◆第十五話『貫かれちゃった、なのっ』
「そんなのって……」
俺は驚愕に目を見開いたまま硬直してしまった
見えないだけではなく完全に姿を消せる。つまりどんな攻撃も通じないということだ。そんなのずるい、と思わず出掛けた言葉を呑み込みつつ、俺は慌てて指示を飛ばす。
「ナノ、一旦狼形態に戻って分身50体! 本体も狼形態のまま回避優先で!」
分身に紛れて逃げる戦法だ。
後ろ向きな指示だが、いまはなにより考える時間が欲しかった。
「分身に紛れて逃げるつもりか。でも、それじゃボクは倒せないよ。シルヴィ、ひとまず倒せるものから倒していこうか。……アルの魔力量がすごいことは知っているけど、無限ってわけじゃないだろうからね。いつかは尽きて分身も出せなくなるはずだ」
ティリス先輩の言う通りだ。このまま長期戦になれば分身ありきのナノのほうが不利だ。早く打開策を考えなければ俺の負けは確実。
とはいえ、相手は姿を完全に消すことができるのだ。そんな相手にどうやって攻撃を加えれば──。
いや、違う。
俺はどうして敵が〝いつでも姿を消せる〟と思い込んでしまったのか?
よく考えてみれば、ありえないことだ。いつでも姿を消せるなら無敵も同然。そんな圧倒的有利な状況で、ティリス先輩が〝負け〟を気にして学園大会に出ないなんてことは考えられない。
つまり、いつでも姿を消せるなんて都合のいい技ではない。おそらく消していられる時間も決まっている。再使用にも時間を必要とするはずだ。
ほかにも剣が宙に浮いたままだったことも気になる。もしかすると敵は姿を消している間、その場から〝存在〟を動かせないのかもしれない。実際、再び現れた敵は消える前と同じ場所から動き出していた。
もし本当に姿を消している間、動けないのだとすればチャンスはある。姿が消えたことに驚いてしまったが、冷静にまた攻撃しなおせばいいだけの話だ。
視界の中では、宙に浮いた剣が舞台上を動き回るという不思議な光景が映っていた。布が落ちたことで余計に敵の全貌がわかりにくくなってはいる。が、やはり剣の傾きからどこにいるかはある程度把握できた。
敵の剣が振られるたび、ナノの分身たちが消されている。すでに30体以上が倒され、残りは少ない。このままでは本体を特定されるのも時間の問題だ。なら、ここはあえて──。
「ナノ! 護衛10体を出してから王形態に!」
俺は指示を出しつつ、目線で合図を送った。それは事前に決めていた秘密の合図だ。ナノも理解したのか、「なのっ」と応じながら王形態に変形する。またさっきと同じく王形態で動けないナノを、狼形態の分身が背に乗せて運ぶ形だ。
「本体を曝したか。諦めたのか、あるいは最後の攻めに出るつもりか。諦めの悪いきみのことだから後者だろうけど……それじゃまた同じになってしまうよ」
ティリス先輩が《フレイムソード》をシルヴィに付与。少し前と同じように炎の壁を2箇所に作り、ナノ本体の移動を制限してきた。
「また護衛で壁を作って本体を守るんだ!」
「決めるんだ、シルヴィ」
ティリス先輩の冷徹な声に応じ、敵が剣を振り下ろした。渦巻く氷片の奔流がナノに向かって迸り、壁となった護衛たちを瞬く間に凍らせる。さっきとまるで同じ展開だ。そして次の動きも──。
再び剣を振り上げた敵へと、残っていた分身15体が飛びかかる。だが、すり抜けてしまう。予想どおり姿を完全に消されたのだ。しかし、ここで手を止めるわけにはいかない。敵もその状態をずっとは維持できないはずだからだ。
「そのまま止まらずに何度も仕掛けるんだ! 敵は必ずまたそこに現れ──」
そう指示を出し終える前に予想に反した光景が視界に飛び込んできた。剣が弾かれたように動き出したのだ。ナノ本体へと剣の切っ先を向けながら、一直線に飛んでいる。
「そんな……姿を消している間は動けないはずじゃ……っ」
「見事にハマってくれたね。さっき剣を動かさなかったのはわざとだよ」
ティリス先輩からもたらされた事実。つまり俺は、ティリス先輩が仕掛けた偽の情報にまんまと引っかかってしまったということか。
「ナノ、狼形態に変身して逃げろ!」
「シルヴィ、そのまま本体を仕留めるんだ!」
氷漬けになった壁から狼形体のナノと分身が馬乗り状態で飛び出してきた。直後、敵の剣が上に乗っていた狼形態のナノへと一直線に向かっていき、その肉体をぐさりと突き刺す。
「──これで終わりだ」
ティリス先輩が勝利を確信する声を発した、瞬間。貫かれたナノの体がぽんっと愛らしい音をたてて消滅した。トリンケットに戻るわけでもない。ほかの分身が消えるときと同じ現象だ。
「なっ、これは──」
「そうです……いま倒したのは分身です!」
護衛が作った壁の後ろで、ナノ本体と馬乗りの分身を入れ替える形で姿を見せたのだ。ナノの特性上、本体が狙われることは明白。だから、本体と分身を誤認させる戦法を事前に考えていたのだ。
さっき馬役として飛び出したナノ本体は敵のすぐそばにいる。そして敵はさっき姿を完全に消したばかり。おそらくすぐには使えないはずだ。畳みかけるならいましかない。
「ナノ、俺の残った魔力でありったけの分身を作るんだ! そして王形態に変身!」
「なのーっ!」
生成されたのはおよそ200体。度重なる分身生成で全力時には及ばないが、それでも敵を何重にも包み込める数だ。
「いっけ──ッ!」
「なのー!」「なのなのっ!」「なっのっ!」「な~の~っ!」
多様な声を発しながら敵本体に飛びつく分身たち。敵の本体がどんな形をしているのかはわからない。ただ、群がる分身たちのおかげでそこに存在するということだけはわかった。分身たちが、その鋭い爪で引っかき攻撃を仕掛けはじめる。
敵はもがき苦しんでいるのか、宙に浮いた分身たちがぐわんぐわんと動く。
「シルヴィ、迎撃だ! 剣を振ればどこでも当たる! とにかく剣を──」
ティリス先輩が懸命に指示を出し、敵もそれに応じて一心不乱に剣を振り続ける。一振りされるたびに5体程度が消滅していくが、貼りついた数に比べれば圧倒的に少ない。敵から攻撃されることも構わずに引っかき続ける分身たち。
敵に比べれば1撃1撃は弱いかもしれない。だが、あの数だ。敵の姿が見えないせいで確認はできないが……少なくない損傷を与えているのは間違いなかった。
「そんな……」
上向いていた剣の切っ先が、ついには下向きに傾いた。それを見てか、ティリス先輩がか細い声をこぼした。やがて剣は落ちていき、舞台の上で跳ねた。からんと甲高い音に続いて、ずしんと重い音が鳴る。
おそらく敵の本体が倒れた音だろう。
その証拠に宙に浮いていた分身たちが舞台に下り立っていた。
騒がしい分身たちの声が止んだことで静寂が訪れる。俺ははやる気持ちを抑えながらシリル先生を見やると、力強い首肯を返された。
「そこまで! 勝者、アル・クレイン!」




