◆第五話『実技試験、なのっ』
協会本部には入り組んだ道はほとんどない。大きさに違いはあれど部屋も廊下の左右に配されただけで造りはいたって簡素となっている。
そんな中において、もっとも大きな部屋で実技試験が行われていた。闘技場のような舞台もなく、ただ広いだけの場所だ。ほかと違うのは唯一の2層構造で、2階廊下から見学できるようになっていることぐらいか。
俺もいまはシリル先生とともに2階の廊下から見学していた。眼下では4級の受験者たちが疑似ファットファングを相手に戦っている。
4級はとくに受験者が多いようで、なかなかに時間がかかっていた。ただ、それも順調に進んでいき──。
「おつかれさま、ニア……っ」
「よくやったわね、アラクネ!」
ユニカとドリスたちも危なげなく勝利していた。
対応力を問う目的のためか、複数体に襲われるといった状況に見舞われていたが、実力的に開きがあったからか。2人とも余裕をもって対応していた。きっと実技試験的には満点に違いない。
やがて4級の実技試験が終わり、これから3級の実技試験が行われるといった中、1番最初に出てきた受験者は──。
「お、キスフィからみたいだ」
「なのなの~っ!」
ナノが2階廊下の手すりに乗りながら声援を送った。よく反響する空間とあってか、その声はキスフィに届いたらしい。柔らかな笑みとともに小さく手を振り返していた。さすがと言うべきか、緊張はしていないようだ。
「あれがドレスバーン……」
形状的には人型に見えなくもない。風にあおられたようにはためく外套の下、黒い靄がまるで燃えるように蠢いている。足はなく、宙に浮いた形だ。それがまた風貌とあいまって不気味さをより際立たせている。
「絵として描かれたものは資料で見たことありましたけど……実際に本物もあんな感じなんですか?」
「そうですね、先生も細部までしっかり見たことはありませんが、ほぼそのものだと思います」
本当に不思議なものだ。表皮も塵模様で本物の塵獣にしか見えない。だが、その中身はれっきとした召喚主のいる召喚獣だ。
「クレイマンでしたよね。1体のみ対象の姿と能力を模倣できる召喚獣。そして能力に関しては自身の力を超える対象は模倣できない」
「正解です。ちゃんと覚えていましたね」
「あれだけ付き合ってもらいましたから」
「クレインくん自身が頑張ったからですよ」
試験には出てこなかったが、知識として頭には入っていた。すべては試験までの毎夜、シリル先生から雑学込みで勉強を見てもらったおかげだ。
「そろそろ始まりますね」
シリル先生がそう発言してからまもなく、立会人となる試験官が手を振り上げる。
と、その手が下ろされるよりも早く、ドレスバーンがその外套がふわりと舞わせた。連動するように中で蠢く影から人の頭大の黒弾が数えきれないほど飛び出してくる。
「なっ、まだ始まってないのに!?」「なのっ!」
俺と一緒に抗議の声をあげるナノ。
そんな俺たちとは相反して、隣に立つシリル先生は落ちついていた。
「もしかして……」
「そういう試験ですね」
これまでも試験官は実技試験の中で意表をつくことはしてきた。だが、数を増やしたり、動きの面であったりといったもので、開始前の攻撃はこれが初めてだ。
すでに黒弾はニヴルのそばで迫っている。いくらニヴルでもあれだけの攻撃を受ければただでは済まないはずだ。そう心配していたのだが──。
「ニヴル、アイスブレス!」
ニヴルがその口から放ったブレスですべての黒弾を迎撃していた。回避が難しい状況ではあったが、躊躇なく迎撃を選択するとは。よほど自信がなければできない判断だ。
ただ、ドレスバーンも先の攻撃で満足しているわけではなかった。ニヴルの上空まで移動したのち、その身を一気に膨張。ニヴルを呑み込まんと落下してきた。
息つく間もない連撃だ。しかしそれすらも障害にはならないとばかりにキスフィは落ちついていた。すかさず回避を選択。びたんと床に激突したドレスバーンに《アイスブレス》を見舞っていた。
その一撃で倒しきることはできなかったが、ドレスバーンにたしかな損傷を与えたようだ。見るからによろめきながら、再び浮遊していた。
ニヴルに《ダイアモンドダスト》を使わせればすぐにでも終わるだろう。だが、キスフィにその気はなさそうだった。
おそらく使う必要のない相手だと判断したのだろう。実際、《ダイヤモンドダスト》は魔力を大量に使う技だ。使わないに越したことはない。
「問題なさそうですね」
シリル先生が完全に安堵しきった様子で言った。実際、その後もキスフィとニヴルはドレスバーンによる攻撃を完全に封殺。《アイスブレス》のみで押し切ってみせた。試験官から終了の合図を受け、キスフィがほっと息を吐いている。
「なの~っ!」
ナノからの祝福に手を振って応じるキスフィ。
開始前から意表を突かれたにもかかわらず終始キスフィの流れだった。もとより余裕だろうとは思っていたが、さすがだ。
──俺も負けてられないな。
そんなことを思っていると、シリル先生が「さて」と言いながら俺のほうを向いた。
「4級に比べて3級の受験者は少ないですから、クレインくんもそろそろ待機所に向かったほうがいいですね。気負わずに、ですよっ」
「はい、行ってきます!」
シリル先生に見送られて俺は2階廊下をあとにした。そのまま1階に下りて待機所となる廊下に辿りついた、直後。
見知らぬ男性に行く手を遮られてしまった。偶然かと思いきや、意図的とわかるほどに俺から目をそらす気がない。
男の歳は初老を迎えたぐらいか。
俺より背が高いうえに厳めしい顔つきだからか、なんだか高圧的な印象だ。
「……きみがアル・クレインか」




