◆第二十三話『辿りついた舞台へ、なのっ③』
入場口前の待機通路に辿りつくと、リナさんの姿を見つけた。舞台側を見つめながら静かに待機している。
俺が無言でその隣に立つと、リナさんがちらりと窺ってきた。だが、それだけだ。互いに顔を向き合わせることなく、ただ前だけを見つめていた。
さすがに決勝とあって、これまで以上に観客がざわついている。ただ、いまは集中しているからだろうか。それらの声が不思議と遠く聞こえた。
そんな奇妙な時間が流れる中、リナさんが脈絡もなく話しはじめた。
「正直に言うと、初めて出会ったときはきみがここまで勝ち上がってくるほどの召喚士だとは思いもしなかった」
「まあ、ルヴィナスの中では無名も無名でしたからね」
「名が知れているかという点も理由の1つではあったが、それ以上に、な」
言って、リナさんが俺の右肩に目を向けた。
そこにはナノがちょこんと座っている。
「こんなにも可愛い子が強いなんて想像できないだろう?」
「それはたしかに」
互いにくすりと笑ってしまった。
ナノだけが理解できずに首を傾げている。
「ナノが可愛いって話をしてたんだ」
「なの~っ!」
嬉しそうに両手をあげて喜ぶナノ。
そんなナノの姿を見ながら、リナさんがまるで慈しむような笑みを浮かべる。だが、次の瞬間には表情をきりりと引き締めていた。
「だが、きみはここまで勝ち上がってきた。もちろん、そこにまぐれなんてものはいっさい介在していない。紛れもなく、きみ自身の力でだ」
「……リナさん」
ついさっき俺自身が言ったことだが、俺は無名も無名だ。それゆえか、俺の勝利を〝運が良かったから〟と揶揄する声は当然ながら観客からあがっていた。
そんな中での、このリナさんの言葉だ。
はっきり言って嬉しくないわけがなかった。
なにやらリナさんが自身の開いた右手を見つめはじめた。かと思うや、それをぐっと閉じたのち、頷いている。
いまの動きになんの意味があったかはわからない。ただ、心なしかリナさんの瞳が力強さを増したように感じられた。それこそ炎を宿したかのように──。
「これまでは勝利することだけを考えてきたが、色々なことが吹っ切れたからだろうか。いまはただただ純粋に、きみとの試合が楽しみで仕方ない。……こんな気持ちは初めてだ」
亡くなったフィルディス夫妻の娘であるフィーナさん。彼女の夢を継ぐことに拘っていた、これまでのリナさんとは違う。ただの心境の変化だけかもしれない。だが、召喚士としては完全に別人とも言える変化だ。
それに……なぜだろうか。
以前とは比べものにならないほど、リナさんの存在が大きく感じられた。
本来なら対戦相手が強くなれば嘆くところなのかもしれない。だが、不思議と俺はそうは思わなかった。むしろ、やる気がみなぎってきている。
「俺も同じ気持ちです。……全力でぶつかってみたい。リナさんの試合を観て、その強さを目の当たりにするたびにそう思っていました」
「気持ちは同じというわけか。だが、この試合はわたしにとって……いや、リナ・フィルディンスにとってとても重要な意味を持つ。だから、負けるわけにはいかない」
「俺にも負けられない理由があります。いえ、もう誰にも負けられないんです」
もう決めたのだ。
3大大会まで駆け抜ける、と。
きっと俺の決意のほどを感じ取ったのだろう。
それ以上、リナさんが語ることはなかった。
「全力を尽くして戦おう」
「はいっ!」
互いに譲れぬ想いを胸に視線をぶつけ合いながら、最後にそう言葉を交わした。直後、ちょうど運営から声がかかった。
俺たちは揃って通路を抜け、観衆の前へと歩み出る。
『──お待たせしました! それでは選手入場です! レイムダム学園から前回大会の優勝者、リナ・フィルディンス選手! そしてルヴィナス学園からアル・クレイン選手です!』
視界を覆いつくした白の陽光が一気に晴れた、その瞬間。蒼穹の空の下、観客席を埋め尽くした多くの人たちが映り込んだ。観客席には限りがあるため、準決勝までと人数はそう変わらない。だが、熱気が段違いだった。
