◆第十三話『本戦・準決勝、なのっ④』
試合はなおもベヒモスの攻勢が続いていた。
地団駄を踏むように舞台を何度も叩きつけるベヒモス。そのたびに円錐状の岩群が舞台を縦断しながら、ナノへと襲いかかる。
狼形態の機動力もあって単発で捉えられることはない。が、追い込むような形で岩群が放たれているため、ヒヤヒヤする場面が幾度となく生まれていた。
「くっ、きついだろうけど、なんとか耐えてくれ……っ!」
狼形態5体と、それらに騎乗したナノ本体と天使形態たち。回避に専念しつつ、なんとか治癒はできている。おかげでナノの顔色もよくなってきているが、それでも安心できるほどの余裕はない状況だ。
『もはや《ロックウェイブ》を放つ必要すらないと判断したのか!? ベヒモスから幾度となく放たれる岩群の刃! 小人、たまらず舞台を逃げ回っていますが、これはかなり厳しい状況です! 勝負が決まるのは時間の問題でしょうか!?』
実況だけでなく多くの観客がシャディア先輩が《ロックウェイブ》を使わないことに疑問の声をあげていた。
たしかにいまのナノの状態なら勝負を決める一手となるかもしれない。だが、あれだけの大技だ。相応の魔力を消費することは間違いない。つまり、そう何度も連発できるものではないということだ。
再び使うとすれば、勝負を決めにかかるときだろう。だが、こちらとしては《ロックウェイブ》を放ってもらう必要がある。
──それが《ネオ・ギガントアロー》を放つ最大の機会となるからだ。
一瞬でも気を緩めれば勝負が決まる。そんな張り詰めた緊張感の中、俺は機会を窺い続ける。と、ナノと分身たちが俺のそばを駆け抜けようとしていた。
「ナノ! 次またベヒモスが《ロックウェイブ》を使ってきたら──」
いまも響いている大歓声の中、俺はナノに向かって指示を飛ばした。届いたか心配だったが、首肯が返ってきた。
ナノの瞳は力強いままだ。こんな劣勢の中でもまだ諦めていない。俺のことを信じて勝利だけを考えている。そんなナノの姿勢を目にして、俺の気持ちもまた静かながら強くなっていく。
──まだ逆転のチャンスはある。
「なにをこそこそしているのか知らないけれど……無駄よ。だって、あの技さえ出させなければ、わたしの勝ちは間違いないのだから!」
それでもむやみに仕掛けてこないあたり、シャディア先輩も《ネオ・ギガントアロー》を警戒している。それだけ脅威と感じているからだ。
直線的に襲いかかってくる、何度目かわからない岩群の刃。それを放ったベヒモスの位置を確認後、俺は声を張り上げる。
「ナノ、回避後に天使たちを解除! 追加で狼形態を25生成後、散開してベヒモスに張りつくんだ!」
「なにをしてくるかと思ったらまた同じことを! ベヒモス、《ロックウェイブ》!」
よし、乗ってくれた。
あとは──。
「大鷲形態、30!」
「《ハウル》で撃ち落としなさいッ!」
大鷲形態たちが空に上がるなり飛んでくるハウル。その衝撃に前回は大鷲形態たちが墜落させられた。だが、今回は違う。
「一旦後退後、低空飛行で凌ぐんだ!」
後方の観客側へと飛んだのちに弧を描くようにして高度を下げていく。ついには地面すれすれを飛行しながら、ベヒモス側へと向かいはじめる。その速度が最高に達したとき、ちょうどベヒモスから放たれた《ハウル》と衝突した。
空気の揺れに苦し気に顔を歪める大鷲形態たち。だが、その身が大きくぶれることはなかった。それどころか速度すらも落ちていない。
『またも同じ展開になるかと思いきや、なんと低空飛行で墜落をまぬがれました! 小人の大鷲、その勢いをいっさい落とさず舞台へと戻ってきます!』
大鷲形態の生存に観客たちが興奮したように声をあげていた。そんな中、シャディア先輩だけは苦々しいとばかりに顔を歪めていた。どうやらシャディア先輩でも予想していなかった回避方法だったらしい。
「ベヒモスの《ハウル》が低いところでは衝撃が少ないことは俺自身が体験してわかっていましたから」
「たしかに堕とせはしなかったけれど、鳥だけいたところでどうするつもりかしら? まさか特攻するつもりじゃないでしょうね」
そう、大鷲形態には狩人形態を抱えさせていなかった。
「大鷲だけなはずないじゃないですか」
「…………まさかっ」
シャディア先輩がはっとなって視線を巡らせる。
