◆第二話『数日ぶりの再会、なのっ②』
俺は思い出すなり椅子にかけていた荷袋を漁った。幾つかあるうち、最初に取り出したのは白基調の花を模した髪飾りだ。
「はい、ユニカ」
「これって……髪飾り?」
「ぱっと見てユニカに似合いそうだなって思って。あ、でも俺そういうの選ぶの苦手っていうか初めてだから……微妙だったら無理せずつけなくても──」
「ううん、すごく可愛いよっ。ちょっと待っててね。……どうかな?」
早速つけて見せてくれるユニカ。茶色い髪に白色とあってとても目立つ。少し主張が強いかなと思ったが、ユニカ自身の華やかさがほどよく中和してくれていた。結果──。
「やっぱり思った通りだ。似合ってる」
「よかったっ! えへへ……」
はにかんだように笑うユニカ。俺も女の子に贈り物なんて初めてだったので少し照れ臭い。ただ、それ以上に喜んでくれたことがなにより嬉しかった。
「で、こっちがシャディア先輩」
俺は続けて荷袋を漁ってお土産を取り出した。
今度は指2本程度の大きさしかないナノ型人形だ。
「なにこれ、ちびっこじゃない。こんなのもらって誰が喜ぶの?」
「そう言うと思ってたので──」
俺は続けて同じものを取り出し、キスフィに差し出した。
「はい、キスフィ」
「……わたしに? いいの?」
「もちろん。そういうの、好きだろ?」
「まあ、嫌いではないけど」
キスフィが可愛いもの好きなのは寮では周知の事実。いまさら取り繕ったところで無意味だ。なんて突っ込もうと思ったが、やめた。ナノ人形を受け取るや一気に顔を綻ばせたキスフィを見て、すべてがどうでもよくなったのだ。
「ってことでキスフィとおそろいですけど、どうしますシャディア先輩?」
「早く寄こしなさい」
予想どおりの反応で大満足だ。
片手で摘まみ上げながら、まじまじと見はじめるシャディア先輩。その目は険しいままだったが、キスフィとのおそろい要素に勝るものはなかったらしい。
ついには胸ポケットに突っ込んでいた。……胸の圧迫でナノ人形が苦しそうで気になってしまったが、なんとか視界の端から追い出した。
「ロティスにはこれだ」
言いながら、俺はロティス用の土産を取り出した。手首にはめる用の組紐だ。深めの青を主体に差し色のように白を含んでいる。ティリス先輩同様、ロティス自身に華やかさがあるので落ちついた色合いがいいだろうとの判断だ。
ロティスが組紐を受け取りながら、目をぱちくりとさせる。
「ぼくにもいいのですか?」
「王都に住んでるロティスに贈るのもどうかなって思ったんだけど」
「い、いえっ! 買い物なんてなかなかできませんし、それにアル兄様からの贈り物であればぼくはなんでも嬉しいです!」
「願いを込めると、それが叶う頃に切れるらしい。だから、いまの目標、カドリスを大きくすることが出来ればって思ってさ」
「そんなことまで考えてくださっていたのですね。ありがとうございます、アル兄様……!」
ロティスが組紐をはめるやいなや、大事そうにもう片方の手でさすりはじめる。王子に贈るものとしては安価過ぎてどうなのか、と。渡す前は恐縮しきりだったが、こうして喜んでくれているところを見ると、渡してよかったと心底思えた。
「で、レインさんにも」
「わたしにも、ですか?」
「その、なにが欲しいのかわからなかったので、こんなもので申し訳ないですが」
レインさんに渡したのはハンカチだ。給仕服のせいか、綺麗好きな印象が強かったので、そこから連想した形だ。白基調で刺繍も淡紅色の花柄が描かれているのみ。見るからに安物とわかる簡素な造りだ。
「はあ……ありがとう、ございます」
淡々と受け取ってくれるレインさん。正直、喜んでくれているかはわからない。むしろ戸惑っているようにも見える。渡さないほうがよかったかなとも思ったが……それはそれでレインさんにだけ渡さないことになって申し訳ない気がした。
「よかったですね。みんなの笑顔が見られて先生とっても嬉しいです。ふふふ……」
俺がみんなに土産を渡すさまを、シリル先生が調理場からまじまじと見ていた。言葉に反して顔が笑っていないのはなぜか。もしかすると仲間外れにされたことを気にしているのだろうか。だとすれば完全に誤解だ。
「えと、先生の分もありますよ」
「そんな無理して気を遣ってもらわなくても大丈夫ですよ。先生は先生ですから。クレインくんが先生のことを忘れていたとしても、決して悲しんだり恨んだりしませんから安心してください」
どうやら言葉だけでは信じてもらえないらしい。俺は荷袋に残った最後の土産を取り出し、「どうぞ」とシリル先生に差し出す。
「なにを贈ったら先生が喜んでくれるのか想像つかなくて。あと資金的にも余裕がなかったので、こんなものしか買えませんでしたが……よければもらってください」
言って、俺が渡したのは栞だ。少し厚めの紙に描かれた、紫の花々が咲く穏やかな絵。またそれらを縁どる形で刺繍が施されている。
資金的に余裕がないとは言ったが、これしかないと思って少し無理をしてしまった。おかげで以前に働いて得た給金はすべて使い切ってしまった。
「……え、本当にですか?」
「はい、本当の本当に、です」
シリル先生が栞を受け取ったのち、大事そうに胸に抱いた。なにやら目尻には涙らしきものが溜まっている。
「ありがとう、クレインくん。先生、生徒からなにかをもらったのなんて初めてよ」
「さっきも言いましたけど、そんな大そうなものじゃ──」
「ううん、そんなことないわ。だって独身生活23年。初めて男の子からもらったものだもの。それに先生が本好きだってことを知ったうえでの贈り物なんて……もう、どんなコレクションよりも大切よ」
喜んでくれて嬉しい限りだ。
ただ、俺の想像を遥かに超えた喜びようで正直反応に困る。
「あの、先生。所々発言が重いというか……」
「23年待ったのだから、あと2年ぐらいほんの少しですよね」
「せ、先生? 聞こえてます?」
「──あら、ごめんなさい。いま話していたのはもちろん、ぜ~んぶ冗談ですから気にしないでくださいね? ふふふっ」
言って、俺に微笑みかけてくるシリル先生。
その顔は、いままでに見たことがないほど満たされていた。
そんなさまを見てか、ロティスが「シリル先生、とても嬉しそうです。よかったですね、アル兄様っ」と無邪気に声をかけてきた。さらに追い打ちとばかりにティリス先輩から「あれ、本気だよ」と耳打ちされる。
シリル先生は優しくて面倒見もよく、多くの生徒にも好かれている。俺だって普段は好印象しかない。ただ、〝独身〟を気にしているのか、そこに関連した話になると常軌を逸した反応を見せることがあった。まさしくいまがそのときだ。
「さあ、みんな。今日はクレインくんとティリスさんのおかえりなさいパーティですからね。みんな準備を手伝ってくれるかしら?」
すっかり機嫌をよくしたシリル先生がてきぱきと調理を再開。その後、並べられた料理の数々が想像以上に豪華になったのは言うまでもなかった。
とにもかくにも、数日ぶりに帰ってきた第13学生寮。
王都での華やかな暮らしも新鮮で楽しかったが、やはり自分にはこの雰囲気が1番落ちつくな、と。いまも賑やかな光景を見ながら、俺は改めて思った。




