◆第九話『学園最強の召喚獣、なのっ』
「こんなとこがあったのか……」
「この学園、広すぎてまだまだ知らない場所ありそうだよねー」
迎えたシャディア先輩との対戦の日。
俺たちはシリル先生案内のもと、ある闘技場を訪れていた。
学園の敷地を囲む外壁に沿う形で西から北、東には樹が生い茂っている。その北東端の森林内に潜んでいた闘技場だ。周囲の環境に溶け込むように所々が風化したり、草が生えていたりと年代を感じる。
「本来は立ち入り禁止にしている場所なのですが、今回だけ特別に許可をもらってきたんです」
そう説明してくれるシリル先生。
この闘技場も召喚獣が何十体と入れるほどには大きい。だが、やはり学園入口の闘技場と比べるとどうしても小さく見えてしまう。
「あのでかい闘技場じゃダメなんですか? 俺、あそこで戦えるかもって、ちょっと楽しみにしてたんですけど」
「あそこを使えるのは学園大会の決勝。そして――」
「……3大大会だけ」
キスフィが代わりに続きを口にした。
シリル先生が「その通りです」と満足そうに頷いた。
「でも、闘技場ってほかにもありましたよね?」
「あたしも見た見た。っていうか5箇所以上はあったような……」
べつにいやというわけじゃない。単純にどうしてこんな古びたうえに、隠れ家的な場所を選んだのかが気になったのだ。
「シャディアは有名なうえに、男子にすごい人気だからねー。対戦すると聞けば大勢の人が観戦にきて大変なんだよ」
――だから非公開になったんだ、と。
その答えは観戦席から聞こえてきた。
俺はいつの間にか座っていたその人へと問いかける。
「あの、どうしてティリス先輩がここに?」
「シャディアの付き添いだよ」
当然とばかりに笑顔で答えるティリス先輩。
そんな彼女をシャディア先輩が横目で睨みつける。
「わたしは来ないでと言ったのだけど、ついてくるって聞かなかったのよ」
「だってこんなに楽しそうなこと、見逃したら絶対後悔するからね」
「要するにただの冷やかしでしょう」
「ちゃんと応援もするから安心して。がんばれー、シャディア~!」
「……まったく気持ちが感じられないわ」
熟年夫婦的な空気感だ。なんて思っていたらティリス先輩が俺に向かってウインクをしてきた。おまけに『がんばれ』とこっそり口を動かしている。どうやら俺たちのこともちゃんと応援してくれているらしい。優しい人だ。
俺とキスフィ、ユニカはシャディア先輩と対峙する形をとった。それを機にシリル先生が間に立って話をはじめる。
「それでは早速始めましょうか。双方の希望により、立会人はわたしシリル・コレクティーヌが務めます。また、本試合ではないので勝敗の判定は少し厳しめにします。意識を失ったり倒れて一定時間動かなかったりした場合、即座に負けとみなします。いいですね?」
「ええ。もっとも、わたしのベヒモスが倒されるとは思わないけれど」
「俺たちもそれで問題ありません」
シャディア先輩に続いて俺たちも頷く。
本当の大会であれば、召喚士が棄権を言い出すか、召喚獣がトリンケットに自動帰還した時点で勝敗が決するらしい。
自動帰還に関しては召喚獣への損耗が激しいため、回復するまでに時間がかかる。よって授業に支障が出るとのことで基本的に大会以外では禁止しているらしい。
「キスフィ、約束は覚えていると思うけど……終わったら大人しく第1学生寮に来なさい。いいわね?」
「……もう勝った気でいるの?」
「あら、それ以外の未来なんてあるのかしら」
「わたしには姉さんが負けて泣いているところが見えるわ」
「面白い冗談を言うのね」
俺としても同じ感想だ。シャディア先輩が泣いているところをまるで想像できない。ただ、気持ちはキスフィと同じだ。
「シャディア先輩、今日は俺たちが勝たせてもらいます!」
「あたしも……オルグラントさんのためにも、ぜ~ったい、負けませんから!」
ユニカも続けて宣言する。昨日、ようやくキスフィと打ち解けたこともあってか、その言葉には以前よりも強い気持ちがこもっていた。
「その元気がいつまで続くのか楽しみだわ」
シャディア先輩は自身の勝利をまるで疑っていない。あの自信はやはり学園最強の称号からきているのだろうか。あるいは、俺たちが新入生だからと舐められているのか。
いずれにせよ、勝敗は実績だけで決まるものじゃない。それに戦う前から諦めるなんてことはしたくなかった。絶対に勝ってみせる……!
「では、双方。召喚獣を呼び出してください」
シリル先生の合図に従って全員が身構えた。キスフィに続いて、ユニカが自身の召喚獣を呼び出す。ちなみに俺の召喚獣――ナノは相変わらずの出っ放しだ。そのまま俺の肩から下り立っての登場となった。
「キスフィのドラゴン以外は可愛らしい子たちね」
シャディア先輩が余裕に満ちた笑みを浮かべた。
はしゃぐ子どもを眺めているような感じだ。
「それじゃわたしも……来なさい、ベヒモス!」
シャディア先輩のトリンケットはキスフィと同じくチョーカー型。その中央につけられた魔石が眩く輝いた、直後。
シャディア先輩の背後に舞いはじめた大量の燐光が召喚獣の輪郭を形作った。やがて燐光たちが弾けた瞬間、俺は思わず目を瞬いてしまう。
あまりに大きかったのだ。
全長だけでもキスフィのドラゴンの3倍ぐらいはあるかもしれない。
黒味の強い紫色で毛なしの体表。あらゆるものを呑み込むかのような大きな口と体躯。短い四足で立ったさまはファットファングを彷彿とさせるが、存在感がまるで違う。大地そのものに根づいているかのような、どっしりとした姿だ。
姿をすべてあらわにした瞬間、それが低い唸り後をあげた。周囲の空気とともに全身を強く揺さぶられているような感覚に見舞われる。長くゆったりとした声からは想像もできないほど凄まじい迫力だ。
それにとっては挨拶代わりの咆哮だったのかもしれないが、ユニカのフェアリーがすくんでナノの後ろに隠れてしまっていた。キスフィのニブルでさえ、わずかに後退している。
圧倒的強者の風格。
これが学園最強の召喚獣。
――ベヒモス。