どうやら気づいたようだ。
ナノ本体がどこにいるのか。
そして俺の狙いを。
「最初、ロックウェイブは地上において逃げ場のない技だと思っていました。でも、2回目を見たあとに思ったんです。実は効果範囲に限りがあって、しかもそれが舞台の端から端にはぎりぎり届かないんじゃないかって。結果は……どうやら当たりだったみたいですね」
そして、さっきの《ロックウェイブ》はベヒモスが舞台の端に移動したところを狙ってナノに仕掛けてもらった。おかげでいまも最後に隆起した岩群が部分的に残っている。
ナノ本体の移動に関しては、シャディア先輩が狼形態や大鷲形態に気をとられている間にこっそり移動してもらった形だ。
いまもナノ本体は《ロックウェイブ》によって最後に生み出された岩群の裏に隠れている。俺からは思い切りその背中が見えているが、シャディア先輩からはちょうど死角となって見えない位置だ。
「この岩……小さなナノが隠れるには充分過ぎるほど大きくて助かりました」
ベヒモスの《ハウル》による影響か、がらっと岩が崩れた。そこからすでに生成された狩人形態たちが姿をあらわにする。ほかの狩人形態たちも死角から続々と現れた。弓を引き絞った体勢で。
もう耐え忍ぶ時間は終わった。《ウインドフォース》で風と化した大鷲たちがそばを通り過ぎる中、俺は喉が痛むのもいとわずに叫ぶ。
「いっけぇッ!」
「なの~~~~~ッ!」
狩人形態たちが一斉に放った矢へと重なる大鷲形態たちの《ウインドフォース》。ついにはそれらが収束し、1本の巨大な矢となった。進路上の舞台に転がった岩を呑み込ながら一直線に向かっていく。
ベヒモスの機動力は決して高くない。もはや直撃はまぬがれないと判断してか、シャディア先輩が身を固めるよう指示を出していた。応じてベヒモスがその場でうずくまるようにして身を縮めた、瞬間。
その巨躯に《ネオ・ギガントアロー》が激突した。
耳を塞ぎたくなるほどのとてつもない轟音が響き渡る。あちこちに岩が散らばっていたからか、大量の砂ぼこりが舞い上がった。
一瞬にしてベヒモスの姿を視認できなくなってしまった。
矢が突き抜けなかった点を見ても舞台から押しだすことはできていない。砂ぼこりに映る影を見てもトリンケットに戻すこともできていないと思う。だが、それでも甚大な損傷を与えたはずだ。
そう確信を抱きながら、俺は状況を見守っていた。やがてかすかに吹き込んだ風によって砂ぼこりが払われた。
直後、俺は思わず目を見開いてしまった。
「そんな、どうして……っ」
視界の中、ベヒモスがのそりと起き上がっていたのだ。耐えきられたことにもちろん驚きはある。だが、それ以上に損傷がみるみるうちになくなっていることが信じられなかった。
『これはいったいどうなっているのでしょうか! さすがのベヒモスと言えど、あの《ネオ・ギガントアロー》をまともに受ければただではすまなかったはずです! しかし、いま再びその脚でしかと立っています!』
さっきまで会場はナノの逆転の一手で盛り上がりを見せていた。だが、いまはどよめきが起こっている。誰もが耐えきったベヒモスに驚いている様子だ。
「おいおい、マジかよ……」
「1回戦、あのアラクネが消し飛んだ技だぜ?」
「あれを受けても倒れないとか、それどころかもう立ち上がってやがる」
「いったいどんな耐久力だよ……」
たしかに《ネオ・ギガントアロー》を耐え切ったベヒモスの体力は凄まじい。だが、驚くべきは、その治癒力だ。いくらベヒモスの再生力が優れているとはいえ、あれは異常すぎる。
「まさかこれまで使うことになるとはね。……リジェネレーション。あの女用に準備していた、とっておきのエンチャントよ」
シャディア先輩が勝ち誇ったように種明かしをしてくれた。
──リジェネレーション。
授業でさらっと聞いた程度の知識しかないが、たしか召喚獣の体力に応じて治癒能力が飛躍的に向上する上位のエンチャントだ。使える人はほとんどいないと聞いていたが……まさかそんなものまで用意していたとは思ってもみなかった。
俺が驚くさまを見てか、シャディア先輩が満足そうに笑っている。いつもならまだ可愛げを感じられたその笑みも、いまは悪魔のように映って仕方なかった。
「さあ、また最初からやり直しよ? アル・クレイン」




