◆第七話『上級エンチャントは凄い、なのっ②』
ティリス先輩から鋭い視線とともに声が飛んできた。
反射的に身を隠してしまう俺とナノ。だが、よく考えてみれば隠れる必要はないことに気づいた。俺はナノを抱きあげて茂みから顔を出す。
「お、俺ですっ」「な、なのっ」
「なんだ、アルとナノくんか……びっくりしたよ」
「すみません。驚かすつもりはなかったんですけど、なんか声をかける機会を失っちゃって……」
ティリス先輩の訓練姿に見惚れていたというのが本当のところだが。ともあれ、ティリス先輩は怒るどころか、まるで意に介していないようだった。
「一応、これでもか弱い女の子だからね。身の危険を感じたよ」
「か弱い……ですか」
「ん、なんだい? 含みのある言い方だね?」
「もちろん冗談です」
とはいえ、先輩の召喚士としての実力を考えれば、か弱いとは言えない気がする。もちろん、それを言うなんて野暮なことはしないが。俺は闘技場のほうへと向かう。
「上級エンチャント、使えたんですね。すごいです」
「まあ、ね。どうやら得意みたいなんだ」
「でも納得です。先輩以上に綺麗な紋様を描ける人、見たことなかったですし」
「おだててもなにも出ないからね」
「それは残念です」
会話中、ティリス先輩がシルヴィを労ったのち、トリンケットに戻していた。俺は舞台に辿りついたのち、辺りを見ながら問いかける。
「ここって使ってもいいんですか? 普段は使っちゃだめだってシリル先生から聞いていたんですけど……」
「早朝限定だけど使用許可はとってあるから大丈夫だよ」
「へ~、今度俺もお願いしてみようかな」
もうすぐ学園大会も始まる。
試合を想定して訓練できるのはとてもありがたい。
「そうするといい。ボクに遠慮する必要はないからね」
「あの、一緒にするとかどうですか?」
「いいね。でも、今日の訓練はもう終わりにしたからまた今度にしてもらおうかな」
「はい、そのときはお願いしますっ」
「うん。じゃあ、そろそろボクは寮に戻ろうかな。もしよかったらここ使っていくといいよ。少しぐらいなら大丈夫だと思うし、きみに譲ったってボクからシリル先生に伝えておくよ」
そう言い残すや、手を振って去ろうとするティリス先輩。その背中に向かって、俺は気づけば「あの、先輩!」と声をかけてしまっていた。次いで自然と口から言葉が出てしまう。
「昔、先輩のお父さんは大会に出ていたんですよね」
ティリス先輩がぴたりと足を止めた。
振り返って怪訝な顔を向けてくる。
「どうしてそれを……シャディアだね?」
「ち、違います! 自分で調べて──」
「大丈夫。怒ってないから。まったく、シャディアは……」
言葉通り怒ってはいないようだが、呆れられてしまっていた。すみません、シャディア先輩。そう胸中で俺が謝る中、ティリス先輩が大きなため息をついていた。腰に手を当てながら、少し困ったような顔を向けてくる。
「きみの思っている通り、参加しちゃいけないなんて決まりはないよ」
「じゃあどうして参加しないんですか?」
「ボク自身の問題だよ。ただ、大会に出たくない。それだけの理由さ」
淡々とした言葉だった。顔からも感情が読み取れない。だから、余計に嘘臭い感じがしてならなかった。俺は両手に拳を作りながら、訴えかけるように言う。
「でも、あんなに楽しそうに訓練していたじゃないですか」
「たしかにボクは召喚獣を鍛えることに楽しさを感じている。だが、だからといって召喚獣同士を戦わせることも楽しいと感じるとは限らないだろう?」
たしかにその通りかもしれない。だが、先の訓練光景を思い出せば思い出すほど、先輩の言葉が信じられなかった。なにより先輩の訓練は相手がいることを想定していた。ただ鍛えるだけが目的なら、それは必要ないはずだ。
「そう、かもしれませんけど……召喚獣同士で戦えばどれだけ強くなったかわかりますし、それに勝てば一緒に頑張った喜びを味わえて──」
「アル」
静かながら、ふんだんに感じられる怒気。見れば、いつもの優しい先輩の姿はそこになかった。わずかに眉根を寄せ、こちらを威嚇してきている。
「きみのことは気に入っている。だから、これで最後だ。この件に関してはもう首を突っ込まないでくれ」
「……ティリス先輩」
一気に重たくなった空気の中、ナノが俺と先輩を交互に見やって心配そうに「なの……」とこぼしている。
俺が一向に頷こうとしないからか、ティリス先輩がしびれを切らしたように再び背を向けた。そのとき──。
「こんなところにいらしたんですねっ!」
どこからかそんな溌溂とした声が聞こえてきた。声の出所──さっき俺が隠れていた茂みのほうからだ。見れば、そこに1人の子どもが立っていた。
歳は10歳前後か。パンツを履いて少年のような服装だが、後ろで結んだ髪もあって性別はどちらにも見える。たしかなのは身なりのよさが感じられることだ。
「どうしてここに……」
「姉様っ!」
唖然とするティリスに先の子どもは駆け寄っていくと、勢いよく抱きついた。頬をすりつけてとても嬉しそうだ。
俺は突然のことに混乱していた。2人の言動からして知り合いなのは間違いないだろう。それに子どもが放った〝姉様〟という言葉。
「えと、先輩。その子は……」
俺が疑問を口にすると、ティリス先輩が呆れたように息を吐いていた。そのまま困ったように笑みを浮かべながら、子どもの頭を優しく撫ではじめる。
「ロティス・リオ・ウィスタール。……ボクの弟だ」




