◆第九話『1つめの四神、なのっ』
俺はすぐさま戦闘態勢に入った。
いつでも飛び掛かれる。だが、相手はあのディアロ・カーディルだ。なにをしてくるかわからない。それだけでなく、カーディル自身がまとう厳格な空気感のせいか、とてもではないが、まともに仕掛けても勝てるイメージが湧かなかった。
手に汗がじわりと滲むのを感じながら、俺はカーディルをねめつづける。ナノも俺と同じように警戒中だ。そんな中、カーディルが呆れたように小さく息を吐いた。
「……こちらに危害を加えるつもりはない」
「そんなこと言われて信じると思うのか……!? 今回のトルルコーズの襲撃もお前がしたんだろっ」
今回のトルルコーズ襲撃メンバーにカーディルがいたことはすでに聞いている。それがなくとも工芸都市フォレスで大量の塵獣を呼び出した過去もある。そんな相手を信用するなんてことは簡単にできるわけがない。
「マザーツリーは倒せたようだな」
「あれもやっぱりお前が……っ」
夕刻、いきなり現れたマザーツリー。
その出所に関して幾つか予想はしていた。
塵界門を人為的に開くだけでなく、高位の塵獣を呼び出すとなれば犯人は限られてくる。そして俺が知る限りそれが可能なのは、いまも目の前にいるディアロ・カーディルだけだった。
当のカーディルはというと悪びれた様子もなく平然としている。それどころか理解できないといった様子で眉根を寄せている。
「なにを怒っている? 倒したのだからなにも問題はないだろう」
「そういう問題じゃないだろ! もしあれが俺たち以外のところに行ってたらどうなっていたか……っ!」
「そうはならない。なにしろ、あれは貴様に向けたものだったからな」
「俺に? どうして……」
問いかけるもすぐに返答は来なかった。
まもなくして、ようやくカーディルが口を開いたかと思ったが、それは期待していたものとは大きく異なるものだった。
「ここトルルコーズから北東へ進んだ先……ハヴェイズ島へ行け」
あまりに突拍子がなく、俺はきょとんとしてしまった。だが、敵に命令口調で言われたことに対する不快感が膨れ上がり、思わずかっとなってしまう。
「いきなりなんなんだよ。敵のお前に言われて行くわけないだろ」
「新たな力を得られるとしてもか?」
カーディルがナノをちらりと見ながら言った。
あまりに現金かもしれない。だが、いまの俺にとってその言葉はどうしても捨て置けないものだった。敵の罠かもしれない。そう思いつつも、気づけば意識は問い詰める方向へ動いてしまっていた。
「どうしてそんなこと知ってるんだ?」
「話す必要はない」
「それで信じると思うのか?」
「好きにすればいい。だが、貴様自身が誰より理解しているはずだ。己の力不足を」
俺は開きかけた口を閉じてしまった。
つい最近、力不足を実感したばかりとあってか、反論したいのに出来ない。そしてそれをカーディルに言い当てられたことで、よりいっそう悔しい気持ちが湧きあがってきた。
「我ら塵王教会が手に入れた四神は2つ。残り2つが我らの手中に入るのも時間の問題だ。貴様に選択するほど余裕はないだろう」
カーディルからしてみれば俺の背を押した格好なのだろう。実際、その目論見通り俺は焦燥感をかきたてられた。だが、それも一瞬にして消え去る。カーディルが話した言葉に、引っかかる点があったからだ。
「待て、いま2つって言ったよな? ユレグさんの1つだけじゃないのか!?」
ユレグさんのあとに誰かまた召喚獣を奪われてしまったのか。
──まさかキスフィ? いや、そんな時間はなかったはずだ。となればリナさんが……?
2人のうちどちらかが召喚獣を奪われたかもしれない。そう想像した瞬間、血の気が引くような感覚に見舞われた。ユレグさんのように憔悴した姿になってしまう。あんな姿をまた見たくはない。
そんな気持ちで一杯になる中、カーディルが細めた目を向けてきた。
「……なるほど、そういうことか。どうやら特務隊の連中は貴様に真実を話していないようだな」
「真実……?」
なにかいやな予感がする。
だが、不思議と次の言葉を求めてしまっている自分がいた。そんな俺の欲求を察してか、カーディルがそう間を置くことなく話を継いだ。
「ユレグ・ドネリーのアウドムラよりも先に我々は四神を1つ確保していた。そしてその四神の持ち主だった者は……レイア・クレイン」
その瞬間。
俺は心臓が跳ねたような感覚に見舞われた。
「──そう、貴様の母親だ」




