◆第一話『呑み込まれる世界、なのっ①』
「……やっとの思いで塵獣王を倒したばかりなのに」
「また塵獣を相手にしなくちゃいけないの……っ」
苦々しい顔でそう言い放つティリス先輩とユニカ。
突如として現れた塵界門を前に全員が動揺を隠しきれずにいた。ただ、召喚士としての性か、みんなすぐさま戦闘態勢に入っている。
「しかもあんな大きさは見たことがない。いったいどれだけの塵獣が出てくるか……」
「魔力がほとんど残ってない中で、どこまでやれるか……っ」
そう苦々しく言い放つグノンさんとアニーさん。
俺も塵獣王との一戦で魔力をほぼ使い切ってしまった。おそらくまともに戦えるのはキスフィぐらいだろう。
それでもやるしかない。
全員が同じように覚悟を決めたのだろう。
塵界門を睨みつけながら戦闘態勢に入った。
その直後──。
塵界門から低い唸り声のようなものが響きはじめた。初めはなんらかの塵獣による声かと思ったが、違うとすぐにわかった。
風だ。
塵界門へと流れる風によって起こった音だ。
それを理解したときには風の力が強まっていた。まるで塵界門がすべてを吸い込むかのような勢いだ。実際、周囲の地面やそこに生えている樹々が抉り取られるようにして呑み込まれていく。
「ちょ、ちょっと体が引っ張られてるんだけどっ!」
「このままだと吸い込まれてしまいます……っ!」
近くの岩に不格好にしがみつくドリスと、とんがり帽子を必死に押さえるシリル先生。ほかのみんなも自力では耐えきれないと判断してか、召喚獣の手を借りている。
「この場から離れるんだ! 急げっ!」
グノンさんからそう指示が飛ぶや、全員が慌てて離脱を開始。塵界門の影響範囲が及ばないところまで離脱した。
現在、塵界門との距離は王都の端から端と同じぐらいだ。遠くに見える塵界門の姿がちょうど俺の拳に収まっている。
「地面や樹々がどんどん吸い込まれてる……」
ここからでも塵界門の暴食っぷりは容易に見て取れた。それほどまでに荒々しく周囲のものを吸い込んでいるからだ。
いまはもう瘴気は消えている。
だが、あの塵界門のせいか、映る景色はより終末感が増している。
「……ねえ、いつ止まるのあれ?」
「そんなのわかるわけないでしょう」
ドリスがこぼした疑問に、シャディア先輩がおざなりに返す。
「もし止まらなかったら……」
ユニカが不安交じりにぽつりとこぼした。しかし、それが最悪の未来であることに気づいたのだろう。慌てて両手で口を押さえていた。
「あらゆるものを呑み込んでるんだ。あの調子が続けば、どうなるかなんて決まってる」
グノンさんが塵界門を見据えながら険しい表情で言った。やけに落ちついた声音だ。しかし、だからこそ言葉には説得力があった。
一拍の間を置いて、グノンさんが続きを口にする。
「この世界が終わるってことだ」
身もふたもない言い回しだ。
しかし、それが待ち受ける未来であることを全員が理解しているに違いない。ただ、グノンさんも言ったとおり、それは〝この調子が続けば〟だ。
「じゃあ、足掻かないとですね」
重い空気が満ちた中、俺はそう言い放った。
そんな俺の言葉を待っていたとばかりに、グノンさんが勝気な笑みを浮かべていた。ほかのみんなも絶望に染まりかけた瞳に光を戻している。
「そうね、なんとかして塵界門を閉じないと」
「師匠、塵界門を閉じるには……」
リオンナ先生とシグナス先生の視線を受け、グノンさんが頷く。
「塵界門を呼び出した術者が任意で閉じるか。あるいは術者からの魔力供給が途絶えれば消える。我々特務隊が把握しているのはこれら2つだが──」
「合ってるわ」
そう淡々とした声で言ったのはメアだ。
メアは巫女として塵王教会に深く関わってきた。グノンさんが挙げた塵界門を閉じる手段を裏付けるには充分な情報源だ。
「いずれにせよ、術者が死ねば確実よ」
大したことのないように付け足された手段。そのあまりに直接的な言い回しに、俺を含めた全員が言葉を失っていた。いまの一瞬だけでメアが育ってきた環境の一部がうかがい知れたからだ。
俺は無言でメアの頭を撫でた。
いきなりだったからか、不審がるようにメアが俺の顔を覗き込んでくる。
「……お兄ちゃん?」
「なんでもない。ただ、こうしたかっただけだ」
メアは「そう」と応じたのち、されるがままになっていた。メアから出た思いもよらぬ言葉で別方向に重くなってしまった空気。それを払拭せんと俺は話を戻す。
「つまり、塵獣王を倒せばいいってことですよね」
そう確認をとるように発言した。
直後、困惑の声がティリス先輩とシャディア先輩から飛んできた。
「な、なにを言ってるんだい、アル。塵獣王は倒したじゃないか」
「そうよ、あなた自身が倒したでしょう」
口には出さないものの、ほかの人たちも同じことを思っているようだ。ユニカとドリスに至っては勢いよく頷いている。ただ、誰もかれも〝塵獣王を倒した〟と信じたいという気持ちが見て取れる。
親父とグノンさん、オリヴィアさんだけはなにかを感じ取っているのか。険しい表情で俺の言葉を待っているようだった。
俺はゆっくりと首を振ったのち、ティリス先輩たちに伝える。
「いえ、塵獣王は生きてます」
俺の態度が嘘を言っているように見えなかったからだろう。先ほどまで緩んでいた空気が引き締まったのを感じた。俺はナノを抱き上げたのち、話を続ける。
「卵型を破壊したあとも、ナノは塵獣王の存在を感知しているようでした。そしてさっきも……おそらくあの塵界門の先に塵獣王がいるんだと思います。だよな、ナノ?」
「なの! なのなの!」
そうだと言わんばかりに両手をあげたのち、必死に頷くナノ。
あれほどの規模の塵界門だ。
術者は塵獣王で間違いないだろう。
つまり、塵獣王を倒すことでしかあの塵界門を解くことはできない。そして塵獣王は、あの塵界門の中にいる。
だとすれば、残された手は1つしかない。
俺は「だから」と話を継いだのち、ナノを肩に乗せながらみんなに宣言する。
「俺が……俺たちがやります。塵界門の中に入って塵獣王を倒します……!」




