾つか見つけてるが、ここだけ異常に多いのが気になるな。それにこの荒れ具合。いったいなにをしてたんだか……」
この遺跡で塵王教会がなにをしていたのか。本来の任務とあって、グノンさんを始めとした特務隊みんなの顔が一気に引き締まっていた。
ともあれ、この場所を本格的に調査することになった。
俺も手伝いたいところだが、素人とあって余計な真似をしてしまいかねない。あちこちに転がったものには触らず、壁面の絵を見て回ることにした。
ここに来てからずっと気になっていたものだ。色あせているものの、違いをくっきりと判別できる。ただ彫られただけのものと違って純粋に興味をそそられる。
「この絵、キスフィのニヴルに似てるな。それにこっちも……」
向かい合って描かれた2頭の翼竜を見つけた。
一方は青、もう一方は赤で塗られている。どちらも神々しいうえに、ほかと比べても丁寧に描かれている。竜を信仰する文明は少なくなかったと聞いたことはあるが……この遺跡を造った文明もそうだったのだろうか。
さらに横を見てみると、ふくよかな胴体を持つ四足獣が描かれていた。牛のようにも見えるが、角がないのでおそらく違うだろう。だとするなら、これはなんの動物だろうか。
そんなことを考えていたときだった。
「な、なの~っ!」
ナノが怯えた声をあげながら駆け寄ってくると、そのまま俺の脚にひっしと抱きついてきた。どうしたんだ、と問いかけながら抱き上げる。
「なのっ、なのっ」
少し離れた先にも損壊した家具や硝子などが転がっていた。ナノが指し示したのは、その中に落ちていたボロボロの黒ずんだ布だ。
「あの布がどうかしたのか?」
「なの~……っ!」
ナノが俺の胸元に顔を埋めてきた。いったいなにに怯えているのか。試しに布のそばまで行ってみたところ、わずかに盛り上がっていることに気づいた。近くに落ちていたちょうどいい木材を使ってそっと布をずらしてみる。
と、俺は思わず息を呑んでしまった。
「これって……」
そこにあったのは骨だった。
おそらく人間の手だったものだ。
肉がないせいでまだ目にしていられる。ただ、部分的に欠損した状態から、元の死体が凄惨な状態であったことは容易に想像できた。
俺の異変を感じ取ったようで、グノンさんがそばまで来てくれる。
「どうした、アル?」
「グノンさん、これを」
「……間違いなく人間の骨だな」
手袋をはめて骨を掴み、確認したのちにそう結論づけるグノンさん。そのまま骨を持ちながら、隊員の人たちに周辺を探るよう指示を出した。すると──。
「こっちにもありました」
「俺んとこも! しかも同じく欠けた状態っすね」
あちこちから白骨化した遺体が発見された。五体満足なものはなく、どれも欠損状態なものばかり。
「どうしてこんな状態で……」
俺は集められた骨を前にしてそう純粋な疑問を口にした。直後、隊員の人たちが骨の欠けた理由について議論しはじめる。
「まあ、頭イカれてる奴が多いからな」
「考えたくはないが、食べてる可能性も」
「さすがにそれはない……と思いたいな」
「でも人肉でなにか儀式をしていたっておかしくないわ」
みんなあっけらかんと話しているが、内容はなかなかに猟奇的というか残酷だ。こういうことを話せる辺り、やはり特務隊は血なまぐさい事件に遭遇することも珍しくないのだろう。
隊員の人たちが議論を交わす中、グノンさんだけは難しい顔で骨をまじまじと観察していた。さっきからその視線は切断部に向けられている。
「グノンさん、なにか気になることでもあるんですか?」
「いや、この切断部がちょっと気になってな。あまりにも綺麗すぎるというか、人がやったにしては──」
先を言いかけた、そのとき。
奥側から「うあっ」と大きな声が聞こえてきた。なにやら1人の男性隊員が足下を確認しながら、俺たちに背を向ける格好で後ずさっている。慌てて立ち上がったグノンさんが声を張り上げる。
「おい、どうした!?」
「それが、なにか黒いものが動いて──うぉっ!」
声をあげながら男性隊員が倒れ込むと、その奥側の床から黒い影が勢いよく噴出。最奥の壁面を覆うほどの巨大なナニカへと瞬く間に変貌した。
「な、なんだあれ……?」




