◆第五話『本がいっぱい、なのっ』
筆記試験の大半を占める、召喚獣に関する問題。その対策として有効な資料を見繕ってもらうことになり、夕食後にシリル先生のもとを訪れていた。
そして連れられるがまま1階隅の部屋に入ったのだが──。
「……なんとなく予想はしてたんですけど、それ以上でした」
「あはは……これでも片付いてるほうなんですけどね……」
もともと倉庫用なのだろうか。
俺の部屋の2倍ほどもある空間は本で満ち満ちていた。
両側の壁に並んだ本棚が隙間なく埋められているのはもちろんのこと、その前にも数えきれないほどの本が積み上げられていた。中には俺の身長を超える高さのものもあり、下手に触れれば最後、総崩れとなって山が出来上がりそうだった。
幸いなのは部屋の中央に足場があることか。おかげで進もうと思えば奥側にある窓まで進むことはできる。一応、すべての本に手が届くように配慮はされているようだ。
「あ、奥のほうはあまり近寄らないでくださいね」
「わかりました。やっぱりなにか重要なものとかあったりするんですか?」
「いえ、最近動かしてないので近づくだけで埃が舞うだろうな、と」
「訊いた俺がバカでした」
ナノはというと、目をきらきらさせながら「なの~~っ」と本の間をうろついていた。それこそ宝探しでもしているかのようだ。
「少し待っていてくださいね。たしかこの辺りにあったはずなんですが……あ、ありましたありましたっ」
シリル先生が1つの本棚の上を見ながら言った。そこには5冊ほどの分厚い本が積み上げられている。どうやら目的の本はあのうちのどれからしい。
ただ、高さ的に手を伸ばしても届きそうにない。どうするつもりかと思っていたら、入口近くに置かれた梯子を持ってきた。早速とばかりにシリル先生が本棚に立てかけた梯子をのぼろうとする。
「危ないですから俺がしますよ」
「大丈夫ですよ。いつもしていますから」
「そう、なんですか。じゃあ、お願いします」
勝手な印象だが、なんとなく運動が苦手な印象があった。ただ、本人がここまで言っているのだから、きっと大丈夫だろう。
シリル先生が任せろとばかりに梯子に足をかけ、順調に1段ずつのぼっていく。
女性教師の服はローブ型でゆったりとしている。ただ、いまは手足を伸ばした状態とあって体のラインがくっきりと見て取れた。とくにお尻の辺りだ。
それが梯子を1段上がるごとに見えやすくなっていくものだから、本能的に目で追ってしまった。ただ、シリル先生は俺のために動いてくれているのだ。これ以上は失礼だと葛藤し、なんとか目をそらそうと決意する。が、すでに遅かった。
「ほら、取れましたよっ」
シリル先生が肩越しに振り返りながら、得意げに本を見せてきた。その、直後だった。
「あっ」
シリル先生が後ろ側に体勢を崩してしまった。そのまま足も梯子から離れてしまい、倒れ込んでくる。このまま倒れると背中から体を打ちつけかねない。
「先生っ!」
俺はとっさに駆け寄り、なんとか抱きとめた。膝と肩を抱く形──いわゆるお姫様抱っこの恰好だ。落下の勢いもあるうえ、シリル先生は女性にしては背が高い。おかげでずしりと重みはあったが、耐え切れないほどではなかった。
「大丈夫ですか? どこか怪我してたりは……?」
「い、いえ。クレインくんのおかげで大丈夫です」
「そうですか、よかった~……」
俺のためにしてもらったことで怪我をされては申し訳ないこともある。ただ、それよりも純粋にシリル先生が無事だったことに心から安堵した。
「ありがとうございます……それとその、そろそろ下ろしていただけると……」
シリル先生が顔を赤らめながらもじもじしていた。その言葉と態度を前にして、俺はようやくいまの自分がシリル先生を抱いていることに気づけた。意識した瞬間、布越しではあるが、腕に伝わる温もりが妙に生々しく感じられた。
ただ、なにより衝撃的だったのは間近にある豊かな胸だ。視覚的にも女性を意識させられ、一気に体の熱が上がってしまう。
「うあ、ごめんなさいっ!」
俺は慌ててつつも、シリル先生を丁寧に下ろした。シリル先生は自らの足で立つなり、乱れた衣服をそそくさと直しはじめる。
きっといまの俺はシリル先生以上に顔を赤くしているに違いない。何事かとそばまで来たナノから「なの?」と純粋に心配され、余計に羞恥心をかきたてられた。
2人して目を合わさないまま無言での時間を過ごす。
そんな微妙な空気が流れる中、シリル先生が大きなため息をついた。
「ダメですね。先生なのに、こんなドジをしてしまうなんて……」
「たしかに、いまのは擁護しようがないかもですね」
「うぅ……」
「ま、これからは俺を頼ってください。呼んでくれれば喜んで手伝いますので」
「そうですね。次からそうさせてもらいます」
さっき倒れた手前か、今度は素直に受け入れてもらえた。
自然とさっきまでの気まずさも薄まり、普段通りに会話ができるようになった、そのとき。ふと、シリル先生の足元に気になる本を見つけた。
さっきシリル先生が倒れる際、本棚が揺れてその上に置かれた本が幾つか落ちていた。そのうちの一冊だろう。俺は屈んでその本を手に取る。
「これ、マリエル・ディエンテスの本なんですね」
「クレインくん、知っているんですか?」
「さすがに不勉強の俺でもこの人の名前ぐらいは。もともと使われていた魔石を改良して、より効率よく魔力を召喚獣に届けられるようにした偉大な魔道技師ですよね」
いま俺が使っているトリンケットの魔石もその恩恵を受けたものだ。もしこの改良された魔石がなければ、ナノの分身の数ももっと少なかったかもしれない。
そう考えると、マリエル・ディエンテスの功績は俺を含めた召喚士に莫大な影響を与えたといえる。
「そう、ですね、本当に偉大な人でした」
「……シリル先生?」
俺が手に持った本を見つめながら、そうこぼすシリル先生。その顔はどこか切なさや悲しさだけでなく、悔しさのようなものも見える。いったいどうしたというのか。
そう俺が疑問に思っていたときだった。
シリル先生から衝撃の事実が明かされた。
「彼女……実は、先生の母なんです」




