◆第四話『アルの父親、なのっ』
「……もう決めたんですね」
「はい。俺、どうしてもグランドマスターになりたいんです。だから……」
1階の居間で茶を楽しんでいたシリル先生に俺は再契約の意思を伝えた。周囲は相変わらずシリル先生の収集品で彩られていて、どこか間抜けだ。ただ、空気はとても重たいものになっていた。
シリル先生が口から放したカップを置いた。
かんっと静かに音が鳴る中、まなじりを下げながら話しだす。
「勧めた身で言うのもなんだけど、初めての召喚は召喚士にとってとても印象的なものです。きっと再契約したあとも記憶に残ると思います。それでも、いいのですね」
小人のことが嫌いなわけではない。
むしろ守ってあげたくなるような愛らしさがあるぐらいだ。
シリル先生の言うとおり、べつの召喚獣と再契約したあとも何度も思い出すに違いない。そのたびに罪悪感にさいなまれるだろう。だが、それでも決断しなければならない。すべては目標のためだ。
「……ひとつだけ。どうしてそこまでグランドマスターに執着するのか、理由を訊いてもいいですか?」
内緒にする必要はない。ただ、色眼鏡で見られたくないという想いから他人には話していないことがひとつだけあった。
「ウィーグ・レクスヴェルって知ってますか?」
「え、ええ。もちろんです。初めて三大大会を完全制覇した、至上最強と名高い召喚士ですから。ずっと前に行方をくらましたって話でもう最近は聞かなくなってしまいましたが……あの方がどうかしたのですか?」
「俺、そのウィーグの子なんです」
そう伝えた瞬間、シリル先生がきょとんとしてしまった。
「え、えーと。でも、クレインくんはクレインくんで――」
「クレインは母の家名です」
なにかわけありだということを察してくれたのか、シリル先生が話を聴く態勢で静かに待っていてくれた。おかげで事情を話さんと口を開けた。
「俺が5歳の頃でした。病気で寝込んでいた母を置いて、親父はグランドマスターの仕事だからって言って家を出ていったんです。でも、それっきり戻ってこなくて。母はそのまま……すみません。こんな話をして」
なかなか重い話だ。ただ、シリル先生はいやな顔ひとつしていなかった。そればかりか俺を気遣うように優しい笑みで迎えてくれた。
「大丈夫ですよ。……あの、もしかしてお父さんのことを恨んでいるのですか?」
「初めは恨んでました。でも、いまはそれよりも親父が俺たちを捨ててまで選んだグランドマスターの道がいったいどんなものなのか。それを知りたい気持ちが強いです」
学園に入るまで特訓を続けてきたのもそれが理由だ。
「クレインくんの気持ちはわかりました。まだ陽は暮れていませんし、いまからでも急げば召喚場で再契約はできます。どうしますか?」
「できるならいますぐがいいです。でないと決心が鈍りそうなので……」
「では準備をして向かいましょうか」
言いながら、シリル先生が席を立った直後。
居間の入口側からガタガタと騒がしい音が聞こえてきた。どうやらシリル先生の収集物で作られた山がひとつ崩れたようだ。そのおかげか、陰になって見えなかった人物があらわになった。
「……キスフィ?」
「ごめんなさい。聞くつもりはなかったんだけど……」
ばつが悪そうな顔をしながら目をそらすキスフィ。話しぶりから察するに俺がウィーグ・レクスヴェルの息子だということも知ったのだろう。
「悪い。隠してた。俺が入学前に騒がれた力も親の力だって思うと、なんか言いたくなくてさ」
「べつに謝る必要なんてないでしょ。親がどうとか関係ないわ」
キスフィは家のことを疎んでいる節があった。だからか、そういったことを切り離して個人として見てくれているようだ。なんだか隠していた自分がちっぽけに見えて、ばからしくなってしまった。
「そうですよ。クレインくんはクレインくんです。そもそも魔力値に関しては血の影響は多少あるものの、個人の鍛錬によるところが大きいですから。自信を持ってくださいっ」
「……先生」
キスフィに乗っかる形でシリル先生が励ましてくれた。本当に心から嬉しく思ったし、身に染みる言葉だった。ただ、ひとつだけ言いたいことがあった。
「できれば片付けしながらじゃなければ嬉しかったです」
「あ、あはは……」
先ほど崩れた山をせっせと隅にのけるシリル先生。急場凌ぎにもほどがある。とはいえ、これを続けてきたからこそ、いまのゴミ屋敷が完成したのだと思えば、ひどく納得がいった。
そうしてシリル先生が片付けをする最中、キスフィが「ねえ」と話を切り出してきた。
「ちょっと確認したいことがあるんだけど。あの子、どこにいるの?」
「……あの子?」
「あの小人のこと。あなたの部屋にいなかったから気になって……って、あなたの部屋の扉が全開になってたから、たまたま目に入っただけだから。勝手に覗いたわけじゃないから。本当にっ」
途中から慌てはじめたキスフィ。たしかに、この学生寮は扉を開ければ通路もなく、すぐさま部屋が広がっている。扉さえ開いていれば、部屋の様子はほとんど見える構造だ。少なくとも小人を寝かせたベッドは見える位置に置かれていた。
「いや、それはいいんだけど」
「ほ、本当にわかってるの……っ?」
「部屋を出る前に扉はちゃんと閉めたはずだ。まさか……」
俺は慌てて居間を飛び出し、階段を上がって2階へ向かった。キスフィの言うとおり自室の扉は全開になっていた。飛び込むように中へ入った瞬間、思わず目を見開いてしまう。ベッドに寝かせていたはずの小人がいなくなっていたのだ。
小人は聞きわけがよかった。というより人の言葉をちゃんと理解しているようだった。もしシリル先生との話――再契約のことを聞いていたとしたら……。
俺は慌てて部屋を飛び出した。
様子を見にきたのか、廊下に立っていたキスフィとすれ違う。
「ね、ねえ、やっぱり――」
「あいつを捜しに行ってくる!」