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俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!  作者: 夜々里 春
【小人の王様】第一章
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◆第三話『尻尾とトンガリ帽子、なのっ』

 演習場での自己紹介後。


 案内された教室で学園に関する基本的な説明を受け、初日の課程が終了した。そして迎えた放課後、生徒が各々の学生寮に向かうことになったのだが……。


 これが大変だった。


 幾つかの学生寮を除いて、多くが学園の広大な裏庭に散らばって建てられていたのだ。学園に慣れるためという理由で早く解放されたが、本当はこの広大な敷地を歩かせるためだったんじゃないかと邪推してしまうほどだった。


 とにもかくにも緑豊かな裏庭を歩きはじめてからしばらくして、ようやく目的地に辿りついた。学園に13あるうちの1つ。第13学生寮だ。ただ、その外観を前に安堵よりも不安が湧き上がってきた。というのも――。


「な、なんかボロいな……」


 一番安いからという理由で選んだのだが、納得の風格だった。校舎からかなり遠い位置にあるだとか、周囲は鬱蒼とした森で覆われているだとか、安い理由を探したらキリがない感じだ。


 とはいえ、金銭的にもこの学生寮以外を選ぶのは厳しかった。贅沢は言っていられない。そもそも召喚士として強くなるために来たのだ。最低限でも生活できれば問題はない。


「にしても、まだ起きないんだな、お前」


 俺は胸に抱いた小人に向かってこぼした。演習場で魔導駒に倒れされてからずっとこの状態だ。俺の胸元に頬をつけたままぴくりともしない。


「生きてる……よな?」


 一応胸は呼吸をするように膨らんだり縮んだりと動いている。ともかく休ませるためにもまずは寮の部屋に辿りつくのが先決だろう。そう考えて俺は早速とばかりに寮の扉を開けた。


「ど、ども~。新入生のアル・クレインです。今日からここでお世話に――って、なんだこれ……っ」


 視界に飛び込んできた光景のせいで最初の挨拶もろくにできなかった。扉を開けた先の広間の多くが物で埋まっていた。いや、埋まるどころかあちこちに山ができている。


 もしかすると俺が選んだのは学生寮ではなく、ゴミ屋敷だったのかもしれない。それなら安いのも納得だ。と、そんなことを考えながら放心していたときだった。正面の山の中腹から白リボンでひとつに結われた髪が映り込んだ。


「その尻尾は……もしかして」

「尻尾ってなに?」

「やっぱりキスフィか」


 今日一番聞いたキスフィの声だ。

 姿を見なくとも間違いようがなかった。

 ただ、わかったところで疑問が湧いてくる。


「ひとまずそこでなにしてるのかは訊いていいのか?」

「……教えるから、まずはこのガラクタをどかして。そうじゃないと、いますぐにでもニヴルを召喚しちゃうかも」


 それはまずい。学生寮が潰れて入学早々に宿無し状態になってしまう。俺は小人を安全な場所に置いたのち、尻尾周辺のがらくたを除去。キスフィを助け出した。彼女は服の埃を叩き落としながら恥ずかしそうに顔をそらす。


「……ありがとう」

「気にしなくていい。キスフィの面白い姿を見られたしな」


 そうからかったところ、ぎりっと睨まれてしまった。


「急にこの山が崩れてきて逃げられなかったの。……ゴミ屋敷って言われてたけど、大丈夫だろうって安心してた自分がバカだったわ。まさかこれほどなんて」


 呆れと怒りをない交ぜにしたように息をつくキスフィ。ただ、その言葉を聞いてひとつの疑問が湧いてきた。


「なあ、訊いてもいいか?」

「なに?」

「もしかしてキスフィもこの学生寮なのか?」

「そうだけど……まさかあなたもなの?」

「あ、ああ。俺ん家、あんまり金銭的に余裕があるわけじゃないからさ。ほら、この学生寮、1番安いだろ?」


 だから、たとえ〝ゴミ屋敷〟と知っていたとしてもほかに選択肢はなかった。


「でも、キスフィの家って有名なとこなんだろ。もっといい学生寮に住めるんじゃないのか?」

「……べつにいいでしょ。わたしがどこを選んだって」


 やはりキスフィは家の話をされるのが嫌いなようだ。まさかとは思うが、家出でもしてきたのだろうか。あるいは勘当でもされたのか。いずれにせよ、今後は話題に出すのは避けたほうがよさそうだ。


「あ、あの~。できれば、わたしも助けてくれませんか~……」


 ふいにべつの声が聞こえてきた。


「……おい、キスフィ。トンガリ帽子が喋ったぞ」

「そんなわけないでしょ。そう言えば、崩れる前にシリル先生の姿を見た気がするわ」

「じゃあ、間違いないだろそれ」


 どうやらシリル先生が埋もれているらしい。

 キスフィと協力して、今度はトンガリ帽子を頼りにシリル先生を助けた。


「ありがとうございます。あはは、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」


 長い間、埋もれていたからか、シリル先生は尻をついてぐったり気味だった。心なしかトンガリ帽子も元気がなく萎れている。


「あの、それよりどうしてシリル先生がここに?」

「あ、紹介がまだでしたね。先生、ここの寮監なんです。なので今日から入るおふたりをお出迎えする側です。まさか担任だけじゃなくて寮も一緒なんて偶然ですね」


 にっこりと満面の笑みもおまけでつけてくれるシリル先生。背景にお花畑が似合うほど和やかな人だが、残念ながら現実は〝ゴミ屋敷〟と言われるほど散乱した物が占めている。そんな光景を目にしながら、キスフィがこぼす。