聞こえてくる声援と拍手。どちらもこれまで体験したことがないほどに凄まじい。きっと以前の俺なら尻もちをつくほどに圧倒されていただろう。だが、いまは違う。決勝まで上がってきたという自信が、俺の歩みをしかと支えてくれた。
俺はリナさんと別れ、互いの配置──舞台端へと歩き出す。
『前評判通り勝ち進んできました、リナ・フィルディンス選手! その歩みは女帝の名に相応しく、まさに圧倒的でした! 大会2連覇を果たした召喚士は数えるほどしか存在しませんが。フィルディンス選手もそこに名を刻むことができるのでしょうか!?』
相変わらずリナさんの人気は凄まじい。本拠地ということもあるが、それ以上にリナさんの強者としての立ち居振る舞い、戦い方に惚れているのだろう。熱狂的な声があちこちから飛んできている。
『そしてアル・クレイン選手! この選手には本当に驚かされてばかりです! 失礼ながら彼が決勝まで残るとは予想できませんでした。おそらく多くの方も同じでしょう! ですが、そんな周囲の評価など意に介さず、彼はここまで勝ち上がってきました! もはや絶対王者に対する、最強の挑戦者としてその実力を疑う者などもはやいないでしょう!』
対する俺は有名でもなければ本拠地の選手でもない。しかし、熱量という点においては、リナさんの声援に負けていなかった。
観客席を見回せば、知り合いの姿をたくさん見つけられた。キスフィにシャディア先輩、ユニカとティリス先輩、シリル先生。少し離れているが、ルヴィナス学園の級友たちも駆けつけてくれているようだった。
別の学園生徒であるドリスも応援に来てくれたようだ。相変わらずの騒がしさで「あたしに勝ったんだから絶対に勝ちなさいよ!」と叫んでいる。
グノンさんをはじめとした特務隊の人たちの姿も見える。約束通り観にきてくれたようだ。全員が思い思いに声をあげて応援してくれている。
「見えるか、ナノ。こんなにも多くの人が俺たちの試合を楽しみにしてくれてるんだ。本当にワクワクするよな」
「なのっ」
全員、学園に入ってから知り合った人たちだ。そう長い時間ではないのに、いまやこんなにも多くの人が俺のために応援してくれている。それがなにより嬉しくて仕方なかった。
親が目の前からいなくなってからというもの、ずっと孤独を感じながら過ごしてきた。そんな日々が嘘のように、いまの俺は数えきれないほどの温もりを与えてもらっている。
こんなにも満たされた気持ちになったのは初めてだ。そう胸が熱くなるのを感じていると、審判に準備するよう促された。ナノが俺の肩から飛び下りたのち、舞台に上がる。
舞台の反対側では、すでにリナさんの召喚獣──ムスペルが召喚されていた。相変わらずの逞しい巨躯に雄々しい翼だ。翼竜はキスフィのニヴルで見慣れてはいるが、やはりムスペルとは印象が全然違う。
赤という色合いのせいか、とても攻撃的な印象を受ける。同様に威圧感も凄まじく、対峙しているだけでも呑み込まれそうな感覚だ。
召喚士の俺でさえ、こんな状態だ。きっと実際に戦うナノはもっと強い圧迫感を覚えているに違いない。そう思ったのだが……。
どうやら杞憂だったようだ。
いつでも戦えるぞとばかりに、勇ましい顔でムスペルと対峙している。
いつだってそうだ。そんなにも小さな体だというのに誰よりも勇気に満ちている。召喚士として心強いことこのうえない。
俺はナノの勇敢な姿を見ながら、ゆっくりと深呼吸をした。昂る気持ちをそのまま乗せて声を張り上げる。
「ナノ、勝つぞ。そして俺たちが優勝するんだ……!」
「なのっ!」
対面では、リナさんもまたムスペルと決意をたしかめ合っているようだった。互いに準備は整ったようだ。2人の召喚士と2体の召喚獣。全員が視線をぶつけ合う中、審判が前に出た。最終確認を終えたのち、右手を天へとゆっくり上げる。
開始をいまかいまかと待ちわびる観客。その声が天井知らずに大きくなり、やがて破裂するのではと思うほどに大きくなった、瞬間──。
審判の右手が勢いよく振り下ろされた。
「はじめッ!」