「でも、すごい納得がいったこともあるわ」


 俺は「ああ」と思わず頷いた。


「先生、珍しい物を集めるのが趣味って言ってましたよね。もしかしてここら辺の物、すべて先生のものですか?」

「そうですよ。この学園に務めはじめてから6年間、ずっと貯めてきた先生の大事な大事な宝物ちゃんたちですっ」

「ゴミ屋敷って言われてるらしいですよ。知ってました?」

「え、ええ……まあ、ちょっとは」


 宝物を自慢する純粋な子どもの目から、ちょっとした悪さをする大人の目になった。しかもまるで目を合わせようとしない。これは間違いなく、わかっていてやめられないタチだ。


 俺はキスフィと顔を見合わせたのち、いま一度冷めた目をシリル先生に向ける。


「い、いま独身なのは仕方ないって思いましたね……?」

「わかってるならどうにかしてください。さすがにこれは……」

「ぜ、善処します」


 これは善処しない返事だ。先生にとってはどれも大事なものなのだろう。だから捨てろと言うつもりはない。ないが、せめてまともに歩ける程度にまでは片付けてもらいたいところだ。


 俺は置いていた小人を抱きなおし、続く廊下や2階のほうを覗く。


「とりあえずほかの入寮者を紹介してもらえますか? 挨拶しておきたいので」

「……ん? この寮に入ってるのはクレインくんとオルグラントさんだけですよ?」


 まさかの事態が発覚した。


「それってまずくないですか?」

「なにがですか?」


 どうやらシリル先生の中ではまったく問題ないことらしい。キスフィの意見を求めるが、一瞬だけ思案した素振りを見せただけで、ほぼ無表情で返された。


「まあ……一緒の部屋に泊まるわけじゃないし」

「キスフィがいいなら、まあ俺もべつに」


 断られたらそれはそれでショックだったが、受け入れられてもどう反応すればいいかわからなかった。なにしろキスフィほどの美人な異性だ。意識するなと言うのは無理がある。結局、見栄が打ち勝って平静を装うのが精一杯だった。


「よくわかりませんが、問題なしということですね。では、おふたりとも、これからよろしくお願いしますねっ」



     ◆◆◆◆◆


「ここ以外はひどいありさまみたいだし、仕方ないよな」

「壁で区切られていればどうでもいいわ」


 シリル先生に指示された部屋はまさかのキスフィと隣だった。2階奥でキスフィが角部屋、俺がその手前の部屋といった形だ。


 ただ、キスフィの反応は思った以上に淡白だった。闘技場で握手したときの照れようはなんだったのか。彼女の線引きがよくわからなかった。


 キスフィが扉に手を伸ばしながら、小人をちらりと見てくる。


「その子、まだ起きないのね」

「あ、ああ。なんとなくだけど、たぶんいまは寝てるだけだと思う。傷もないみたいだし、そのうち起きるんじゃないか」

「……再契約の話、どうするの?」


 まさか訊かれるとは思っていなかったので言葉に詰まってしまった。いや、本当は迷いがあったからだ。ただ、こうしてキスフィから問われたことで決心がついたように足を踏み出せた気がした。


「この学園に来たのはグランドマスターになるためだ。だから……話を受けようと思う」


 最弱と言われるゴブリンでも勝てるように設定された魔導駒。そんな相手にすら勝てないようでは最強のグランドマスターは夢のまた夢だ。この決断以外に道はなかった。


 一方的だけど、ライバルだと思っている相手――キスフィがどんな反応を見せるのか。息を呑んで待ったが、「そう」と淡白なものが返ってきただけだった。


 その後、キスフィは「それじゃ」と言い残してさっさと自分の部屋に入っていってしまった。


 きっとキスフィにとって大した問題ではなかったのだろう。とはいえ、無理もない。なにしろ彼女はドラゴンを召喚したうえに魔導駒に圧勝したのだ。〝最弱〟の召喚獣を気にかける理由がない。


 俺は胸中に湧きあがった焦りと苛立ちを呑み込みながら自分の部屋に入った。


 中は1人で暮らすには充分な広さがあった。ベッドに勉強机。シリル先生の私物と思しき箱が幾つか置かれている以外は特段変わった部屋ではない。さすがのシリル先生でも生徒の部屋まで侵略するのは思い留まったようだ。


 俺は小人をベッドに寝かせた。ずっと抱いていたからか、腕や胸に感じていた温もりが少し寂しく感じた。小人はいまも目を覚まさない。ただ、穏やかな寝息のようなものは聞こえてくる。


「……ごめんな」


 それだけを言い残して俺は部屋をあとにした。

 いますぐに動かなければ決心が鈍る気がしてならなかったからだ。


 ――これもグランドマスターになるためだ。


 そう自分に言い聞かせながら、俺はシリル先生のもとに向かった。



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